第7話 ポンコツ令嬢の取り扱い 2

 他の皆も俺と同様で、あやふやな情報しか集まっていなかった。


「これはもう好成績は一旦諦めて、接待訓練に徹するしかないな。成績のことが頭にあると、思わぬミスが起こりやすくなりそうだ」


「そうだな。焦ったりイライラしたら、野外訓練は失敗しやすい」


 俺の意見に野外訓練経験者のヴィルマーが同意してくれる。


「そんなに精神面って重要なのか?」


 俺とヴィルマー以外は野外訓練は初めてだ。そう言えば、エルヴィーラ様に野外訓練の経験があるか聞くのを忘れていた。聞くまでも無いと思うが。


「重要だな。いつもみたいには眠れないし、食事も違う。その時点でストレスだからな。それに気が合わない奴がいてみろ。魔獣を相手に仲違いしていたら上手くいかないし、余計にな」


 ヴィムの質問にヴィルマーがわかりやすく答える。


「あー、成る程。気を遣う人と一緒にいるだけでも消耗するのに、更に日常部分のストレスも相当か」

 ヴィムが納得した様に言う。


「特に後半になると、体力的にも辛くなるから追加でストレスになる」


 俺も情報を追加する。この班員なら普段穏やかなタイプばかりだから大丈夫だとは思うが、それでも体力を消耗して来るとイライラしやすくなる。


「あー」

とヴィリが情けない声を上げる。


「機嫌の悪くなった侯爵令嬢か……」

 ヴィルマーが嫌な想像を追加して来る。


「とんでもないな」

 ヴァルターも想像してしまった様で、顔を顰めた。


 普段穏やかな人でも訓練の後半には荒れる事がある。ヴィルマーも経験があるのだと思う。俺もある。

 普段優しい先輩がイライラするとか、本当に居心地が悪かった。


 その後は俺とヴィルマーで経験談を話したりして、陥りやすいパターンやストレス解消方法などを伝授したりした。

 せめて協調性での好評価を狙うしかないという事で、意見が一致した。ある意味一致団結できそうではある。


 次の班員全員が揃った話し合いで、俺が班長になることにエルヴィーラ様は異議を申し立てなかった。

 今は大人しいけれど、人間苦しい時こそ本性が出る。どうなることやら。


 訓練開始当日。学院から馬車で半日、そこから更に歩いて集合場所となるベースキャンプへ向かう。

 その先にある深い山々が野外訓練の場所になる。ベースキャンプへ向かう時から班行動だ。


 全員が慎重にエルヴィーラ様を見極めようと、お互いにアイコンタクトをしてからベースキャンプを目指した。


 エルヴィーラ様が木の根に躓くのは序の口で、苔を踏んでは滑り、木の枝にもいちいち引っ掛かる。

 自分で弾いた木の枝が戻って来て痛がりもする。運動神経だけでなく、注意力もないのだろうか。


 助言していいのか、助言がプライドを刺激して後々嫌がられるのかさえわからず、皆でただ見て見ぬふりをするだけ。

 ただ、エルヴィーラ様は班長である俺の指示には素直に従うし、文句もない。それだけに非常に取り扱いに困る。


 従順だからと言ってアレコレ言ったらキレられるではないかとか、助ける為に体に触れたら汚らわしいとか言われちゃうんじゃないかとか。

 想像だけが膨らんで、口も手も何も出ないまま、一番最後にベースキャンプに到着した。


 夕食前の僅かな自由時間に班員にも頼まれて、意を決してデポラ様に相談しに行った。

 名乗った所で俺の名前など覚えてもいないだろうが、顔は覚えてくれていたようで話は聞いてくれた。


「……エルヴィーラ様の扱い方がわかりません。助言を頂けないでしょうか」


「何も気にしなくていいんじゃない。根に持つタイプでもないし」

 あまりに返事が気軽過ぎるので、ここに来るまでのあれこれを話した。


「あぁ、まぁ、そうなるでしょうね」

 デポラ様の遠い目が凄く気になる。詳しく! 教えて下さい!


「鍛えて頂いたウテシュ伯爵家の皆さんの為にも、それなりに良い成績が取りたいのです。詳しく教えて頂けないでしょうか」


「何言ってるの? エルと一緒なら森の最奥まで余裕で行けるし、何だったら野外訓練の想定範囲内全部を探索できると思うわよ」


「はっ……?」


 そもそもここは山だし、起伏もあるので決して森とは言えない場所。そして広大。デポラ様の言っている意味が全般的にわからない。

 デポラ様からすればこの程度の地形なら、森と同程度ということだろうか。

 いや、そこじゃない。この山全てを探索できるって何だ。連なっていますが。


「エルは運動神経はないし、こういう森とかも過保護に囲まれていたから初体験だろうから、浮かれてもいたんでしょうね。でも、学習能力はちゃんとあるし、大丈夫よ」


「……」


「今は信じられなくても、そのうちわかるわ。私がエルと同じ班だったらご飯も美味しいだろうし、好成績間違い無しだし、最高だったんだけどねぇ。でも、学院側からすれば絶対に組ませてもらえない組み合わせよねぇ」


「……意味が、わかりません」


「そのうちわかるから。後、取り扱いは人としてまともなら何をしても大丈夫。まぁ、早めに訓練としてまともになって欲しいなら、エルに森の歩き方を丁寧に教えることね」


 他にも食い下がってそれなりに教えてはもらえたが、想像とは全く違う助言に混乱する。

 もっと話を聞きたかったが、夕食前の貴重な自由時間をこれ以上邪魔も出来ないので、渋々諦めた。

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