第四幕 滅びの運命 D
狂太郎たちは小売山城跡公園に来ていた。
いまは五月。ぽかぽかとうららかな日々が続いているのだが、リリスはそんな季節もどこ吹く風で、どういうわけかコートを羽織っていた。それは莉々のコートであった。
「ニャー、どうしてワガハイはこれをかぶっておくんだニャ」
「ちょっとした演出だ。俺たちが求める美少女――じゃなくて、暴漢さんに見せるための小道具だと思ってくれ」
その狂太郎の言葉でリリスはしぶしぶ了解する。
「それでキョータロウ、暴漢が来るまでずっとここで待ちぼうけかニャ?」
「まぁな。ヘタすりゃ明日も明後日も同じような感じで張り込みだ」
「ニャー、首を長くして待つしかないニャ」
リリスは不満をぶーぶー溢していた。
「まぁこれも、世界征服のための布石と思え。ほら、お前の分の豚まんだ」
「ニャー! カレーまんとピザまんだニャ」
リリスは二つの豚まんを手に取り恵比須顔。ちなみに“豚まん”というのは関西での呼称で、関東では“肉まん”となるそうな。
「まったくお前は本当食い意地が張ってるなぁ」
「張り込みは体力勝負だニャ」
狂太郎は張り込みのために食料を用意していた。リリスのことだ、どうせ「腹が減ったニャ!」とやかましく騒ぐと思い、餌付け用のエサをコンビニで買っていたのだ。
その際、なぜかマンガ雑誌とマンガ単行本をリリスにせがまれ買わされ、ついでにシャンプーが切れていることを思い出し購入。思わぬ出費で狂太郎の財政はいよいよ破たん状態である。
財布の中身と、クレジットカードの明細書を見るだけで狂太郎は心の底から笑い声がこぼれる。高校生の身で一人で暮らしていくのも大変なのに、リリスという大食漢、浪費家がいるせいで狂太郎はやりくりに悩まされるのだ。
(ま、まぁ今は選挙が先決だ……)
そう自分に言い聞かせ、火の車の家計について忘却することに。
「ニャー、コンビニスイーツとやらはなかなか創意工夫があって面白いニャ。これはオークみたいなオカマのゲーノウジンが絶賛していたスイーツだニャ……」
「てめぇいつの間にんなもん買ってたんだよ!」
「安心するがいいニャ、キョータロウの分も入れといたニャ」
「あーもう! お前は金食い虫か! 俺のサイフがカラになっちまうぞ!」
狂太郎の叱咤も素知らぬ顔で、リリスはカカオパウダーを鼻に付けてもちもち新触感なチョコレート団子を食べている。
「あーもう、俺たちはここに遊びに来たんじゃないんだぞ!」
「静かにしてほしいニャ。ワガハイはジャンプを読んでるんだニャ」
「なに自宅気分でジャンプなんか読んでんだぁ! んなもんは立ち読みか公式ネット配信で済ませろよ!」
「キョータロウみたいなのがいるから出版業界は不振なのニャ。この漫画家さんが魂を込めて描いた作品に、ちゃんとお金を払ってあげなきゃならないニャ」
「そのお金は俺が払ってんだぞ! お前は俺の下僕で飼われてるってことを自覚しろ!」
「そんなことよりキョータロウ、お腹が空いたニャ」
「お前さっき豚まん二個食った挙句スイーツ食ってただろうが!」
「ワガハイは締めのコンソメのポテチが食べたいニャ」
「んなことしたら太るぞ!」
「ワガハイは大きくなりたいニャ」
「リン酸塩の入ったポテチで体が大きくなるわけねぇだろうが!」
ただの張り込みでこんな調子である。
果たして二人は見事暴漢とエンカウントできるのか。こんなに騒いでいては、そもそも張り込みになっていない……と思われるのだが。
しばらくするとリリスはおとなしくジャンプを読むようになる。しかし、瞬間記憶能力のあるリリスでは、週刊雑誌ほどの量はたやすく吸収できてしまうもので。ジャンプを精読したリリスは漫画の単行本を読み更ける。タブレットの電子書籍で買えばいいものを、リリスはコンビニに並んでいるのを見て衝動買いしてしまったのだ。それもしばらくするとすっかり読み飽きてしまい、暇になったリリスはいつものようにタブレットでネットの膨大な情報を吸収することとなる。
「キョータロウ、イギリスには切り裂きジャックなる殺人鬼がいたらしいニャ」
「ああ。あの異常犯罪者の教祖みたいなヤツか」
「その切り裂きジャックとやらがこの地に復活したのが、ワガハイたちが追ってる暴漢とやらじゃないのかニャ」
「どんだけ突飛な発想なんだよ。この小売山とイギリスの殺人鬼に何の接点もないだろうが」
「うニャー、キョータロウは現実主義でつまらないニャ」
「しかし……暴漢が異常者って考えはあるかもな」
狂太郎は考える。突然ぽっと現れた暴漢という存在であるが、ぽっと現れたがゆえに、ほんとうに偶然的に現れた異常者なのかもしれない。
しかし異常者といっても色々いる。ほんとうに異常なヤツ、もしくは、異常を“装って”いるヤツなど……。
(まぁ、目撃情報が少ないもんだから推測しにくいが……)
なんにせよ、狂太郎は思ってしまうのだ。
この一件はもしかして、リリスと関係あるのじゃないのかと。むしろ今の今までリリスがのうのうとこの世界にのさばっていたのが“異常”なのだ。
なにせ魔王の娘である。
そんな異分子が、ずっとこのまま、この日常に居られるのだろうか。
「なぁ……リリス……」
「ニャ?」
リリスが漫画から顔を上げたとき、
「…………!」
狂太郎は脇見で眺めていたスマホに映る映像――小売山城跡の入口に付けていたカメラの映像に異変があることに気づいた。
「ニャニャ、どーしたのかニャキョータロウ」
「なにかが、動いたんだ……。黒い何かが……」
「誰かがこっちに来たのかニャ?」
「わかんねぇ……。あまりにも一瞬で……。もしかしたら野良猫か野良犬と見間違えたのかもしれないけど……」
何もかもが五里霧中である。時刻はすでに11時。手探りの闇の中、狂太郎はやってくる“暴漢”と立ち向かうため準備をする。
「リリス、お前はひとまず隠れて居ろ」
「ニャー。キョータロウ大丈夫なのかニャ」
「だ、だいじょーぶさ! 暴漢が何だってんだ!」
「脚が震えているニャ」
「こ、これはガルバニー電流で足がピクピクしてるんだよ!」
「キョータロウの足はカエルなのかニャ」
耐久度の低い狂太郎が、暴漢に恐れをなすのは無理もない。いつもはネット弁慶よろしく強がっている狂太郎だが、暴漢とのバトルなど狂太郎の人生の中で一度もない。
「キョータロウ、落ち着くのニャ。キョータロウは魔王の娘たるワガハイを倒した男だニャ」
「リリス……」
「だからきっと勝てるニャ。気をしっかり持つニャ」
「お前は……。たまにいいこと言うんだからな……」
リリスという存在は狂太郎の大きな武器である。それは物理的、魔法的に有効なだけでなく、狂太郎の心を支える存在ともなっている。
「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか。魔王の娘を倒した俺には怖いものなんかまんじゅうと世界恐慌以外はない! さぁ、かかってこい美少女暴漢!」
それは静かな足音とともに近づいてくる。
てくてくと、暗闇を歩いていくそれは――
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