1学期

出会い編

第1話 新生活

「ヘッヘッへッヘ」


 体が重い。


「クゥーン、ペロペロ」


 顔が生暖かい。


「クンクンクンクン」


 くすぐったい。


「ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ」


 うるさい……うるさい?


本能的に違和感を感じ体を起こし目をこするとぼやけた視界の先には、

アラームの鳴っている携帯を咥えた愛犬のもみじがいた。


「おお、もみじおはよう。 もみじが起こしに来てくれるなんて珍しいな。

いつもなら早苗さんが起こしてくれるのに……ん? 待てよ……?」


 寝起きで本来の機能の3割程度しか働いていなかった脳が徐々に

 活性化していく。同時に汗腺も活性化したのか冷や汗をかく。

 時計を見ると4月12日(水) 08:12 am と映っていた。


「お、俺、昨日から一人暮らし始めたんだったあああああああああ!」


 部屋に俺の絶叫ともみじのヘッヘッへと息をする声が響いた……

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 時を遡ること1日前。

 俺、月嶹太陽つきしまたいようは明日から始まる一人暮らしと高校生活にワクワクしていた。


「明日から一人暮らしかぁ、楽しみだなぁ」


 と楽しみなあまり口から気持ちをこぼすと背後から


「楽しみなのはわかるけどそんなにあからさまにされたら少し寂しいわぁ」


 と声がした。

 後ろを振り返ると俺の叔父の妻の月嶹早苗つきしまさなえが立っていた。


「あ、早苗さん、今のはこの家が嫌だとかそういうわけじゃないんです! お世辞とかじゃないです、それに凄く早苗さんと源治さんには 感謝してますし、恵まれてるなと思っててだから気分を悪くしちゃってたのならごめんなさい……」


 そういうと早苗は優しい笑みを浮かびながら俺の頭を撫でてこう言った。


「太陽は信じられないくらい優しく育ったね。家にきた時からは想像つかないわ」

「そうですかね? 」

「そうよー、太陽がうちに来たばかりの時なんて目が死んだ人間みたいで何を言っても反応しないし挙句体は冷たくて固まってるしって感じだったわよ」

「魚じゃないんですね……ってかそれ完全に死体ですよね? 俺死んでますよね!?」

「流石に後半は冗談だけど目は本当よ? だから私太陽がこうやって私のボケに

ツッコんでくれるまで元気になって本当に嬉しいわ」

「ここまで元気になれたのは早苗さんの明るい性格のおかげですよ」

「あら、嬉しいこと言ってくれるわね」


 ピンポーン


 早苗さんと話していると引越しの業者の方が来たようだった。


「あら、引越し屋さん来たみたいね」

「そうですね、最後にもみじにお別れ言ってきます。」

「わかったわ。思う存分お別れしてきなさい!」


 俺はリビングに行き、ソファで寝ているもみじの前に座り、頭を撫でて


「もみじ、今までありがとな、俺がここまで元気になれたの、もみじがいてくれたからだよ。 本当にありがとな」


 と言いもう一度頭を撫でた。

 するともみじは遊んでもらえると勘違いし、ソファから降りてお気に入りのおもちゃを

 笑顔で咥えながら俺のところに来た。


「もみじ、ごめんな、今日はもう遊んでやれないんだ……たまに帰ってくるからその時いっぱい遊ぼうな」


 俺は泣きそうになるのをこらえてこう言った。

 そしてもみじに背を向け荷物を詰め込みに行った。出発前になると早苗さんが


「太陽! あなたは血は繋がってないけど私と源治げんじさんの子供よ! だからいつでもうちに帰ってきたくなったらいつでも帰ってきていいからね。それとちゃんと毎日ご飯食べて、ちゃんと家事をして、ちゃんと勉強してそれから……」


 と言ってきた。

 ここで俺の目から今まで我慢していた涙が堰を切ったように溢れ出た。

 いつも笑っている早苗さんの目にも涙が浮かんでいた。

 それにもグッときてますます涙が溢れた。

 しかし


「ちゃんと可愛い彼女作って【ピー】するんだよ!

でも声が大きすぎるとお隣さんにも迷惑かかっちゃうからほどほどにするんだよ?

私それで昔マンション追い出されたからね」


 一瞬で涙腺が締まった気がした。

 目にうっすら涙を浮かべていた引越し業者の人も口をポカーンと開けていた。

 早苗はやっぱり早苗さんだった。


「早苗さん…… 途中まで凄い良いこと言ってたのに最後ので台無しですよ……」

「あら、そうかしら?  最後までしみじみした空気も嫌じゃない?」

「まあそれもそうですけど……」

「でしょ!」


 早苗さんは親指を立てながらこう言った。


「さ、もう出発でしょ、トラック乗っちゃいなさい」


 早苗さんは俺の背中をぐいぐい押してトラックに連れて行った。


「早苗さん、改めて本当にありがとうございました。」

「何よ、かしこまって。家族なんだから良いのよそういうのは!」

「そうですね。また時間があったら帰ってきます。」

「もちろん。いつでも帰ってきなさい。」


 と早苗さんが言うと同時にエンジンがかかりトラックが出発した。

 ふと見たサイドミラーに映った早苗さんは泣いていた。

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