第9話 ポンコツ令嬢の取り扱い 4
ベースキャンプでの出発前、最終確認の時に誰もエルヴィーラ様を見ていなかったら、荷物がパンパンだった。
何を入れたのだと問い詰めたい。班で持っていく分は薬しか渡していない筈なのに、どうしてこうなった。
「……重く、ないですか?」
問い詰めたくても問い詰められない、情けない俺。
「重力魔法で軽くしているから大丈夫です。皆さんのも軽くしましょうか?」
サラッと何を言っている。有難い申し出ではあるが、そうじゃない。
「いえ、これも訓練なので、有難い話ですが大丈夫です。しかし、大き過ぎませんか、その……」
最早エルヴィーラ様よりリュックの方が大きく見える有様。ここに来るまでもよちよち歩き状態だったのに、大丈夫なのか。いや、大丈夫とは思えない。
「野営中も快適に過ごしたくて……」
エルヴィーラ様がそっと目を逸らして言うので、何も言えなくなった。
野営の厳しさに耐えられなさそうな侯爵令嬢に、他の班員も何も言えなかった。よし、俺だけじゃない。
それと、ずっと重力魔法をかけ続けて魔力は大丈夫なのかも不安である。最悪はエルヴィーラ様を背負うことも考えておいた方がよさそうな気がする。
訓練開始の合図と共に山に入り、指定されている最初の野営地を目指す。
少し歩いた所で苔で滑って岩に顔面ダイブしそうなエルヴィーラ様に、つい手が出てしまいアイアンクローみたいになってしまった。
「ぶっび」
「だ、大丈夫ですか!?」
つい手を出した事に後悔してももう遅い。周囲からも終わったなという雰囲気を感じる。マジで終わったわ……。
侯爵令嬢の顔面を鷲掴み。駄目だろ、絶対に。しかも急に鷲掴んだからか、変な声も出ていた。
「すみません。ありがとうございます。助かりました」
謝られたし、お礼まで言われた。思っていた反応と違う。他の班員も別の意味で動揺している。
こける時は、リュックの肩紐から手を離しましょうと言いたいが言えない。
顔が小さい。後、体重も軽くて体が柔らかい事もわかった。一瞬ではあるが、アイアンクローでエルヴィーラ様の全体重を支えた気がする。
人間の体ってあんなにしなるんだな。背骨が折れるんじゃないかと思ったが、たわんで戻った。
新しい発見だった。体が柔らかいなら怪我はしにくいだろう。ちなみに荷物の重さは一切感じられなかった。
「ぎゃわっ」
今度は川の浅瀬を横切っている時に、事前に苔で滑るから気を付けるように言ったのに思いっきり滑った。
後ろにいたヴァルターの助けが間に合ったので良かった。ヴァルターも思わず腕を取ってしまって動揺している。予想以上に軽かったからかも知れない。
わざとじゃないかと思うくらい、注意をしてもやらかす。注意したことを全部やらかす。
次は岩を登っている時、無言で滑って岩と岩の隙間に消えていった。気配で気が付き振り返った時に、一瞬目があったが悲壮な顔だった。
俺の顔を見るより、落ちる瞬間こそ足元を見て欲しい。自力で防護魔法を展開して、無傷だった事に本当に安堵した。
万歳をしてもらい、両手首を持って引き上げた。身長差があるから出来る事でもある。
完全にこちらを信用しているのか、余計な力が抜けていて、エルヴィーラ様の体がぷらんぷらんしていた。
後ろでヴィリが笑いを堪えていた事にも、ちゃんと気が付いているぞ!
班員は既に好成績を諦めて、接待モードに入っている。諦めは肝心。
「すみません、ちゃんと魔獣討伐とご飯では役に立ちますから」
エルヴィーラ様も申し訳なさそうにしている。悪い人じゃない、むしろいい人だと思う。それがわかってしまっただけに、何ともやるせない気持ちになる。
何故総合戦闘の授業を選んだのかが心底わからない。向いていないだろう。ディートリヒ様が婚約者だと言うし、必要だとは到底思えない。
昼休憩。予定よりかなり遅れてはいるが、無事に魔物除けがあるポイントまで辿り着くことが出来た。
エルヴィーラ様の料理の手際は非常に良く、作るご飯は本当に美味しかった。思わず作り方を聞いたヴィムにも、優しく丁寧に教えてくれる。
料理に関しては班員の中で一番素晴らしいのは間違いない。野営飯とは思えない味に皆のテンションは爆上がりした。
こっそりと、好成績は無理でもそれで心を慰めようと言い合った。
昼休憩後に初めて森狼と遭遇した時、ようやくデポラ様の言っていた事を理解出来た気がする。気配に気が付くのは少し遅いけれど、それだけ。
班員のフォローが上手い。山の浅い所には単体のはぐれ森狼もいるが、基本は群れで襲って来て群れのリーダーが群れ全体を統率している。
その為、一対一での対応が難しいのだが、一対一に集中できるようにエルヴィーラ様の魔法が飛んでくる。
一体に集中出来るだけでなく、他の班員のフォローもエルヴィーラ様がしてくれるので、非常にやりやすい。
さっきまでと同一人物とは到底思えない。あっという間に五体の森狼を討伐出来た。
「……そう言えば噂で聞いたんだけど、魔法学院の卒業試験、エルヴィーラ様が一位の成績だったって……」
ヴィリが小声で言って来た事に驚いた。一位という事は、デポラ様やクリストフル様、ディートリヒ様よりも上だったという事になる。
「誰かの聞き間違いかと思っていたけれど、もしかするともしかするかも」
本当にそうだとしたら、とんでもない人と班を組めた事になる。
その後も移動に難はあったが戦闘は順調にこなし、余裕を持って夜営地に着く事が出来た。夕食も美味しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます