第12話 謎の生き物 2

 キュッはさておき、森の中での移動速度が格段に上がった。

 エルヴィーラ様は自らかけた魔法なのに、時々木にぶつかりそうになっているがギリギリぶつかりはしない。


 その内派手にぶつかるのではないかと、気が気ではない。そう思うのは他の班員も同じらしく、全員がちらちら確認しながら移動する。

 魔法の仕組みはよくわからないが、体が軽いしちょっと宙に浮いている気がするのはどういう事だ。いや、実際に浮いていると思う。


 エルヴィーラ様は立ち止まれば森狼の位置を遠方まで把握できるようで、次の野営地の位置を意識しつつも、効率よく魔獣を見つけては倒すを繰り返せた。

 必要な時には攻撃にも参加してくれるし、危なげなく、こちらも助かる様な位置取りをしてくれる。

 更に相変わらず俺たちへの補助も完璧。リュックに重力魔法もかけっぱなしで、ほんとどんだけ魔力があるんだ。


 打ち解けた初日は二日目どころではない移動距離で、順調過ぎて好成績に望みが出て来た。全員ノリに乗っている。

 そんな時、近くで救援信号が上がった。番号がヴィリの弟がいる班だった。

 ヴィリの弟がいる班は、人との相性的に戦力がちょっと怪しい組み合わせになっているとヴィリが心配していた。


 最終的には教員が助けてくれる筈だが、それでも怪我などはない方がいい。万が一がある。

 知らない仲では無いし、救援に向かいたい気持ちはあるが、侯爵令嬢を危険に晒していいのかで一瞬悩む。


「行かないの?」

 ちらっと見てしまったら、本人から指摘されてしまった。ヴィリからの縋る様な視線も感じる。


「行きたいです。ヴィリの弟がいます。いいですか?」


「えっ、急いで行こうよ!」


 エルヴィーラ様は即決だった。エルヴィーラ様の魔法で更に移動速度を強引に引き上げられて向かった。

 ちょっと流石に早過ぎて色々と付いていけない状態になりかけたが、何とかなった。追加のエルヴィーラ様の魔法で。


 ヴィリの弟の班の姿が見えた。不用意に魔獣の巣とも呼ばれる縄張りに入ってしまったようだった。

 二十匹近い森狼に囲まれている。班の現在位置も悪い。全方位を障害物なしで森狼に囲まれているせいで、剣や体術が苦手な班員をフォローしきれていない。


 既に何度も攻撃を受けてしまっているようで、防護魔法がいつまでもつかも怪しい状態に見える。

 防護魔法をかけ直す時にはどうしても隙が出来る。その時に致命傷を負いかねない状況だった。


 思わず周囲にいる筈の教員を探したが、出て来る気配がない。満身創痍になるまでは、放置なのかもしれない。

 森狼も俺たちに気が付いているが、確実に仕留められる獲物を優先する様な動きを見せた。


 俺たちとの合流を阻む動き。何体かだけでも、考えなしにこちらに向かってきてくれればよかったのだが。

 俺たちとあちらの班の間に森狼が展開している。攻撃魔法は森狼に避けられたら、あちらの班員への攻撃になってしまう可能性が高い。


 森狼はそれがわかっていると感じる。こちらの安全を確保しながら、地道に削るしかない。それまであちらが持ちこたえられればいいが。

 などと思った時もあった。教員は救援に駆けつけたエルヴィーラ様を見て、出る必要が無いと判断したのだと思う。


 先行していた俺に追いついたエルヴィーラ様が、ヴィリの弟たちを目視で確認後、まずあちらの全員に追加の防護魔法をかけてくれた。

 距離はまだかなりあるのに、流石といったところ。これであちらを気にせず、確実に数を減らしていけばいい。


 その間にあちらの班の態勢も立て直せるだろう。取り囲まれない様に場所を選びながら森狼に近付きたい。

 包囲網の一角を崩して相手の気をこちらに引くため、固まって攻撃に転じようと班員と合図を送り合っている間に。


 エルヴィーラ様が俺たち全員に追加の防護魔法と身体強化をし、間髪入れずに固まっていた森狼の集団に向けて風魔法を放った。

 信頼していなかった訳ではない。けれど躊躇の無いそれで、ヴィリの弟側に被害が出るかもと一瞬体が強張った。


 エルヴィーラ様の風魔法は、あちらの班員の前で曲がった。しかもクルクルと円を描きながらまだ残っている。

 ここまでがほんの一瞬の出来事で、エルヴィーラ様一人で半分近くを始末した。森狼が動揺している。


 数的不利って何だったけ? って感じだった。残る魔獣はほぼ一人に付き一体。これなら大丈夫だ。少しあった焦る気持ちが消えていく。

 しかしエルヴィーラ様、今まで本気を出していなかったんですね。俺たちは直ぐに動けたけれど、ヴィリの弟の班は全員が呆然としていた。


「早く態勢を立て直せ! 血の匂いで追加が迫って来ているぞ!」


 実際に追加の森狼の群れが迫って来ているのには気が付いていた。あちらの班員たちが慌てて動き出す。

 だけれど、増援も姿が見えた途端に、エルヴィーラ様がサクッとおやりになってしまった。


 全ての指から別々に魔法が展開されていた様に思う。ただただ、凄い。

 ピリピリとした緊張感が霧散する。むしろエルヴィーラ様からは最初から感じなかった気もするが。


 助けた班にはそれはもう感謝されつつも、エルヴィーラ様を中心に森狼の死体の処理をしている間に、あの人どうなってんのとこっそり聞かれた。

 あちらにも全員に魔法によるフォローが入っていたらしい。要所にだけかと思っていたら、そうじゃなかった。


「俺たちにも意味がわからないが、何かあの人は総合的には凄いんだ」


 ヴィリ、もっと凄さがわかる良い言い方は無いのか。総合的にって。一緒に行動していると言いたい事はわかるが。


「どういう事?」

 ヴィリの弟の疑問も最もだ。ただ、俺の顔を見ないで欲しい。説明できない。


「俺の理解の範囲を超えている」

 俺も説明は無理。

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