第16話
「おかえりなさいませ。勇者様」
「ただいま帰りました。カロルさん」
「昼食はとられましたか?」
「いえ、まだです」
正直、デザインで頭がいっぱいになっててそれどころじゃなかった。
「魚とジャガイモの包み焼きが出来ていますので、召し上がってください。お部屋に持って行きましょうか?」
「あ…そうですね。お願いします」
カロルは頭を下げて、教会の中に戻っていく。
教会の前で立っていてもしょうがないので、自分の部屋に足を向けた。
今まで顔も見たことがないシスターが何人か、こちらに気づくと足早に奥へ移動するのがみえる。避けられているように思えて、そこはかとなく疎外感を感じてしまう。
『…いや、でも前向きに考えよう』
あまり見たことが無い人に対しての警戒心でそうやってるんだと思う。だから私の被害妄想なのかも。そう思い直し、部屋に戻る。
机の上に置きっぱなしになっていたメモに、アランとドニーの事を書き加えた。
ノックの音が聞こえ、返事をしながらインクが乾くようにノートを手で軽くあおぐ。気休め程度にしかならず、机の端に開いたままで置くと、カロルが昼食を持って部屋に入ってきた。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
パイ生地で包まれた皿が目の前に置かれる。葉っぱのようなデザインが可愛らしいし、焼き立てパイのいい匂いが漂っている。
「おいしそう!」
「熱いので、気を付けて召し上がってくださいね」
「いただきます!」
両手をあわせてスプーンに手を伸ばし、サクッとしたパイを崩す。中からはほっくりとした魚の白身と、ジャガイモのペーストが顔を覗かせる。
湯気がたっているそれを、スプーンで一匙すくって口の中に入れると、ちょうどいい塩加減のトロリとしたペーストが魚にマッチしていた。
『これ、チーズも入ってるのかなぁ。めちゃくちゃ好みの味…』
ふと気が付くと、カロルが後ろでこちらを見ている。
「…???」
なんか、あったっけ…??―――そうだ。こっちだとお祈りが必要なんだっけ…?
血の気が引く、という事を体験したのはこれで2回目だ。
お祈りの言葉を必死に思い出そうとするが、思い出そうとするほどに頭が真っ白になっていく。
『…や…でも、まだ数日しかたっていないのに、作法まで完璧にこなせっていう方が無茶なんだし…後でお祈りの言葉は改めて聞こう…』
自分に言い訳をしながら、また続きを食べ始める。
「勇者様」
「ひゃい!!!」
いきなり声をかけられて、思わず声が裏返ってしまう。
「お食事が終わりましたら、急なのですが訓練所にお越しいただけませんか?」
「訓練所、ですか?」
「はい。魔物が侵入してきたので、警備の見直しをするとともに勇者様にも訓練に参加をしていただければと司教様が」
「…わかりました。何時からですか?」
「次の鐘がなったら集合です。こちらは、訓練中の汗を拭くのにお使いください」
「ありがとうございます。鐘が鳴ったら、ですか…」
鐘の音でしか時間がわからないのは不便だなぁ…。
「あの、カロルさん。時計とかってあります?」
「時計、ですか?教会の鐘を鳴らすのに大きなものがあると聞いておりますが、私では立ち入り禁止なので見たことは…申し訳ございません」
ううん…やっぱりないかぁ…しばらくしたら慣れるかなぁ…寝坊しないようにアラームとか欲しいんだけど。ないものねだりしてもしょうがないし…。
「いえ、ありがとうございます」
…
……
………
沈黙がつらい。かといって、お祈りの言葉を、とか聞いてメモりながら食べるのは、やりにくいからしたくない。
あ、そういえば前は緊張しててそこまで気にならなかったけど前に司教様だっけ。あの人たちと食べた時にもずっとみんなで押し黙ったままの晩餐だった。ここではそういうものなのかも…??後で聞いてみないと。
考えながらも食べ終える。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「お口にあったようで、何よりです」
軽く頭を下げると、カロルが近づいてきて食器を持った。
帰られる前に、先ほどの疑問点と祈りの言葉を手早く聞き、彼女の姿がドアの向こうに消えてからメモをとる。
お祈りの言葉が、「メカーヤ」で、手を机の上で手のひらを上に…神からいただく光と恵みをこぼさぬようにこの形…と…。で、食事中は沈黙の時間。静かに自分を見直すこともできる大切な時間。よしよし。忘れないようにしよう。
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