第10話 ポンコツ令嬢の取り扱い 5

 翌日は昼から雨に降られて予定よりも進めず、野営地到着を諦めて本気の夜営になる覚悟をした。

 春で昼の気温が上がって来ているとはいえ、雨で体が冷え切っている。体力を温存する為にも、早めに探索を切り上げて夜営地を決めた。


 用意された野営地と違い魔物除けが張られていないので、常時誰かが見張りにつく必要がある。

 襲撃に備えて睡眠も浅いものしかとれなくなるし、野営初経験組にはかなりキツイ夜になるだろう。


 誰がどの順番で見張りにつくかを決めなければならない。エルヴィーラ様には体力的にも頼まない方がいいだろう。

 けれど、一人だけ免除されることに周囲がどう思うか。今夜はよくても、明日が心配になる。


「一人につき二時間程度の見張りでどうだろうか。エルヴィーラ様は見張りはなしで、体力の回復に努めて下さい」


 エルヴィーラ様を見張りから外す事に他の班員も異論は無いようだったのだが。


「見張り、いる……?」


 エルヴィーラ様、不思議そうな顔をしないで頂きたい。ここ、人喰い森狼のいる山ですよ。食べられます。


「いりますよ。ここに魔物除けはありません」


「魔物除けになる防護魔法なら張れるよ?」


 思わずヴィリと顔を見合わせた。ヴィリの微妙な顔で、難しい魔法なのだと悟った。俺はそもそも無理。深く眠ってしまえば防護魔法が解除されてしまうし、この人数分の範囲も無理だ。


「常時展開した状態で、普通に眠れますか? 体力を消耗して翌日に響くと後が辛くなりますよ」

「平気ですよ。熟睡しても三日間くらい大丈夫です」


 考え直すように諭すつもりで言ったのだが、普通に平気とは。後ろでヴィリが目を見開いて驚いている。

 後、三日間も連続で熟睡は出来ないと思います。たとえなのはわかるが。何だろう、俺はいつから突っ込みになったんだ? 心の中だけだが。


「……助かります」


 見張りは不要になった。そう言えばこの人、リュックに重力魔法もかけっぱなしな人だった。何度も転倒から助けたので間違いない。


「……」


 エルヴィーラ様が張ってくれた防護魔法を見て、微妙な気持ちになった。魔法が得意なヴィリを見たが、同じ気持ちの様だ。

 普段から防護魔法は身近な為、この防護魔法の凄さがわかる。まず密度が濃い。魔物除けの効果もあるのだろうが、魔物に破られない、が正解だと思う。


「エルヴィーラ様、この防護魔法は?」

思わずと言った感じにヴィリが聞く。


「えっ? 魔物除け? とか?」


 これを疑問形で済ませていいのか?


「魔物がこの防護魔法を避けてくれるのですよね?」


 初めて見る防護魔法で、野営地に設置されている魔物除けとも感じ方が異なる事から、確認の為に聞いた。

 この判断を俺は自画自賛したいし、実際に後で班員に滅茶苦茶褒められた。


「いいえ? 避けるのではなく、入れないですね」


「……そうなると朝目が覚めた時、我々が森狼に囲まれている可能性が……」


 防護魔法は空気などを遮断するものではない。だから人のにおいも普通に周囲に漂う。

 避ける訳ではないのなら、防護魔法の周りを取り囲まれる可能性はある。森狼は賢いから、永久に防護魔法が俺たちの周囲にあるとは思わないだろう。


「あー、そうですね。それはありそうです。でも、探す手間が省けていいです、よ、ね?」


 笑顔で話していたエルヴィーラ様が、班員が醸し出す空気を察してくれた。

 寝ている間に森狼に取り囲まれたら、大丈夫だと思っていても安眠など出来ない。普通はそうだと思うのですが。


「えーと、少し時間を下さい」


 そう言ってから考え込み、本当にあまり時間をかけずに人のにおいが空に抜ける様にしてくれた。

 その後も、魔法ってそんな使い方ができるんですかな快適空間を全員分作ってくれた。


 いやもう、絶対にこの人が卒業試験一位だったと思う。


「これ、どうしてるんですか?」

 ヴィリが不思議そうに聞いた。


 俺も不思議だ。まず、全員のテントが空中に支えもなく浮いている。

 もしもの時に周囲の音が聞き取りやすいようにテントの上に張った幕から、雨が当たった時の雨音が聞こえない。


「テント? 浮かせてます。冷たくなくていいでしょう?」


 いや、それは見たらわかる。そう思っていたらヴィリが聞いてくれた。


「それはわかるんですが、どうやってるんですか?」


「重力魔法で、テントが近くの木に引っ張られるようにしています」

「????」


 そんな事をしたら普通はテントが木にくっつくはず。全員が首を傾げた。

 あれこれと詳しく聞いても、エルヴィーラ様は説明が壊滅的に下手な様で誰も理解できなかった。諦めが肝心。


「雨だから、温かい食べ物は無理だなぁ……」

 それはヴィムの完全な独り言だった。


 ヴィムはすっかりエルヴィーラ様の料理に虜になってしまっている。実家で食べるより美味しいとか。


「大丈夫です、大丈夫」

 エルヴィーラ様の返事が暢気だ。


「乾いた薪なんてありませんよ」

 わかっていないのかと思って言った。


「火魔法の直火でいけます」

 直火……。魔法の調整がかなり難しいと思うのだが。失敗すると火傷する。


 そんな心配は杞憂に終わった。本当に火魔法で鍋を熱し、温かいスープを作ってくれた。この人は、本当に魔法に関してだけは規格外らしい。

 雨でも美味しい温かいご飯が食べられるとは。早めに進むのを諦めたので、時間があるしとお菓子まで作ってくれた。


 って、材料が足りるのか不安になったが、充分余裕はあるそうだ。

 本当に、何この人。オーブンも無いのにどうやってパイを焼いたのか、見ていてもわからなかった。


「何かの魔法を使ったのはわかるんだけど……」

 ヴィリも難しい顔をしている。


「エルヴィーラ様、どうやって焚火でパイを焼いたんですか?」

 思い切ってヴィムが聞いた。食事の事となると積極的だ。


「防護魔法の応用? ですかね」


 何故疑問形なのかは誰も突っ込めなかった。だってきっと、説明を聞いてもわからないと思う。

 防護魔法で焚火でパイが焼けるって、全くもって意味がわからない。防護の意味をわかっていますか。

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