第6話
「石筆、ですか?」
「そうです。学習には非常に有効ですから、あって損をすることはありません」
そういうものかぁ…と納得できたようなできないような。そもそも石筆って触ったことがないからイメージが沸かない。
「どうぞお気になさらずに。午前中に製造をしたクッキーの納品も兼ねてですから」
ごめんなさい。全くそれは考えていなかったです。
少し口を閉じている私を見て、エリーズはさっそく用意をしましょう、と笑いかけた。
「このローブ、着なきゃダメですか…??」
渡されたのは、黒い革靴にゆったりとしたローブ。そして腰に巻く赤い布。そして上に羽織るケープは金色の刺繍が入っていた。
髪の毛も黒いから、まっくろくろすけになっちゃう…。
でも、気が弱い性分なのでそんな事を言うことは出来なかった。
「今の服の上から着るんですか?」
「ズボンはそのままで、あとはこちらに着替えてください。外出着ですので」
…行く前にトイレ行っておこう。さすがに途中でトイレとかなさそうだし。
部屋で用を足すが、股間にある「もの」にはまだ慣れない。ここが無かったらまだ普通に過ごせるんだけどなぁ…。
そばに置いてある水で綺麗にして、布で拭く。小さい頃にキャンプをした時、こういうやり方もあるんだぞと先生が本で教えてくれていたのがまさか実践されるとは…。
変な所で雑学が生かされるものだなぁ、と思いながら服を着替えた。
改めて自分の体つきを見る。筋肉もほどよくついた、均整のとれた体つきだった。
『これは、他の視点から観賞していたかったなぁ…』
少しばかりションボリしながら、なんとか服を整えると、ドアがノックされた。
「ご準備はいかがですか?」
「あ、はーい。大丈夫です。今行きます」
馭者の人が二頭立ての馬に指示をすると、パカポコと軽快な音をたてながら荷馬車が動いた。車輪にはゴムが無く、見た目よりもずっと強い縦揺れを感じる。たまに、ガコンと道路の窪みに車輪が落ちると体への負担が強くかかった。
「街までは、しばらく道なりにいきます」
シスターはそう告げると口を閉じてしまったので、馬車のホロから外を眺めてみた。旅行した中だとどこら辺だろうなぁ…近い風景。
教会の近くは、草原が多かったがこの辺りでは木が生えている。うーん。軽井沢?
ぼんやりと考えていると、城壁が見えてきた。
「おお…!!城塞都市!」
「街は、魔物からの侵略や襲撃に備えて城壁に囲まれています」
「やっぱり夜警さんがいたりするんですか?うわー、うわぁーー!」
旅番組で見て憧れていた城塞都市が今目の前に!テンションがあがる!
門番に通行許可証をみせて、また馬車が動き出し、城壁の中に入った。
『かわいい…!!』
色んな匂いがする。美味しそうなお菓子の匂いや、香辛料のようなスパイシーな匂い。白壁に黒い木枠の家が並んでいる。人には活気があり、果物や野菜を売るマルシェも出ていた。観光地に来たみたいなソワソワ感で体がいっぱいになる。パンフレットがあったら、端から端まで全部見て回るのに!
『あ、あの看板!一目で何の店かがわかるようになってるのかな。…いや、わかんないな。あれのハサミは床屋さんなのか布とかの店なのかわからないもん』
「まずは、取引をしているお店に立ち寄ります。そのあとで買いに行きましょう」
「はい!」
元気に頷く。
舗装された道に入ると、少しは揺れが少なくなった。店の裏口に馬車がつけられる。
「この、ムシナ商会に荷物を降ろしていきます。塩は後で交換にもつかいますから、4袋ほど残してください」
「取っておく塩ってどれですか?」
「これです」
指をさされた先にあったのは、小袋で用意されている4袋だった。分量的には一袋500グラム、合計2キロくらいかな?
