第7話 帰り道

俺は昼ご飯の時間に昨日の経緯を灯火に話した。


「それはまた大変なことになってるね……」

「そうなんだよ……自分でもどうしてそこまでしようと思ったかわからなくてさ。普段なら絶対言わないのに」

「確かに太陽って面倒ごととかすごい避けてそうだよね」


知り合って3日の灯火にバレているのだからもしかしたら相当そういうオーラを

出しているのかもしれない。


「そうなんだよ。それで本題なんだけどトラウマを克服するにはどうしたらいいと思う? 調べたんだけど恋とか愛しか出てこなくてさ」

「うーん、トラウマの克服の仕方かぁ。パッと思いついたのはトラウマの原因をいきなり克服させようとするんじゃなくて徐々に周りから攻めてくっていうのが時間はかかるけど一番確実じゃないかな?」

「なるほど。具体的にはどうしたらいいと思う?」

「まずはトラウマがどれくらいの程度なのかを確かめてそこから徐々に攻めて行ったら?」

「そうだな! 灯火がいてくれて助かったよ……灯火がいなかったら明日から野宿になるところだった……」

「あはは、そんな大げさな、まあでも役に立てたならよかったよ!」


俺は早くも灯火に借りが二つできてしまったのでいつか必ず返そうと心に誓いつつ、大好物の唐揚げを口に放り込んだ。

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帰り道灯火からもらったアドバイスを頭の中で唱えていると後ろからここ3日間で1日一回は聞いている声が聞こえてきた。


「月嶹さん、お疲れ様です」


振り返るとこちらに向かって歩いてくる星宮明里がいた。


「星宮さん、お疲れ様です」


そう返事すると星宮明里は顔をいつもの真顔から朝の少し恥ずかしそうな顔に変えて

こう尋ねてきた。


「あの、この後なんですけどどうすればいいですか……?」


やはりだいぶトラウマ治療を気にしているのかソワソワしている。


「そうですね……場所はどこにしますか?」

「できれば私の家がいいです。月嶹さんの家はもみじちゃんがいるので……」


9割ほどわかっていた答えだが実際に言われるとやはり緊張するし意識してしまう。

なにせ生まれてこのかた女子の家で二人きりなんて昨日が初めてだし女性経験も全く無いからだ。

しかしやましい気持ちは全く抱かなかった。なにせ生活がかかっているし、自分の家を提案してくれるあたり信用まではいかなくとも警戒はされていないと思うのでそれを裏切る真似はしたくなかったからだ。


「わかりました。そしたら17時になったら星宮さんの家に行きますね」

「はい! 待ってますね」


そう返事した星宮明里は朝見せたのと同じ柔らかく優しい顔で微笑んでいた。

その顔を見た瞬間心臓がどきんと跳ねた。

朝は寝起きだったが今は完全に意識が覚醒しているからか朝よりも激しく心臓が反応した気がした。


(その顔は反則だろ……)

心の中で破壊力抜群の彼女の微笑に敗北宣言をしつつ今の状況を整理する。

マンションまでは後5分くらい。今は二人きり→話題がない→気まずい→何か話題を探すべき。

なにか話題を探すべきという結論に至った俺は何か話題がないか、なけなしの脳みそをフル回転させる。

そうだトラウマの程度を聞けばいいんだ! 「灯火サンキュー!」 と心の中で灯火に感謝しつつ、質問しようと切り出したが、


「あの星宮さん」「あの月嶹さん」

「「あ……」」

「「お先にどうぞ……」」


見事にハモった。

お互い顔を見合わせ3秒間ほど見つめ合うような形になり、その後星宮明里が恥ずかしそうに頰をほんのり桃色に染めながら目をそらした。


「ごめんなさい……」

「いやいや謝る必要ないですよ、星宮さん先にどうぞ」

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて。つ、月嶹さんはお付き合いされてる人とかいらっしゃるんですか?」

「え?」


なぜこのタイミングでこの質問なんだろうか。

こういう質問は大抵好きな相手とかにするんじゃないのだろうか?

ま、まさか星宮明里は俺のことを……

いやいや待て待て、そう考えるには早計すぎる。

だってまだ出会って3日目だぞ? しかも知り合い方は最悪だったし。

でも尋ねてきたときの顔、かなり赤かったような……どっちなんだ……


そんな頭の悪い非現実的な絶対にありえない淡い期待が胸の中で顔を出した瞬間、星宮明里が「月嶹さん?」と声をかけてきたので期待は胸の奥に引っ込んで行った。


「あ、すいません、一瞬ボーっとしてしまいました。 付き合っていたりする人はいませんよ。でもどうしてそんな質問を?」


俺は未だに少しだけ顔をのぞかせている期待を無理やり押さえつけながら平静を装って返事をした。


「あの、トラウマの治療をしてもらうにあたって月嶹さんは私の部屋に来ることになるのでもしそのような相手がいたりしたら大変かなぁと思って。」

「ああ! なるほど、お気遣いありがとうございます」


やはり星宮明里が俺のことを好きだなんてなかった。普通に考えて出会って3日のやつに惚れるなんて一目惚れ以外ありえなかったのにどうしてあんな期待を持ちかけたのだろうか。


「いえいえ。月嶹さんはさっきなんて言いかけたんですか?」

「あ、今後のトラウマの治療に必要なことを聞いておきたくて。大体で良いんですけどトラウマの程度を教えてもらってもいいですか? 犬の写真でも思い出してしまうのか、本物は無理だけど、映像なら平気とか。」

「なるほど。そもそも犬関連のものを完全に避けてきたので完全な条件は

わからないんですけど本物の犬はどんなものを通してもダメだと思います……」

「わかりました。」


本物の犬はどの媒体を通しても無理か。となると最初は犬のぬいぐるみとかイラストとかで慣れさえていくほうが良さそうだ。

このペースで歩いているとおそらく一時間前は着くと思うから帰ったら着替えてすぐ近くのショッピングモールにぬいぐるみを探しに行ってみよう。

再び沈黙が訪れるのを恐れたが星宮明里が話題を振ってくれた。


「月嶹さんはなぜ一人暮らしを始めたんですか?」

「んー、これといって明確な理由があるわけではないんですけど強いて言うなら自分の境遇を知っている人がいないところに行きたかったからですかね。まあもう星宮さんには言っちゃいましたけど」

「そうなんですね。教えてくれてありがとうございます。」

「いえいえ、寧ろ星宮さんこそ話してくれてありがとうございました。星宮さんはどうして一人暮らしを始めたんですか?」

「私は単純にお手伝いさんが去年いっぱいで辞める予定でちょうど私も高校生になるということで引っ越しました。」


こんな感じでマンションまで、まだ気まずさはあるが一応会話らしい会話をして帰った。

マンションについた後は予定通り近くのショッピングモールにぬいぐるみを探しに行くと、実におあつらえ向きな可愛らしいものからリアルなものまで3つセットで売っているものがあったのでそれを購入して家に帰った。

帰宅途中少し浮き足立っていたのはきっと気のせいだろう。

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