第四幕 滅びの運命 A
「あああああ……。もう俺はおしまいだぁ……」
狂太郎は空を仰いだ。しかし、頭上に見えるのは太陽の光を遮る木々の庇であった。
チョー楽して学校の魔王となった狂太郎だったが、十全寺の反撃に遭い、“凋落”し、今まで以上の酷い扱いを世間から受けることとなった。
皮肉にも情報社会。狂太郎の悪行は尾ひれをつけてツイッターやラインなどで拡散されていく。どれもこれも面白半分で狂太郎を奇人扱いしたウワサであったが、誰もが火のないところに煙は立たないと思い、声に出さずとも狂太郎への不信は生徒たちのアタマに浮かんでいった。
ここがまかりなりにも進学校だからか、現代社会だからか、昨日の制裁以降、狂太郎への物理的な報復はほぼない。現代人はとにかく非接触、無関心がデフォルトなのだ。狂太郎に制裁を加えるよりむしろ、超絶奇人の狂太郎に近づかないでおこう、というのが利口な思考である。
というわけで、暗黙のルールというか、なるべくして、狂太郎は全生徒からハブられた。
つまりは“ぼっち”となってしまった。いや、ぼっちよりもひどいステータスとなってしまった狂太郎である。普段ならそんなことを気に病む狂太郎ではない。周りの人間はゲームのNPCだと見なしている狂太郎にとって人間関係は些事であったが……。しかし、人間は一人では生きていけないというのが社会の摂理である。
そして、一人では選挙なんて勝つことができない。
「負けだっ……。完全に負けだ……」
敗者となった狂太郎は、皆から蔑まれていた。いつもひょうひょうとしている狂太郎だが、意外と周囲の冷めた視線に堪えたようで。昼休みとなったいまも、教室になんかいられずこうして中庭の隅の隅の木陰に隠れるように食事を摂っていた。
今日の昼食は税込108円の塩握りである。
「はぁ……。リリス、お前は昼飯どーすんだ? 一応お前のおにぎりも買ってきてやったが」
その狂太郎の隣にはリリスがいるのだが。
「ニャー、ワガハイは忙しいのニャ」
と言ってカシャリ――とタブレット端末のカメラのフラッシュを焚く。撮っているのは自分自身。リリスは自らの尻尾を“自撮り棒”みたいにして、器用に自分の姿を撮っている。どうも起きてから今までずっとこんな調子である。写真を集めればリリスの精工な3Dグラフィックが作れるんじゃないかというくらいの膨大な写真がタブレットのメモリ、およびクラウドに保存されている。
昨日のリリスの魔法『魅了』の跳ね返りによってリリスは自分によって自分が魅了され――ナルシストとなってしまったのだ。自分の姿が世界で一番だと思い込み、飽きもせず自撮りを続けている。
「お前は俺のタブレットで自撮りばかりやりやがってぇ!」
「仕方ないニャ。ワガハイの美しさは花のように移り行くものニャ! ワガハイは刻一刻とかわいくなっていくニャ?」
ニャ! と手招きポーズするリリス。その姿はたしかにかわいいのだが、それを自分で言ってしまったら……拍子抜けである。
「ちゃーんと撮った写真はツイッターに上げてるニャ」
「ああ。すげーぜ。1分間に1ツイートとか……誰もフォローしてないけど」
「あとユーチューブの動画を上げたニャ。ワガハイの姿を5分間撮ったものだニャ」
「そんな恥ずかしいの公開したら、あとで後悔するぞ……」
「あとはHTMLとCSSとパールを勉強して自作ブログを作ったニャ。1時間に1度、ワガハイのポエムを乗せてるニャ」
「ポエムだと……」
狂太郎はリリスのタブレットに表示されたブログページ『リリス☆イン☆ナイトメア』を開いた。自分でプログラムを組んで作ってあるからか、意外と見た目はいいのだが……。
「なんだこのポエム……『ワガハイはニボシになりたい ダシの出る存在になりたい』ってうまくもねーしおもしろくもねーよ!」
「ワガハイの最高傑作だニャ。たぶんあと10年すれば国語の教科書に載るニャ」
「10年経ってもお前のポエムは評価されねーよ! このナルシスト野郎がぁ!」
怒りに狂った狂太郎はとあるボタンをぽちっと押す。
「にゃ、にゃははっはははははははははは!」
「しばらく反省してろ! お前のせいでこんな目になってんだぞ!」
「それはキョータロウのせいじゃないのかにゃははははは!」
「うるせぇ! 下僕は下僕らしくしてろ!」