「それ以外のものはこちらです」
シスターはそのまま店の裏口の扉をあけて中に入っていってしまった。
「嬢ちゃん、あんたも中に入りなよ。俺が持ってくからさ」
「うう~ん…いや、でも私もちょっとは手伝わないと。軽そうなのは…と」
ホロの中に入り、自分で持てそうなものを物色する。
これ、奥にあるのは羊毛の毛糸かな。じゃあ手前にあるやつを移動させて…と。あ、こっちも意外と軽い。これなら二つくらい持てるかな。
手前を塞いでいる大きな箱を持ち上げて、ホロの入り口あたりに置く。馭者の人がそれを一つ持ち上げていると、随分重そうだった。
「嬢ちゃん、随分と力持ちだねぇ…」
「あー…ははは。そうですかね…??」
自分の手をニギニギと動かしてみる。米10キロをアパートまで運んだ力がこんな所で覚醒するとは…。ライスパワー…いや、それだとダサいな…。でも力持ちってチート能力に入るのかなぁ…うーん。
「…まぁ、とりあえずこれ持って行っちゃいますね」
三箱くらい持てそう、という判断の元で持ってホロを降りたのはいいけれど、ドアノブを回せなかった。馭者さんは中で作業してるし…。
「ここ、入るの?」
後ろから声をかけられて振り向くと、身なりのいい男の人が立っていた。
「あ、はい!ドアがしまっちゃっていて…」
「うん、最近ストッパーの効きが悪くて…ごめんね」
「いえいえ!助かりました!」
ガチャリと扉が開くとシスターがいた。
「よかった。はぐれたのかと思いましたよ」
「あ、すいません…!荷物を運ぼうと思って…」
「心がけはとても良いのですが、あまり心配をかけないでください…その荷物は、そちらに」
入ってすぐの倉庫に運びこむと、そっと床に荷物を降ろした。
扉をあけてくれた男性を見上げると、薄い金髪をオールバックにしている、緑の目が特徴的だった。
『またイケメンかぁぁぁ!!!いや待て待て。働いている人を見るとイケメン大発生かもしれないから落ち着けー。深呼吸―』
思わず顔がにやけそうになるのをこらえ、深く息をつき、お辞儀をする。
「さっきはありがとうございました。作業がまだありますし、シスターが待っていますので失礼します」
「うん、頑張ってね」
にっこりと笑いかけられると、顔が赤くなりそうになる。俯きながら、足早にホロに向かった。
持てるだけ持って運び込むという作業を数回往復し、シスターの所に向かうと検品作業に入るという。個数などに不足が無いかを確認する必要があるらしい。
流石、業者さん。慣れた様子で紙に書き込んでいく。
「クッキーの売り上げは好調です。石鹸もリピーターが多くなっていますね。あとはもう少しすると、また羊毛の需要が増えると思うのでよろしくお願いします」
おお…結構売れてるんだ。全然イメージわかないけど。
金貨1枚と、銀貨3枚、あと銅の板を十数枚貰っていたみたい。これから買い物って言っていたから、やっぱり細かい方が使いやすいのかも。
「お店の方って、ちょっと見てみてもいいですか?」
「構いませんよ」
店の正面に向かい、いろんなクッキーやパン、小瓶に入ったジャムのようなものが並んでいるのを見る。さっそく、箱に詰められたクッキーが裏から持ってこられて並んでいる。
これ美味しいもんなぁ。
そういえば文字ってどんな感じなんだろうと、札を見てみると、ローマ字を崩したような文字が書かれている。
「シスター…これって、『クッキー』って書かれています?」
「そうです。読めましたか?」
小さくガッツポーズをとる。基本の文字はこれで勉強しなくて済む!!あ、でも英語めっちゃ苦手なんだよなぁ!!単語覚える所からかぁ…くぅ…どちらにせよ勉強は必須か…。
「これで、1セルになります」
うん、数字は全くわからない。後で要練習…と…。
キョロキョロと見渡すと、そこだけ一種独特な文字があった。
『寿司』
パンの値札にかかれている、どう見てもアレにしか見えない日本語。
「……シスター…あれ…」
「あれ?どれですか?」
「あの、寿司ってやつ、なんですか?」
「あれは、ずっと昔に降臨された勇者様が命名されたパンです。焼いた魚の半身を、ドレッシングとともにパンにはさんだものを命名された方がいらっしゃると聞いております」
「どれくらい前の話ですか?」
「そうですね…伝承によると300年ほど前です。勇者ジョーンズ様はこの店においでになられ、『寿』を『つかさどる』という事でとても素晴らしく一番好きな字だとおっしゃられました。そして、このパンを作って食べていたという逸話があります。悪の力と相打ちになられたということでしたが、伝承の中でまだ生きられております」
「300年…そうなんですか…、相打ち…」
相打ちって、そういうこともあるの…!?私の頭の中に新しく疑問点ができてしまった。
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