第3話
目を覚ましたら2回目の見知らぬ天井だった。頬を軽くつねると痛みを感じた。
『起きてみたら自分のベットの上かと思ったんだけど…』
軽くため息をつく。昨日は無理やり夢で片付けようと思っていたけれど、やはり無理がありそうだった。パターンでは神様が出てきて「ごめんなさい!手違いでした!」とか言いながら、なんかチート能力を与えられたりするのに。その作業を飛ばされると誰に文句をつけたら良いかがわからない。
死後にこちらに来ているとすれば、私の遺体はどうなるんだろう…孤独死みたいになっていたら嫌だなぁ。と、見せかけの元気がなりを潜めてどんどん気持ちがマイナス方向になってしまう。
私に与えられた部屋は、小さな窓のある木造の1室だった。
質素な造りの木の机に、ベッド。清潔感はそれなりに、という所。トイレは一応形だけでもあった。ポットンの下は川だったけど、おまるにして流すやつじゃなくて良かった…。
目が覚めてもモダモダとベットの上で転がっていた私に、金銭感覚をまず身につけるべきということでシスターがコインを部屋に持ってきてくれた。
銅貨、銀貨、金貨の3種類を並べてくれた。銅貨は粗い造りの板、銀貨は豆銀のようなものに小さく横線の刻印が押してあり、金貨は紋章のようなマークが押してある小さめのコインだった。昔に見た古代ローマとかのコインを思い出す。うーん、金が一番細かい。しっかり加工されてるっていうことは、金はやっぱり価値があるのかなぁ。綺麗だもんね。
「この中で、一番価値が低いセルはこれです」
そう言いながら彼女が摘まみ上げたのは銅だった。
「セル、というのが通貨の単位なんですね?」
「そうです。これが10枚で、この銀色のもの1枚になります。銀色のものが5枚で、金色のもの1枚と同等です。」
うーん、わかりやすいんだけど忘れそう。メモとペンとか無いかなぁ…。小説なんかだと一瞬で覚えたりして頭いいよなぁって思っていたけど、やっぱり私は無理。
「何か、書くものかはありますか?」
「インクと羊皮紙でしたらありますが」
「うわぁ、高そうなやつがきた」
絶対高いやつだそれ!えー、もしかしてこの世界だとマルっと暗記勝負!?絶対ムリムリ!!
「えー…と…そういうのじゃなくて…紙の説明が難しいよう…」
ノートとシャープペンが切実に欲しいけど、これ説明ができないやつだ…
「…羊皮紙とインクっておいくらですか…」
「羊皮紙は我が修道院で製造しておりますので、消費する分は賄えております」
「…あ、そうなんですか?」
ちょっとだけ予想外な返答が返ってきた。
「我が修道院は自給自足を旨としており、羊を飼い、野菜を育て、また貧しいものに食事などを分け与える代わりに気持ちばかりの寄付をいただいております。…羊皮紙の用意が必要でしたら、取りに行きますが」
「あ、お願いします」
ちょっとついて行ってみたいけど、ダメかなぁ。
ソワソワしていたら、シスターが様子に気づいたかのように笑った。
「もしよければ、一緒に行きますか?」
「ぜひ見てみたいです!」
思わず諸手を上げてしまった。私の様子を見て、クスリとシスターが笑う。
「良い事です」
う、子供っぽく見られたかな…でもこんな機会なかなか無いんだもん。
『見て回りやすいように』と、シスターは腰まである私の髪を三つ編みにしてくれた。うーん、サラサラ黒髪ロング。一発芸で貞子とかできるかな。それにしても、自分では一回もしたことのない髪形だなぁ。お手入れとか面倒くさい…まぁ何かあったら切ればいいか。
「それでは、参りましょうか」
「はぁい」
皮でできたサンダル。ゆったりした動きやすい布の服。そして勇者!の称号。イメージ的にはやっぱり中世ヨーロッパみたいな感じかなぁ。そんなことを考えていながら、シスターの後を追いかける。
木製の居住スペースを抜けると、石組みの通路が見えてきた。
「すごい…」
目を輝かせながらキョロキョロとあたりを見回す。
床にはカーペットが敷かれ、高い天井には細かな模様が彫られていた。シスターが右を指さす。
「あちらが、礼拝堂です。朝にはミサが執り行われます。今は誰もいないので、明日、案内いたしましょう。こちらへ」
うーん、惜しい…まぁ、明日見れるならその時にじっくり見よう。
そのまま通路を左に折れた。
「今日は、修道院の行っている作業を案内します」
「そんなに多くの作業があるんですか?」
「ええ、そもそもこの修道院は、慈善事業と自給自足を行いながら神の教えを広く説く為に建てられています。ここはヴェネス正教の総本山ではないので、少し規模が小さくなっています」
う…また記憶力が試されている…聞きたいけど脳みそが多分許容範囲外になる…。
そんな話を聞きながら通路を歩いていくと、奥の扉についた。
「ここからが修道士の居住区です。居住区と、作業場は隣接しておりますのでここを通って向かいます」
ドアノブをまわし、扉をあける。通路の左右に同じようなドアがいくつも並んでいた。高い天井から光が差し込み、十分な明るさがある。
「今の時間は、修道士たちがそれぞれの役割を行っています」
「そんなに役割があるんですか?」
「ええ、ありますよ。もちろん。鶏の世話をする人、羊の世話をする人、騎士の衣類を洗う人、食事の用意をする人…」
「…ん?騎士…?そんな人たちのお世話もするんですか?」
修道士って、そういうイメージが無かった。
「ヴェネス正教は神の導きにより、約束された土地での人の繁栄が約束されています。聖戦が各地で行われていますが、牙を持たない信徒の為には『牙』が必要になるでしょう?その牙が騎士。そして、牙を磨き、そっと寄り添うのが私たち修道士の役目なのです。常に最前線でともに命をかけ、神に近づく存在になっていく…」
思い切り宗教にどっぷりだなぁ…こういう話はちょっと苦手かも…だけど、この世界はこれが標準なのかなぁ…うーん。確かに自分の常識とはかなりずれてそう。こりゃ、ある程度しっかり聞いてないと。早く羊皮紙プリーズ。
思わず腕を組んで少し考えながら歩いてしまう。
「もうすぐ、作業場ですよ」
最奥の扉をあけると、広い中庭があった。
「右手の奥には訓練場、正面奥には養鶏場と牧畜の柵があります。左手には洗い場と、染色などを行う工房。そして石鹸や蝋燭、羊皮紙などを製造する工房があります」
「うわぁ…広い!」
すごいすごい!え、これで総本山じゃないって、総本山どんだけ広いの!?
