第8話 ポンコツ令嬢の取り扱い 3

 デポラ様の話に混乱したまま、エルヴィーラ様以外の班員が集まっている場所に戻った。


「どうだった?」


「人としてまともなら何をしても大丈夫って言われた。根にも持たないらしい。後、料理が上手らしい。料理全般は任せてみたらどうかと言われた」


 ヴィルマーに聞かれて、そのまま答えるしか出来ない。


「えっ」


 驚くよな。俺も意味がわからない。何をしても大丈夫って何だ。料理全般を任せると言ったって、パンと干し肉の何を任せろと?


「後、森の歩き方を丁寧に教えろって」


「結局は接待かぁ……」


 ヴィルマーの言葉にちょっと違うと思ったが、自分が理解できていない話を班員に上手く伝えられなかった。

 後、敢えて森と言ったのに、ヴィルマーは山だろとは言ってくれなかった。俺には山にしか見えないのだが、もしかして森なのか? (※山です)


 夕食後に訓練で持って行く食材を選ぶ時、エルヴィーラ様に助言を求めて任せたら、本当に料理は得意な様だった。

 料理が出来る侯爵令嬢の存在を初めて知った。そもそも侯爵令嬢のプライベートなど一切知らないが。


 ただ、野営には不向きな物を持っていこうとするので困った。


「卵はダメです。潰れる可能性が高過ぎます」


 リュックの中で割れたら大変だ。入れ物に入れていたとしても、殻入りの卵は食べたくない。


「えー、栄養あるのに。じゃあ、トマトは?」

「ダメです。リュックの中でぐちゃぐちゃになりますよ」


 しかも完熟トマトじゃないか。荷物に圧迫されて、ぶちゅってなって中身が飛び出す未来しか見えない。


「えー。じゃあ、キャベツは?」

「嵩張り過ぎるし重いのでダメです」


 何故よりによってキャベツ。せめてレタス。いや、どっちも駄目だ。嵩張る。


「ソーセージは?」

「さっき塊肉を選びましたよね?」


 塊肉は嵩張るのに。野営でもがっつり肉を食べたいなという気持ちに、負けてしまった。


「でもでも干し肉と塩豚だけじゃ……」

「野営では普通は干し肉だけですよ」

 本来は塊肉も贅沢なのに。


「食後のデザートに苺は?」

「駄目です。せめて林檎」


 野営中に苺を食べるとか聞いた事無いわ! 練乳まで持って! 練乳かけた苺は俺も好きだから気持ちはわかるけど!

 いや待て。俺も段々毒されて来ているぞ。「せめて林檎」じゃなくて、普通はドライフルーツだろう。


 段々子どもに言い聞かせている気分になって、心の声が荒ぶってしまった。

 しかも駄目だと言うと毎回凄く悲しそうな顔をするので心が痛い。

 それでもつい言ってしまった事でも、普通の反応が返って来た。思っていたよりは気楽に接しても大丈夫そうだった。


 普通に日持ちするように焼きしめたパンに干し肉、ナッツやドライフルーツなどを中心に少しの野菜を選びたかったのだが。

 全てを却下し切れなかった俺のせいで、玉ねぎ、大根、かぶ、塊肉などを予定外で持って行くことになった。


 小麦粉とかも圧力に負けて持って行くことになったが、それこそどうするの? 野営中にパンでも焼くつもり?

 駄目だ。不思議過ぎてわからん。他にもショートパスタや調味料にハーブなどをエルヴィーラ様は選んでいった。


 迷いが無いので、ある程度の献立が頭の中で組み立てられているのだろう。

 エルヴィーラ様が嬉しそうに立派な大根とかぶを選んだので、ヴァルターのリュックからは大根が、ヴィムのリュックからはかぶの葉がはみ出している。


「大根やかぶがリュックからはみ出しているなんて、俺らだけだろ……」

 ヴィリが周囲から注目の的になりつつ言った。


「すまん……俺がはっきりと断れれば……」


 周囲はやはり焼しめたパン、干し肉、ナッツ類やドライフルーツのみを選んでいるのが主流だった。

 むしろ何故選んでいい食材がこんなに豊富に並んでいるのか。まぁ、野営に相応しい食材を選べるのかも評価対象に入っているのかも知れないが。


「いや、ヴェンデルはよく頑張ったと思うよ」

 かぶがはみ出しているヴァルターから慰められた。


「そうだな。あの顔は反則だろ」

 ヴィムも同意してくれた。俺たちは全員女性に不慣れな男。女性の悲しそうな表情を跳ね除けられる強者はいなかった。


「エル! かぶを持って行くの?」

 デポラ様が現れたので、どうか止めてくれてと全員が縋る様な目でデポラ様を見た。


「うん」

「いいなー。私も持って行こうかなー」

 何の抑止力にもならなかった。


 調理器具に関してはエルヴィーラ様があれこれ選ぼうとはしなかったので、本当に安心した。


「鍋があれば、だいたい何でも出来るよ。同時進行用にちょっと深めのフライパンくらいでいいかなぁ」

 エルヴィーラ様が料理慣れしていて良かった。


 他にも必要な野営用具や薬などを受け取って分担し、その日は解散した。離れたのはエルヴィーラ様だけだったが。

 その後、固まって明日からの事を話していたら、ディートリヒ様がこっそりと我々の所へやって来て驚いた。


「エルは鈍くさいし、運動神経が存在していないかと疑うレベルだけれど、どうか見捨てないでやって欲しい。本当によろしく頼むよ」


 大物が出て来て全員頷くしか出来なかった。いや、エルヴィーラ様も充分大物だけれど。何か違う。

 訓練のことを思えば早めに寝た方がいいと、不安に思いつつも早々に準備を済ませてテントに入った。


 明日からの事を思うとちょっと眠れないかもなどと思っていたが、寝袋に入って秒で寝た。

 自分は元々図太い質なのを、色々考え過ぎて自分でもちょっと忘れていた。

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