第1話

何か、声が聞こえる。

 「おお…成功のようですな…」

 「ええ、今回はかなり上々…」

 「これなら…」

 ボソボソとした、数人の声。うまく聞き取れない。

 『ここ、病院?…助かったのかな…』

 張り付いた喉は声をうまく出すことが出来なかった。視界もまだぼやけている。指先は何とか少しだけ動かすことができた。指先に、そっと誰かが触れた。

 「君はまだ目が覚めたばかりだ。もう少し休みなさい」

 低く穏やかな声が語りかけてきた。安心して思わず泣きそうになりながら、精いっぱいの意思表示をしようとその手を軽く握り返すように動かし、私はまた意識を手放した。


次に目を覚ました時に視界に飛び込んできたのは、木造の屋根だった。

家の近くにある病院で、知っている所は全て近代的な造りになっている…はずだ。得も言われぬ不安が心をよぎる。

『…うん、随分と古めかしい病院に搬送されたのかな』

また少し目を閉じて、なんとか自分を納得させようとする。

コンコン

軽いノックの音が耳に届き、声を出そうと思ったがまだうまく声が出ない。体も鉛のように重く感じる。

カチャリとノブが回され、ドアが開く音がした。なんとか、顔を少しだけ音が鳴った方に向ける事に成功した。そこには、白いナースのおねぇさん…ではなくてどう見ても「シスター」という服装の外国人が立っている。

『これは…これはもしかしてよくあるパターンの…』

大学の友人が何冊も貸してくれた小説が頭によぎる。だとしても、なんで自分が。

「目が覚められたようで安心いたしました。今から、司祭様をお呼びいたしますね」

『うわああ、なんかいかにも外人顔で日本語を流暢に話されると凄く違和感!なんか吹替の映画とか見てるみたい!』

思い切り叫びそうになったが、声はやはり出なかった。友人に、『思ったことをすぐ口に出さない!』と叱られていたのを思い出す。ある意味、今の状態は助かったのかもしれない。

ややしばらくしてから、部屋に三人の男の人がはいってきた。ちょっとイケメンの30代半ばくらいの人と、ロマンスグレーの人と、あとは高齢なおじいちゃんという三人だ。刺繍が細かく施された黒いローブを着て、穏やかな雰囲気の笑みを浮かべてながら近づいてくる。

正直、動けない状態であんまり近寄ってほしくない。ちょっと距離をとってほしい所だなと思わず眉根を寄せた。

こちらの意思は全く伝わっていないような様子で、ロマンスグレーの男性は私の手を取り、脈をはかるように手を当てる。

「声を出すことはできますか?」

イケメンは声をかけてくれる所からなんだね!そうだよそういう所からイケメンなんだよぉ!でも残念ながら声がでなーい。人魚姫か。

なんとか、首を横に少しだけ動かす。脱力感というか、自分の体じゃないみたい。

そうこうしているうちに、おじいちゃんがスプーンで水のようなものを口に流しこもうとしてきた。

思わず口をつぐむ。なにそれ、おじいちゃんちょっと待って。なに飲ませるのそれ。

一生懸命に目で訴えているが、ニコニコとしながらスプーンを引かないおじいちゃん。うう…これは飲まないと最終的に鼻をつままれて飲むとかそういう…そういうやつ!?

不承不承ながら、少し口を開くとスプーンに注がれた液体が口内に広がった。

「にっがああぁ!!!?」

あまりの味に、全身のだるさなど吹き飛んだように飛び起きた。えぐいシブのような味が口に残り、思わずせき込む。

「お水です」

シスターから差し出された木のコップに入った水を一気に飲み干した。

うう…まだ口の中がイガイガする気がするよう…涙が出てきた…

「――…はぁ……」

あ、でもなんか体が動かせる。

手をグッパッと動かしてみたら、先ほどまでの重さが嘘のようにスムーズに動かすことができた。脳内での納得は全くしていないが、やっぱり今の状態ってアレなのかなぁ…。

改めて自分の状況がよくあるライトノベル小説の状況に酷似していることにそっとため息をついた。

「落ち着きましたか?まだ具合が良くなければ、また後日に改めてお話をさせていただきますが」

イケメン。こんな時にもイケメンっぷりを発揮してくれるんだね…気遣いが嬉しいけど、少しくらい現状を把握しておかないとヤバイパターンも多いから、そのまま聞くよ…

「あ…なんとか大丈夫です。お話をさせてください」

ベッドに座り直しながら答えた自分の声は、中性的でいい声に聞こえた。

「では、自己紹介からいたします。司教のヒドルストン様、司祭のハーディ様、そして私は助祭のエヴァンズです」

ほうほう、イケメンはエヴァンズさん…そういえばこういうののセオリーって美形になってるんだよね。ふふん、どんな感じになってるのかなぁ。向こうではモテとは無縁だったけど、こっちではモテるかも。告白してくる男性をちぎっては投げってね。

「まずは鏡を、見せてもらえませんか?あります?」

ありますよ、とシスターが手鏡を持ってきて、コップと引き換えに私に手渡してくれた。ドキドキしながら鏡を覗く。

「やだ~!美形~!!すごぉーい!!」

艶のある黒髪に、薄いグレーがかった青い瞳。ぬけるような白い肌。テレビで見たことのあるような外国の美人俳優のようだった。声に似つかわしい中性的な顔立ちに思わず声を上げた。思わず自分の顔を見ながらニヤニヤしてしまう。これで諸外国の男性をメロメロにして、なんか一目見ただけで惚れられる黄金パターンが再現できるんだね!小学校の頃に読んだ少女漫画に小さい頃はあこがれていたもんなぁ…まさかこんな形で夢がかなうなんて…!

「えー、どんなドレスが似合うかなぁー。胸元バーンな感じで…」

ふと、鏡を持った自分の手をまじまじと見つめる。女の手には、見えない気がする。

ゆったりとした上着越しに、片手で自分の胸を触ってみる。そこまで大きくなかったとはいえ、あったはずの部分が平らになっている。

「!?」

ペタペタと改めて胸を触っても、やはり無い。恐る恐る、ズボン越しに前を触ってみると、そこに無いはずのものがあった。

「…私、男になってない!?」

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