興奮した私を見て、シスターは笑っていた。
「勇者様は、素直だからこそ神の寵愛を受けられている…本当にその通りですね」
「なんですか?それ」
「勇者様は神が遣わした存在と、私たちは教えられています」
「…そんな良いものじゃないと思いますよ?」
中身はただの女の子だから、むしろ色んな所で足手まといになりそう。心の中でそう付け足した。
「羊皮紙の作業場へ向かいますが、他に見たいところはありますか?」
「えー…邪魔にならないなら、石鹸が見たいなぁ。前に体験コースで参加した時に楽しかったんですよ」
「では、後ほど案内いたします」
シスターは左へ続く道を先導してくれた。
「羊皮紙の製造工程を案内します」
穏やかな坂道を下っていく。たまに人影を見るが、さっと隠れてしまった。
「羊の皮は水に漬け、汚れを落とします。その後、消石灰を溶かした水に漬けてから余分な毛を取り除く作業です」
「へぇ…手間がかかりますね…」
「大体、1枚あたりが出来上がるまで2週間前後という所でしょうか」
「2週間!?」
思わず、授業で習った『原価率』という言葉が頭をよぎる。
『いや…でもこういう場合の人件費ってどうなるんだろう…住み込みだったら給料0とかなのかなぁ…ううん…』
グルグルと頭の中で考えていると、工房が見えてきた。
レンガ造りの壁に、いくつも大きな木枠のようなものが立てかけられている。
「あの木枠に皮を張って乾燥させます」
中から、黒い前掛けをつけた職人さんらしき人が板を外に持ってきている。
「ドニ!」
うわ、ビックリした。いきなり大声出さないでほしい。
ドニと呼ばれた男性は、屋根のついた乾燥小屋の出入り口に板をたてかけ、こちらへ駆け寄りながら帽子をとり、頭を下げた。
「シスター」
「ドニ、こちら勇者様です。粗相のないように」
「勇者様!ついにご降臨されたんですな!はぁ~…こりゃまあ綺麗な方で…」
「慎みなさい」
「おっと…失礼しました…それで、どのようなご用ですか?」
「勇者様が羊皮紙をご希望されております。切り分けてあるものを1冊分ください」
「装丁まで、まだ行っていないものならございますが…」
「あのう…」
おずおずと、声をかける。
「勇者様がお使いになられるんですよ?」
「はい!すぐに作業を進めるように言います!」
「あの!!!」
一斉に、二人の視線がこちらへ向いた。
「あの、そんな、ちゃんとしたやつじゃなくて。ちょっと書き留めるのに使いたいだけなので…一冊とかは…その、そんなにいらないというか…」
もごもごと告げると、シスターは私の肩に手を置いた。
「慎み深い事は、とても良い事ですが…勇者様に粗末なものを持たせることは出来ません」
「や、あの、それはありがたいのですが、ちなみに装丁のついた1冊ってどれくらいの大きさなんですか…?」
頭の中にある「羊皮紙でできた本」は、だいたいデカい。持ち運びに不便を具現化しているというか、これで撲殺できるんじゃないかってくらいデカい。自分用のメモとしてはとっても不向きになってしまう!
「ドニ。持っていらっしゃい」
「すぐに」
いうが早いか、ドニは工房まで駆けて行き、一抱えもある本を持ってきていた。
「これが、新しくお納めする本です。この大きさにしようかと考えています」
うわぁ、やっぱりぃ。デカいよこれ!
「うーん…やっぱり、切り落とし部分というか、これくらいのサイズでほしいです」
親指と人差し指を使い、ハガキサイズくらいの四角を作って見せてみる。
「端っこは、軽く止めてあるだけの感じで」
「ははぁ…これくらいの大きさでよろしいんで?でしたら、少し待ってもらえたらすぐに切ってお渡しできます」
うん、良かった。ホッとした。
「じゃあ、お手数をおかけしますがお願いします」
笑いかけると、しどろもどろになりながらドニがまた工房に駆けていった。
…おや?もしやこの身体ってハーレム無双ができちゃう感じ!?やったね!
ということは、司教さん…名前やっぱ忘れたな。あとでもう一回聞いてメモろう。あの人が知らない能力とかあったりするかもしれないって事かな?ふふん。やっぱチートとかあるかもしれない!
ちょっと希望が見えてきた…かも?
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