第4話
ドニさんは、速攻で羊皮紙を切り出して渡してくれた。ペンとインクもセットでって言うのはありがたいけど、これ立って書くのには不向きかも。インク壷に羽根ペンかぁ…。
画版みたいなやつがあれば、ちょっとは便利かなぁ。とりあえず手に持っていこう。
そんなことを考えていたら、シスターはさっそく次へ進んでいた。
「羊皮紙は、5人でまわしております。先ほどのドニを筆頭に、アレクシ、リュカ、トマ、パルです。」
「…そのうち、顔を見て覚えられると嬉しいです…」
「ぜひ、近いうちにぜひ顔を見てやってください」
「えーと、石鹸の工房はこの近くなんですか?」
「はい。加工が必要な工房は出来るだけ近くにまとめてあります。屠殺場だけは少し離れた場所にありますが、この近くですと、繊維への加工を行う工房や、油を使用した石鹸や蝋燭の工房があります。チーズなどの工房は、台所に近い場所に作られてあります」
「羊、有能ですね」
「ええ、ここでは現在、100頭前後しかおりませんが総本山ですと4倍程度は飼育されています。そして羊を与えてくれた神への感謝の気持ちを祈りとして捧げます」
もう、一つの町は確実に入るくらいの大きさだよね。総本山。
それにしても、チーズかぁ。そういえばおなかすいてきたなぁ…。
そんな事を考えていたら、おなかがクゥ、と鳴ってしまい、お腹を押さえる。何も食べてないもんなぁ。
「午前の仕事はまだ終わりませんが、先にお茶を召し上がられますか?」
「え、いいんですか?」
「もちろんです。クッキーもご用意いたします」
そう言うと、来た道を戻っていくシスター。申し訳なくなってくる。
「あの、手間をかけさせてしまってすいません…」
「奉仕はわたくしたちのモットーです。ご遠慮なさらずに」
うう…凄く申し訳ない…もう少し考えて言うようにしよう…
凄く反省をしながら住居スペースを抜け、食堂に向かう。
一番奥の席に座り、シスターは一度、席を外した。
一気に手持ち無沙汰になってしまった私は、手に持っていた羊皮紙と筆記セットを机に置いてみる。とりあえず思い出せる所だけでも思い出してみよう。
「えー…と…」
司祭様がいて、司教、だっけ。あともう一人いて。その人がイケメン。名前なんだっけなぁ。みんなカタカナだったのは覚えてるんだけど、全然思い出せない。んで、今日会った人が羊皮紙の工房の…ドガ?なんか違うなぁ。
後でもう一度確認してみよう、と考えているとシスターがお盆を持って戻ってきた。
「お茶は、別のパルミジャン院からの提供品、クッキーは当教会で製造しているものです。ご賞味ください」
「おいしそう!いただきます!」
手を合わせて軽く合掌してからお茶をまず口に含む。アッサムのように濃厚なコクのあるお茶だ。喉も乾いていたので一気に半分程度になってしまった。
添えられているクッキーは4枚。シンプルなクッキーの上には型押しの模様がかかれている。
カップを一度置き、クッキーを手に取る。名刺サイズの大きさのそれを口に含むと、バターのしっかりした香りと優しい甘さが広がった。
「…! おいしい…!!」
サクサクとした食感を楽しんでいると、お茶のお代わりがつがれた。
軽く頭を下げて会釈する。
「お昼ご飯もありますから、小腹が満たされる程度にしましょうね」
「はーい」
お母さん、と一瞬だけ言いそうになってしまい、慌てて口を閉じた。
「勇者様、他に必要なものはありますか?」
「へ?えーと…必要なもの…」
何が必要なのかが、まずわからない。思わずちょっと自分の姿を見てから、ハタと気が付く。
「ええっと、この羊皮紙とかが入るバッグとか、下着とかですかね…まず必要そうなの…」
「わかりました」
「でも…私、お金とか持ってないです…」
『勇者様』と言われているけれど、何もしていない以上、現時点ではただの一文無しにしか見えない。
「勇者様」
シスターがそっと手を握ってくる。
「ご安心ください。協会は、神に仕える身。ここにいる全員は勇者様の味方です。何も気に病むことはございません」
「いえ、あの、そこまでいろいろしてもらう訳には…、あ、それじゃあ仕事を手伝います!」
私の顔を見ながら、シスターはゆっくりと顔を横にふる。
「勇者様の役割は、まずこちらの生活に慣れる事です」
その眼には、有無を言わせぬ強い力があった。
「……はい…」
私の返事に満足したかのように、彼女は手を離した。
「今後、文字の読み書きも練習が始まります。基本の文字から学習をしていきましょう。これから必ず必要になりますので、気合を入れなければなりませんよ」
「ぁう…」
喉から思わずうめき声のような声がでてしまった。
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