第5話 協力協定

家に帰るとすぐにもみじが出迎えてくれた。

頭を撫でると気持ちよさそうに目を細める。それが可愛くて何時間でも撫でていたくなるが今日の俺はやらなければいけないことがあるので撫でたい欲を抑えてどう謝るべきかを考えた。

しかし結局良い考えが浮かばなかったので普通に謝ることにした。


とりあえず星宮明里の家のインターホンの前に立った。


「はぁー、なんで謝るだけなのにこんなに緊張するんだ」


指はボタンに置くのだがその後が続かない。

自分のチキンとコミュ障具合を実感しながら覚悟を決めるための覚悟を決める。


「よし、行くぞ」


全身の力を指先に集中してやっとの思いでインターホンを押す。

ピンポーン

もう逃げることはできない。


「はーい」

「あの、月嶹です、今少し大丈夫ですか?」

「別に大丈夫ですけど何ですか?」


一言目よりだいぶ声のトーンが下がってることに怯みながらも何とか返す。


「昨日のことで少し話したいことがあって」

「そう言うことですか、わかりました。どうぞ」

「ありがとうございます……ん?」

「あの……今どうぞって言いました?」


インターホンからの返事はない。

その代わりにドアが開いた。

ガチャ


「どうぞ、物が少ないので汚くはないと思います。」

「あ、ど、どうも」


突然のことで何も言葉が出ず促されるまま星宮家の玄関をくぐる。


「あ、あの上がっていいんですか?」

「はい、外もまだ肌寒いですし別にあなたを警戒してる訳ではないので」


昨日の感情的な話し方ではなく無機質な抑揚の少ない話し方で彼女は言った。

(犬が見えなきゃ大丈夫なのか?)


「じゃ、じゃあお邪魔します」


星宮明里についていきリビングに案内された。


「適当なところに座ってください。いまお茶を持ってくるので」

「あ、別に出さなくて大丈夫ですよ、すぐ終わるので」

「いえ、相手があなたのようなルールを破る人でもお茶を出すのは最低限の

マナーですから」


さらっと毒を吐かれたが間違っていないので何も言えない。


「じゃ、じゃあいただきます」


星宮明里がお茶を入れている間にリビングを見回す。

確かに彼女が自分でも言っていた通り極端に物が少ない。

自分も荷物は多くない方だと思っていたがそれよりもずっと少ない。

ぱっと見あるのはテレビと机とソファのみだ。

よく言えば無駄がない、悪く言えば味気がない感じだった。


「どうぞ」

「ありがとうございます」

「それで何でしょうか?」

「あの、昨日のことを謝りたくて」

「??? どうして月嶹さんが謝る必要があるんですか?」

「その、昨日勝手な好奇心で聞いたことで泣かせてしまったからです。」

「っ! あ、あれは別に月嶹さんのせいではありませんよ、あれは私が弱かったせいです」

「弱かった?」

「あ、いえ別になんでもないです!」


少し昨日の感情的なところが出てきた気がした。

彼女はまた悲しそうで、どこか既視感のある表情をしていた。


「その、本当に良かったらでいいんですけど、どうしてそんなに悲しそうな顔をするのか教えてもらってもいいですか?」


昨日同じ質問をして泣かせてしまったというのに、そのことは十分頭で理解しているのになぜかはわからないが、〈放って置けない〉という気持ちが溢れて言う事を聞かなかった。


「月嶹さんは昨日のことを謝りに来たんですよね? なのにここでその質問って正直理解不能です」

「そうですよね。すみません……」

「でもいいですよ。私も誰かに聞いてもらいたい気分ですし」


怒らせてしまったかと思ったが意外にも許可を得られたことに安堵した。

聞いてもらいたいというのが本心なのか気遣いなのかはわからないが。


「昨日は私犬が大嫌いと言いましたけど実は嫌いじゃないんです。ただ犬を見たくないだけなんです」


彼女は俺の目をまっすぐ見て話し始めた。


「昔、わたしも犬を飼っていたんです。わたしは一人っ子で親は二人とも多忙で滅多に家に帰ってきませんでした。なのでその犬とお手伝いさんが私の家族でした」


俺が悲しい顔をしているのに気づいたのか彼女は「別に家族仲が悪かった訳じゃないですよ」と付け加えた。


「そんなある日父と母、両方が同時に家に帰ってこれるという奇跡のような日がありました。私はとても嬉しくて二人に何かサプライズを仕掛けたいと思い、料理を作ることにしました。今思えばなぜお手伝いさんに手伝ってもらわなかったか謎ですが、おそらく自分一人で作ったことを褒めてもらいたかったんだと思います」


彼女はここで一回話すのを止め、深呼吸した。


「そんな身勝手な少女のせいで家が火事になってしまったんです。私は運良くお手伝いさんに助けられて大事には至りませんでしたが彼女は、私の犬はその火事で亡くなってしまいました。私が彼女のことを殺したんです。

だから私にはもう犬と関わる資格なんてないんです。それにあの日以来、犬を見るたびに彼女を思い出してしまうんです」


言い終わると彼女の顔は再びあのとても悲しげな顔になっていた。

再び彼女のその顔を見たとき何故さっき〈放って置けない〉と思ったのかがわかった。

その顔は俺が早苗さんの家に引き取られたばかりの時と同じ顔をしていたのだ。


「そうだったんですか……慰めにもならないと思いますけど犬は一生飼い主を愛するそうです。だから亡くなってしまった彼女もあなたを責めてなんていないと思いますよ」

「いえ、ありがとうございます……」


と彼女は一言悲しそうに言った。

その顔を見た瞬間俺の中で何かが堰を切ったように溢れ出てきた。

そこからは良くは覚えていないが俺は胸から溢れ出てくる感情に耐えられなくなったのだろう。

無意識に星宮明里と過去の自分を重ねて、面倒ごとが極端に嫌いな俺が普段なら絶対に言わないようなことを提案したらしい。


「俺が星宮さんの犬恐怖症を治す手伝いをします」

「……え?」

「今の星宮さん凄く悲しそうで昔の俺に似ているんです。俺も昔事故で両親を

亡くしたんです。だからわかるんです、悲しみを克服するには一人じゃ無理だって。出会ってまだ3日目の俺に務まるかわかりません。むしろ務まらないと思います。でも放って置けないんです。だから俺に手伝わせてください」


自分でも驚くくらいに言葉が流れるように出てきた。

きっと相手の辛さを知っているからだろう。


「え、えっと、よろしくお願いします……」


俺の勢いに押されたのか彼女は呆気にとられたまま承諾してくれた。


「良かったです。なのでもみじ、家の犬のことは内緒にしてもらってもいいですか……?」


どさくさに紛れてお願いをしてみる。

すると彼女は一瞬顔をしかめたが了承してくれた。


「わかりました。でも月嶹さんの治療が全く見込みがなかったら問答無用で管理人さんに報告しますからね?」


そう言った彼女の顔は少し笑っていた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る