第8話 意識すると止まらない
ピンポーン
昨日より幾分かスムーズにインターホンを押す。
「はーい」
「月嶹です」
「つ、月嶹さんこんにちは」
「こ、こんにちは(?)」
緊張しているのだろうか、星宮明里は一時間前に会っているのにもかかわらず、
挨拶をしてきた。その様子に少し笑いが漏れた。
「わ、笑わないでください……開いているので入ってきて大丈夫ですよ」
「わ、わかりました、お邪魔します」
家に入りリビングに向かうとそこにはソファにちょこんと座る星宮明里がいた。
心なしかいつもの冷たいオーラが少ない気がした。
「よ、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、とりあえず今日は様子見で犬のぬいぐるみを3種類持ってきたんで大丈夫なギリギリのレベルを教えてください」
「了解致しました(びしっ)」
星宮明里は敬礼をして返事をした。
(もしかして緊張したりするとキャラおかしくなるのかな?)
「じゃあ、一つ目どうぞ」
俺は袋からヨークシャテリアのぬいぐるみを取り出した。
犬のぬいぐるみといってもかなりデフォルメされており、片手で持てる程度で最低限の犬の特徴を表現しているだけのものだ。
「どうですか?」
「これは大丈夫みたいです。これくらいなら触っても平気です」
そう言うと星宮明里は得意げにぬいぐるみを撫でた。
「なるほど。じゃあこれはどうですか?」
俺は袋から二つ目のぬいぐるみを出して渡した。
二つ目はコーギーをモデルにしたぬいぐるみだ。先ほどのに比べると毛並みや大きさなどがだいぶリアルにできている。
「これはどうですか?」
「こ、これはだいぶきついですけどか、辛うじて耐えれます……」
なかなかきつそうな顔をしているがなんとか大丈夫そうだ。
これを耐えられるならおそらく次のぬいぐるみに慣れていくところから始めることになるだろう。
「無理しないでダメだったら言ってくださいね。」
「は、はい。ありがとうございます。」
「それじゃあこれが最後の一つです。」
そういって袋から取り出したのだがミニチュアダックスフンドのぬいぐるみだ。
これがかなりリアルで見た時はびっくりした。
もみじの犬種もミニチュアダックスフンドなのだが、もみじと一緒に並べても近づかなけばわからないくらいのクオリティをしている。
気になる人は「犬 リアルなぬいぐるみ ミニチュアダックスフンド」と検索すれば
出てくると思う。ってあれ俺これ誰に言ってるんだ?
「ど、どうですか……?」
「ひっ、こ、れは無理、です」
そういうと星宮明里はふらっとこちらに倒れてきた。
「星宮さん!? 大丈夫ですか!?」
とっさに受け止め軽く肩を揺するが反応はない。
どうやら気を失っているようだ。幸い自分の方に倒れてきてくれたのでソファから
落ちたりするようなことはなかったが少し体勢がまずい。
とっさの判断で受け止めたため抱きしめるような形になってしまっている。
しかも体勢が体勢なので女の子特有の甘い香りと柔らかさが遠慮なく五感を襲ってきて心臓がはじけ飛びそうなくらい波打っている。
「と、とりあえずこの体勢をどうにかしなきゃ俺の理性と星宮さんが起きた後がやばい……」
そう考えて星宮明里をソファに横たえるために一度体を離そうとした瞬間、
「ん、あ、あれ私、どうしたん……」
と最悪のタイミングで目を覚まされた。
星宮明里は言葉を言い終わる前に異変に気付いたらしくこちらを見上げほんの一瞬俺と目を合わせた後に目視でわかるくらいの速さで顔を赤くして目にうっすら涙をためて俺から距離をとった。
「な、な、な何してるんですかっ!」
星宮明里は自分で自分の体を抱きながら顔を赤くしたままこちらをいつもの凍てつくような鋭い目で睨んできた。
「ご、誤解です!!! 3つ目のぬいぐるみを渡したら星宮さんが気を失って俺の方に倒れてきたんです。それで受け止めたらあの体勢になってしまって……なので決してやましい気持ちがあったわけじゃないんです!」
俺は必死に弁明した。
ここで誤解をされたままでは学校にもこのマンションにも居場所がなくなってしまう。
「え、気絶……? あ、そういえばぬいぐるみを受け取った瞬間目の前が真っ暗になったような……早とちりしてしまってごめんなさい……そ、その、ありがとうございます、受け止めてくれて」
「い、いえいえ。それより大丈夫ですか……?」
「はい、問題ないです......」
すんなり誤解が解けたし大事にもならなくて心底ホッとした。
「それは良かったです、あの続きはどうしますか? きつそうでしたら明日に持ち越しでもいいですけど。」
「い、いや! 今日中にさっきのぬいぐるみを克服してみせます」
「そうですか、じゃあ頑張りましょう!」
「はい!」
と二人で意気込み、再開した。
この後克服しきるまでに二時間以上かかり、気付いたら19時を回っていた。
やったことを一言で言うと“人形遊び”ともの凄く子供っぽく聞こえるが
実際はかなり根気のいる作業だったので終わった後俺らはかなり疲弊していた。
しかし成果は初めてにしてはかなり上々だったし、星宮明里とも少しだけ仲良くなれた気がするので良かった。
「お、お疲れ様でした……だいぶ疲れましたね……」
「はい……ここまで付き合ってくれてありがとうございました」
「いえいえ。明日からも頑張りましょうね」
「はい! ありがとうございます」
「それじゃあ僕はこれで」
そう言い荷物(ぬいぐるみ)を持って家へ帰ろうとすると、ぬいぐるみの入った袋が
何かに引っ張られるように後ろに引かれたので後ろを振り返ると星宮明里が
袋を引っ張りながら上目遣いでこちらを見ていた。
「どうかしましたか?」
「あ、いや、ただまた明日って言いたかっただけです……」
そういうと彼女はこちらを見上げながら恥ずかしそうに笑顔を見せた。
その顔はいつもの高嶺の花のような凛とした感じはなく、年相応の少女が見せる可愛らしさで満ちていて女性経験が全く無い俺にはオーバーキルどころの騒ぎじゃなかった。
「は、はい。また明日」
俺はそう返事をして笑い返した。うまく笑えていたかはわからない。
なぜなら心臓は口から飛び出しそうなほど跳ね上がっていたし顔は火が出るほど熱かったし頭の中は新品のノートみたいに真っ白だったからだ。
それほど星宮明里の笑顔は凄まじかった。
この後家に帰ってもみじにご飯をあげた後俺はしばらくベッドに突っ伏して星宮明里が頭から出ていくのを待ったが一、向に出て行く気配はなく結局あの笑顔が頭から離れなかった。
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