第1話 剣術の授業
今日は魔法不可の純粋な剣術の授業である。入学時の試験の成績によって、エルヴィーラは基礎クラスの配属になっている。
怪我を防止する為に防護魔法が付与された腕輪は支給されているが、弱めた痛みは感じる仕様になっている。
訓練場では現在ぶっちぎりで成績最下位のエルヴィーラと、下から二番目のコンラートの戦いが始まろうとしている。
二人の運動神経は魔法に関する何かに繋がっているのだと、既にこのクラスでは思われている。
周囲は久々の最底辺の争いが気になって、組んだ相手と打ち合いながらも視線は二人に注がれていた。
このクラス所属は運動神経に難がある人の集団なので、よそ見による事故が多発しているが誰も気にしていない。真剣にしていても事故は多発するからだ。
教員がエルヴィーラに一番軽く短い両手剣を選んだが、明らかに持て余している雰囲気を醸し出している。
その前で、コンラートは静かに構えている。自信の無さが滲み出てはいるが、見た目だけならそうおかしくはない。
剣をやや上段に構えて勢いよく斬りかかるエルヴィーラ。駆け寄る際に足がもつれて一気に地面が近付く。
何処からか「ああっ!」という小さな声が聞こえる。
それを見た心優しいコンラートは、侯爵令嬢を転ばせてはならないと、構えていた両手剣を即座に放り投げる。
魔法が得意なだけあり、反射神経に関しては悪くはないのである。コンラートは既に態勢を崩している侯爵令嬢を受け止めるべく、屈んで両手を広げた。
「あぶっ!」
「あべっ!」
エルヴィーラは両手剣を頭上で握りしめたまま地面へ顔面ダイブ。一方のコンラートは、エルヴィーラが握りしめたままの両手剣が脳天を直撃。
防護魔法で軽減されているとはいえ、それなりに痛みはある。見ているだけで痛い。コンラートは一瞬気が遠のいたのか、ゆっくりと、それでもエルヴィーラを避けて前に倒れていった。
倒れる時も紳士ではあるが、あまりにも酷い決着。
顔を上げたエルヴィーラは鼻をぶつけたようで、赤くなっている。痛々しい。
「痛い……。あれ、コンラート?」
コンラートは脳天直撃の痛みに悶絶しながら一人で耐えていた。
その時、エルヴィーラの鼻から鼻血がたらりと……。
令嬢としてあかんやつぅぅぅ!! と周囲が気を遣って目を逸らす中、一番近くにいた令息が駆け寄ってエルヴィーラの顔を胸に抱えて隠した。
普通ならあり得ない行動だが、何度も一緒に授業を受けるうちにすっかりクラス全員が仲良くなっていた。
「誰か、早う! 布を早う! 拭くものを早う!」
「落ち着け」
冷静な教員が早う早う言っていた令息の頭に、軽く拳骨を落とす。
「エルヴィーラ様、顔が令嬢としてアレな感じになっています。治癒魔法と浄化魔法を使って下さい」
「あー、はい」
エルヴィーラが魔法を二度発動し、ゆっくりと令息が腕の拘束を緩めると、正しい令嬢の顔に戻っていた。
「心配してくれてありがとう」
至近距離でエルヴィーラの笑顔を向けられた令息は、「ぐうお!」と言って胸を押さえた。
「えっ、治癒魔法いる?」
「エルヴィーラ様、彼よりもコンラート様を」
と冷静な教員が告げる。
「えっ、やだコンラートってばどうしたの!?」
お前だよ、と全員が心の中で突っ込みを入れた。
ただ、この風景はこの剣術最下位クラスの日常風景でもあった。ほぼ全員が運動神経に難がある。
さっきの戦いでも、コンラートが本当にエルヴィーラを抱きとめるつもりならば、構えた位置が遠過ぎる。
きちんとした位置で構えていたなら、剣の脳天直撃は避けられた。そもそも目測を誤っても避ければいい。
ここにはそれが出来ない人が多くいる。目測や微調整、自分の体をイメージ通りに動かせない者が多い集団。
見ていればコンラートがエルヴィーラを受け止めるのにいやそこじゃ無理とわかるが、実際に自分が当事者なら無理だろうなとも思う面々。
そんなクラスはお互いが仲間として強く意識し、仲良く鍛練をしてはいた。身に付いているかはともかく。
「エルヴィーラ様。まず、転ぶ時は剣を手放しましょう。危険です。変に放り投げては周囲に被害があるので、まずはその場で落とすのが最適かと」
「はい」
真剣な顔で教員の言葉に返事をして頷くエルヴィーラ。
「コンラート様。これは訓練なので令嬢が転ぼうとしているからといって、受け止める必要はありません。そこは訓練の為にも傍観しましょうか」
「はい……」
エルヴィーラの治癒魔法で痛みがなくなったコンラートが、しょぼくれた顔で返事をして頷く。
「それと皆さん、よそ見をする実力もないのによそ見はやめましょうね!」
「「はいっ!」」
教員は最下位クラスはいつもこんな感じだと知ってはいるが、毎回この注意は何なのだろうと思ってもいる。
子どもか? 幼い子どもに注意しているのか? とつい考えてしまう。
普通に運動が出来る教員には、体がイメージ通りに動かない彼らの突飛な行動が理解できないでいた。
ただただ愉快な動きや頻繁に起こるハプニングに、笑ってはいけないと腹筋が鍛えられる日々。一度でいいから思いっきり笑ってみたい。
これでコンラートは魔法では最上位の上級クラスで、エルヴィーラに至ってはそのクラスの中でもトップ。
しかも二人とも知識関係も優秀。運動神経だけに難があり、性格もとても友好的で優しい。
「天は二物を与えず……」
教員としていい感じに言ってみたが、何とも言えない気持ちになるだけだった。溜息を飲み込みながら、訓練の続きを促した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます