第3話 ポンコツ令嬢の野外訓練 2
学院から訓練が行われる山までは、学院が手配した馬車で行く。馬車は山の麓までで、そこからは班員ごとにベースキャンプまで徒歩で移動する。
実際の訓練前にお互いの実際を更に知っておきましょうって事らしい。それ以前に、結局班員の顔と名前が一致していないのだが。難易度が高過ぎる。
この山は人の手が専門学院の野外訓練時にしか入らないので、多少の道はあるがほぼ自然のまま。
ここには魔獣の森狼が生息しており、人喰い狼として討伐対象になっている。
何でも昔、この山の麓に住んでいた人たちが、人口が増えて多くの木を切り、山から食料を確保したりで森狼の生息地を脅かした。
森狼は人と縄張りと食料の確保を巡って争う様になった。その際、お腹を空かせた森狼が遂に人を襲って食べた。それで森狼は人が食べられる獲物だと知ってしまった。
森狼は集団生活をしていて、知識は群れで共有される。その為人も食料だと森狼内で広まった様で、それから森狼は積極的に人を襲う様になった。
慌てた近隣住民は騎士団に討伐依頼を出した。騎士が山に入り森狼の調査と対応をしたが、山に広がって生息している森狼を全滅させるのは困難であるし、森の生態系を崩しかねないと判断された。
結局騎士団は住民たちに移住を勧める判断を下した。揉めはしたがその間にも住民が襲われる事件が相次ぎ、住民も諦めて去った。
当時の騎士団は人を食べた森狼を可能な限り処分したが、やはり知識を持つ生き残りがいて、人は食料になると知っている森狼が山に残った。
普段は注意喚起により近隣に人がいないので問題はないが、森狼が増えた時や山の恵みが少ない時に、集団で生息域から離れて人を襲う様になった。
それで森狼が増え過ぎないように間引く必要が出たのだが、森狼自体は魔法を攻撃に使わないので危険度の高い魔獣では無く、毎回騎士が討伐に来るのはオーバーキル。
それであれこれあって、専門学院生が教員に見守られながら実地訓練をする場所として選ばれた。
森狼たちが山の恵みだけで生活が成り立つ様、間引きするのが実地訓練の主な目標になっている。
……危険度が低いとは言え、人を積極的に襲う森狼に学院生を宛がうってどうなの? という疑問は残る。
お兄様に通話ついでに聞いたら、「初心者向きの魔獣だから最初の訓練には丁度いいんじゃない?」と軽く返された。
そういうものらしい。
ここまで深い山を登るのは初めての体験で、木の根が結構邪魔で苔が滑る。気を付けていても滑る。
他の班員は平然と登って行くのは何故? 顔にかかる枝を払いつつ、足元にも気を配り、魔獣への警戒もいるなんて難し過ぎる!
「ぶべらっ」
手で避けた枝が、手を離したら戻って来て顔面を直撃。地味に痛い。班員に何とも言えない顔で見られた。
わかります。今ならわかるよ。手を離したら元の場所に戻るって。
だけどこんなにしなって勢いよく戻って来るとは思わなかったっていうか。
私の進むペースが遅いので、班員に迷惑をかけながらも何とかベースキャンプへ到着。
最後だったみたいで、班員に謝りまくった。ディーには滅茶苦茶心配された。
体力的にではなく、精神的に疲れたのでさっさと支給された魔法テントを展開してゴロゴロする事にした。
支給された魔法テントはくるくる巻いてリュックの上に止めるタイプ。テントの中には最初から寝袋が置いてあった。
テントには空間収納的な魔法がかかっている。事前申請すれば化粧品などのテントへの持ち込みと設置も認められているが、訓練に関係する物資の持ち込みは禁止されている。
このテントなら色々な物資を持ち込んで快適野営が可能だと思うのだが、化粧品はいいけれど食料とか調理器具とかが認められない謎。
取り敢えず、ノーラとマーサに持たされた化粧品をテント内に置く。
実際の野営をこのテントでするなら他の物資の持ち込みもアリだと思うけれど、訓練だから駄目らしい。
「あーあー心配だ」
「あーあーあー」
当たり前の様にテントに一緒に入って来たディーが、ずっとブツブツ煩い。
「あああ、あああ、煩い。呪われそう」
「心配なだけなのに、酷い」
「大丈夫だよ、多分」
「その多分がね?」
ベースキャンプに来るまでの事を思い出すと、何も言い返せない。
ディーは心配過ぎるせいか、ずっと私の頭を撫でている。いや、撫で繰り回して来るので背後を取って抱き着いておいた。
「ふふん! 撫でられまい!」
「えー、せめて向かい合って」
「いや、譲らぬ!」
「えー」
バカなやり取りをしているうちに、日が落ちてきて夕ご飯の時間になった。
今日の夕ご飯は学院の職員が準備してくれている。ご飯も班行動で頂く。
美味しいカレーライスとディーに癒されて、完全にテンションが戻った。
ご飯の後はそのまま班ごとで支給される食材や薬の選別をする。
ずらりと物資が並んでいて、その中から自分たちに必要だと思われるものを選ぶ仕組みになっている。
「七日間の行程なので、日持ちする物を中心に選びましょう」
爽やかさんが班長になったので、率先して動いてくれる。
料理はこの中では私が一番出来るらしく、初めて意見を求められた。
地味に嬉しい。それぞれの好き嫌いや食べる量を確認して、うきうきメニューを考えた。
訓練だから疲れた時用に胃に優しいものも欲しいよね。男性陣にガッツリ系も必須だと思う。
星空を見ながらバーベキューとかも楽しそう。お肉とお野菜をバランスよく。
食事担当を任せてもらえたから、栄養バランスまで考えるぜ!
「エルヴィーラ様……」
豚の塊肉を手にしたら、班長が吐息交じりに名前を呼んで来た。
「何、どしたの? 心配しなくても、料理は出来るよ?」
「……はい」
塩を擦り込んで塩豚にしてあるから、長持ちするし美味しくてお勧めだぞっ! しかもお肉はちゃんと冷蔵が付与された紙に包んである。
選んだ食材や薬をそれぞれに分配した後、軽く打ち合わせをして解散した。
でもなぁ。嵩張るからと却下されたけれど、どうしてもキャベツが欲しいな。こっそり一玉いっとこうか。
ついでに持ち運びに不便だからと却下された、トマトに卵もこっそり持って来た。終盤程こういうのって欲しくなると思うんだよねぇ。
持ち運びにくさを班長に指摘されていたので、トマトも卵もタッパーに入れる。トマトは魔法で冷凍、卵には防護魔法をかけた。
本当は袋で充分だけれど、一応。タッパーが思いの外嵩張って、リュックがパンパンになってしまった。塩豚があるしソーセージは諦めよう。
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