第2話 ポンコツ令嬢の野外訓練 1

 入学から一か月。初めて総合戦闘の授業が行われる。

 入学直後から予告されていた野外訓練に向け、今日はその説明と班分けの為に講堂へ集まった。


「野外訓練は人喰いの知識を持つ森狼が広く生息している山で行ないます」


 教員が教壇で説明を始め、生徒たちは真剣な様子で話を聞いている。


 教員は入学後から剣術や魔法などの実技の授業で、生徒の能力や性質を評価していたことなども説明していた。

 これは事前に知らされてはいなかったので、少し講堂内がざわついた。


「班の総合力についてはある程度同等となる様に、能力と得意分野などでランク分けをしました。名前を呼ばれた順にくじを引いて下さい」


 ランクごとに引くくじの箱が異なる仕様になっていた。


 一班は六人構成で性別は関係なく振り分けられるが、配慮として女性がいる班には、必ず女性の教員が一人以上つく。

 女性特有の問題が起きれば、いつでも女性教員に相談する様にと合図の出し方なども教わっている。


 それでもディーには心配しかないらしい。名前を呼ばれる順番待ちをしている間中、隣でブツブツ言っている。


「ああー。せめてエルには僕かデポラ嬢と同じ班になって欲しい。クリスでもいいけど、でもなぁ……」


 切実な顔で、毎日呪いの様に言って来るので、途中からエルヴィーラはほぼ聞き流していた。


「能力と運で振り分けられるんだから、無理でしょ」


 デポラの純粋な意味での戦闘能力は、おそらく学院トップ。スタミナについてはどうやっても劣るが、それだけとも言う。

 エルヴィーラも魔法に限るならトップクラスで、そんな二人が同じ班になるとは思えない。


「エルヴィーラ様」

「あああああ!」

「はい」


 呼ばれたエルヴィーラより先に変な声を上げたディートリヒが目立っていたが、気にせずに呼ばれた先へ向かう。

 背後でデポラに注意されている気配がする。気持ち悪いわと言われている気もするが、まぁいいだろう。


 教員が差し出した白い箱に手を入れ、中に入っていた紙をごそごそいじってから一枚を取り出した。

 デポラたちとは無理でも、良い人たちの班がいいです! 先生に見せると先生が黒板に名前を書いた。


 エルヴィーラは七班の最後の六人目。班員を確認して、一瞬動けなくなった。

 黒板にはヴィリ、ヴェンデル、ヴィム、ヴィルマー、ヴァルターと書かれていた。名前を覚えられる気がしない。


 決まった順から既に班ごとに集まっているので、教員に教えられて向かう。彼らは元々知り合いだった様で、既に親しげに話をしていた。

 名前が覚えられるかで問題がありそうなのはおそらく私だけ。逆に彼らはお互いの名前で盛り上がっていた。


「学年にいる似た様な名前の奴が全員集まるなんて、ある意味奇跡だな」

「名前を呼ばれたと思って、間違えて返事をしそうだな」

「ははっ、言えてる」


 そんな彼らも最後の一人がエルヴィーラだと知って、全員が固まった。似た名前のコンプ邪魔してすみません。

 そう思いながらも、勧められた空いている席につく。取り敢えず受け入れてはもらえた様で安堵した。


 お兄様ならコンプは完璧だった。残念ながら私の名前はエルヴィーラ。

 ヴィーラと呼んで下さいって言えば、雰囲気コンプで許されたりしないかな。


「エルヴィーラです。野外訓練の間、よろしくお願いします」


 最初から提案するかどうか迷ったが、最初の挨拶は今後のイメージの為にも重要だろうと普通にしてみた。


「はは伯爵家次男ヴィリです」

「伯爵家長男ヴェンデルです」

「伯爵家三にゃんヴィムです」

「伯にゃく家長男ヴィルマーです」

「伯爵家次男ヴァルターでしゅ」

「「「「「よろしくお願いします」」」」」


 いやこれ、絶対無理だろ。


 全員が伯爵家の人としか頭に残らなかった。噛んだ人が悔しそうにしているが、誰が誰だったか既にわからない。

 だからこそイメージ向上作戦をおざなりにしてはいけない!


「ノルン侯爵家の長女です」

「「「「「知っています……」」」」」


 だよね。心の中で同意した。


 事件もあったし、その発表の後にディーの婚約者になったしで、一時非常に注目されたのは確実。

 しかも四年を選んだ数少ない女性なので、こちらが認識していなくても認識されている事が多い。


 それぞれの自己紹介が一応終わり、ぎくしゃくした雰囲気は残るものの、訓練に向けてお互いの能力を確認した。

 自然とキリっとした爽やか体育会系な雰囲気の人が話を進めてくれる。短く刈り込んだ短髪に、鍛えているとわかる体。


 騎士を目指しているなら、後で特徴を伝えてデポラに聞けば、名前がわかるかもしれない。既に誰かわからん。

 今は仮に頼りになりそうな爽やか体育会系、略して爽やかさんとしておく。


 剣派が二人でどちらかと言うと剣派も二人。魔法派が私を含めて二人。


「バランスは良さそうだな、ですね」

「そうだな、です」


 変な話し方になっている人がいるが、多分それは私が侯爵令嬢だからで変に気遣われていると思っておくことにした。

 バランスはちゃんと良さそうだと私も思う。訓練中もこのままだと疲れるから、早く馴染めるといいな。


 次に用意されていたプリントを見ながら、荷物の分担の相談が始まった。必要最低限は全員が持つけれど、薬や食材などは分担して多目に持つそう。

 空間収納を使わずに野営をした事はないので、話をしっかり聞く。爽やかさんは詳しそうで、既に安心感がある。


 ところで、男性陣だけで荷物分担の話を始めてしまった。私は……? 


「私、食材を多目に持ちますよ」


 ちょっと頑張れば、野営中も美味しいご飯が食べられると思うのです。重さは重力魔法で軽くすればいいし、問題ないのにぎょっとされた。


「えーと? 重力魔法で軽く出来るので、持てると思いますよ?」


 ぎょぎょっとされた。皆しないの? 便利だよ?


「いえ、嵩張りますから。……そうですね、可能なら小さくても重い、薬を中心にお願いできますか」


 爽やかさんに断られた。イメージ向上作戦の為に、今は大人しくしておこう。


 そんなこんなであっという間に今日は野外訓練当日。事前に確認や打ち合わせとかもあったのだが、班員と馴染めないまま当日になってしまった。

 こう、凄く気を遣われている感じ。そしてあまり参加させてもらえていない感じ。訓練なのに……。

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