第17話
鐘の音が聞こえ、動きやすい服に着替えてからカロルに貰ったタオルを持って訓練所に足を向ける。
スポーツジムに通っていた時もタオルは必須だったし、間違ってはいないはず。
『訓練…訓練かぁ…体育会系のノリってついていけないし、苦手なんだよねぇ…』
そもそも、殴るとか蹴るとかしたことがない。やったのはせいぜいボクササイズ。でもそんな状況で訓練をしろといきなり言われるのもご無体な話だ。
『…というか、男の人だらけの所に男として入っていくってことだよね?もしかすると』
はた、と気が付く。
『え、それってやばくない?絶対勝てない気がする。それに、一人称を私とか使っているともしかしてマズイ?…僕、とかなよっとした感じだし…俺って言った方がいい感じ??』
今まで悩んだことのない悩みが頭を駆け巡る。
『よし…とりあえず、やってみよう…俺、で…』
訓練所の前に到着すると、中から威勢のいい声が聞こえてきた。
『ひえぇ…この中に入るのか…』
思わず、扉の前で足が止まる。一つ深呼吸をして扉をノックし、ドアノブに手をかけようとした瞬間。
ドアが思い切りこちらに開いた。
「ぎゃ…っ…つううううぅ~………!」
顔面!!!顔面に思い切りぶつかった…!!めっちゃ痛い…!!!!
思わずその場にへたり込む。
「お…?なんかぶつかった?って、悪い!あんたにぶつかったのか!?」
あ、鼻血でてきた…。ぶつかったのかじゃないよ…。
思い切り睨みつけるように見上げる。
目の前にいたのは、金髪の髪を短く整えた少年だった。年の頃は10代中盤だろうか。慌てたようにしゃがみ込んで、濃紺の瞳をこちらに向けてきた。
タオルで鼻を押さえながら、立ち上がる。
「…ダイジョウブデス…」
ちょっと涙目になってしまったので、目も少し拭った。数秒だけ鼻を押さえると、血が止まってきて痛みも引いてきた。結構便利かも。この身体。
改めて少年を見る。
「俺は、鐘が鳴ったらここに来いって言われたリーン・ハヤマ。誰か、詳しく話を聞いてる人はいるか?」
よし!凄く良い感じに台詞が言えた気がする!!
「…へぇー…なんか人がくるってのは耳にはさんだけど…あんたなんだ?」
ふうん、という感じにジロジロと見てから、中を振り返り、大声で声をかけた。
「シオンさーん。言ってたお客さん」
シオンっていうと、なんかこう、騎士団!って感じの名前!!!わぁどんな人なんだろう!!テンションあがる!!
「んで、ちょっとそこ退いて。向こう行きたいから」
少年はそのまま扉をでて、向こうへ行ってしまった。
名前も聞いていなかったけど、メモも持ってきてないしいいか。
次に閉まりかけた扉から出てきたのは、目つきの鋭い赤髪の男の人だった。
この人は違うよねぇ。邪魔にならないようにちょっと避けよう。んー…シオンさん、まだかなぁ。
「おい、お前か?勇者ってのは。随分とヒョロイんだな」
「…ん?」
きょとんとして顔を見上げる。
自分もそこまで背が低くないと思っていたけど、この人は頭ひとつ分背が高い。筋肉がしっかりとついていて、強そうな印象を受けるけど騎士団とかとは随分イメージがかけ離れ…えぇー…。
「……もしかして、シオンさんですか?」
「シオンは俺だけだ」
名前のイメージから、もっと王道の聖騎士!みたいな人を想像していたのに…。
お互いの間に奇妙な沈黙が流れる。
「…一応、お前の事を面倒みろって言われてんだけど、迷惑だったら断るか?」
「え!いえいえ!!そういう訳ではなくて!!!」
慌ててぶんぶんと手を横にふる。
「ちょっと、何を言ったらいいかわからなくて固まってしまいました…すいません…」
まさか、イメージと違う人が出てきて思考が停止していましたとは言えない。
「まあ、嫌ならいつでも言え。勇者ってのがどこまで使い物になるかを判断するだけだからな」
シオンはドアを開けて、顎でリーンを中に入るように促した。
「…??……ああ!!なるほど!!」
顎で中に入れって仕草か!今の!!見てなかったらどうするんだろうこの人!!あと初めてみた!いきなりやられてもわかりにくい!!
「入るのか。入らないのか」
「入ります!お邪魔しまーす」
中に入ると、武器の展示会のようになっていた。大勢の人が剣やナイフ、防具を思い思いにチェックしていた。シオンが前に立って歩く。
「今は、武器の合わせをしていた所だ。合わせが終わったら外で稽古を始める」
「ストックしているのの、チェックの日とかですか?」
「いや…なんて言ったらいいんだ…?商人が武器を持ってきて、希望者はここで新しい武器の購入をしている」
「ああ、展示即売会ですね」
「希望者は武器と商人の名前を書いて教会に提出すると、あとでまとめて納品される」
「なるほどぉ…」
それじゃあ、基本はお金を使わないでOKなのか。
「これ以上のものが欲しい奴は、街に行って自腹で買うか、手持ちのものを下取りしてもらって買うかだな」
「売っちゃっていいんですか?」
「自分で買ったやつならな。教会から新しい武器をもらう時に交換する必要があるから、付与されたのを売るのは無しだぞ」
「まあ、貸出品を売ったらいけませんよねぇ」
「前に金に困ったのか、それをやった奴がいてな。手を切り落とされて死刑になった」
ヒェッ!!?マジですか!!?
「え…あの…不可抗力でなくしたり、盗まれたりとかされたら…」
「盗難された場合には、いつ、どこで、どうやって盗まれたかの報告と、教会からの聞き込みが始まる。その武器を使っている奴がいたら、今度はそいつに事情聴取って流れになるらしい」
ふむ。もし万が一無くしてもいきなり死刑にはならないのか…そこは安心だけど、しっかり管理しないとなぁ。
「で、だ。お前の得意な武器はあるのか?」
「得意な武器とか言われても、全くわからないです」
「…そこからか…」
目の前で軽くため息をつかれてしまった。男らしい言葉遣いを使うのを忘れていたのに気が付く。
『男らしさは後でリカバリしていこう…』
自分をなんとか納得させながら、何かを考え込んでいるシオンを見る。
「武器とは違いますが、石で魔物を撃退したことはあります」
「…石?」
「はい。外にあった石を投げて」
「あのでかいやつか?そんな筋肉があるようにも見えねぇけど…」
「そうです。火事場の馬鹿力の可能性もありますが」
「…端から試してみるしかねぇか」
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