リリスの首につけられた『エネコロリング』が起動し、リリスはくすぐりでもだえ苦しむ。そんなお仕置きをしても、狂太郎の問題は一行に解決しないのだが。
「はぁ……」狂太郎は大きくため息をついた。
狂太郎は独りぼっちとなってしまった。もともと狂太郎は不良で、一匹狼だったのだが――
しかし狂太郎はなにも、望んで一人になろうとしたのではない。
狂太郎だって求めていた。自分の賛同者を、そして家族――を。
(いや、俺は……)
そんなものいらない――と。欲しくて、いらなくて。
家族。狂太郎も人の子である。母親と父親の間から生まれ、そして、妹もいた。
だけど――
(俺には、なにもない……。みんなみんな、この世界に奪われた……)
不条理な世界、そのくせ、甘ったるい世界。
そんな二枚舌な世界に狂太郎は嫌気がさし、あんな怠惰で不良な日々を送っていた。
そんな嫌な世界に、復讐してやりたくて狂太郎は一念発起したというのに。
「はっはっは、俺は
狂太郎は自嘲気味にそう言った。そして笑う。自分という存在を。策士策に溺れるどころの話ではない、ただの無策なうつけ者。
ただ自分は、ゴミのように掃いて捨てられる――
「諦めるのかニャキョータロウ!」
「リリス……」
さっきまでくすぐりにもだえていたリリスが、表情を変え狂太郎を鋭い目で見つめていた。どうやら魔法が切れたようだ。同時に、エネコロリングの電池も切れたようだ。
だが、狂太郎とリリスの絆は切れることはない。
「キョータロウはこの世界を恐怖のどん底に落すんじゃなかったのかニャ! こんなところであきらめてどうするかニャ!」
「んなこと言ったって……。俺は……」
「キョータロウは大魔王の娘であるワガハイを下僕にした男ニャ! そんな男がうじうじするなんてワガハイが許さないニャ!」
「テメェ……。俺の苦悩も知らねぇでガキみたいなこと言いやがって!」
「ワガハイはまだまだ子供だニャ! だが、キョータロウがすごいことは分かるニャ! あきらめたらそこで試合終了って某バスケ漫画で言ってたニャ」
「お前はまたサブカルに影響受けてっ……!」
なんてふうにしっちゃかめっちゃか。丁々発止のやりとりである。
すっかり、狂太郎の鬱屈した考えが吹き飛んでいた。なにせ相手は大魔王の娘である。世界を滅ぼすかもしれない存在がいては自分の悩みがまさしく猫の額ほどのものに見えてしまう。
「ったくよー、オマエがいたら、シリアスなんてもんができねーぜ」
「キョータロウにはシリアスは似合わないニャ」
「そーだな、俺たちにはしんみり話なんて似合わねぇよ」
そんな風に笑いあう中。
ざわざわ……と、中庭の向こうから草木が擦れる音がする。
「せんぱーい!」
「尾田くーん!」
狂太郎を呼ぶ声がする。
「あれ? なんでだ? 俺を呼ぶ声がするようだけど、架空請求が悪徳セールスかなにかか?」
「キョータロウは疑ぐり深いニャ。あれはキョータロウの下僕のオンナだニャ」
「下僕って、もう魅了の魔法は切れたんじゃ……」
「あの二人は元からキョータロウのトリコだニャ。ワガハイには分かるニャ。アヤツラのギャルゲー的好感度はまずまずのもの、つまりキョータロウを好いてるニャ」
「詩恋ちゃんは分からんでもないが……。文月先輩もか?」
「キョータロウは鈍感だニャ。キョータロウはたしかにとっつきにくい男だが、あの二人のような理解者はきっと現れるニャ。きっとキョータロウは魔法を使わなくても、ニンゲンを下僕にするチカラがあるニャ」
「俺にそんな力なんてないぞ……。今の俺は、学校中からつまはじきにされた、スクールカーストの底辺だぞ……」
そんな狂太郎の暗い言葉とは裏腹に明るい声と笑顔を振りまく二人――詩恋と文月であった。
「先輩! 心配したんですよ! 今朝は挨拶しても反応してくれなくって……。どうしたんだろーなって思って……」
「詩恋ちゃん……」
「尾田くんにリリスちゃん、昨日のことはよくわからないけど、悔いていてばかりではダメですよ。何があってもくじけない、自分の信念を貫き通す、それが尾田くんのいいところじゃないんですか?」
「文月先輩っ!」
狂太郎は柄にもなく涙目になっている。普段から人とのふれあいに疎いせいで、逆にこういうのが狂太郎の心に響いたりする。
一匹狼は、実のところ寂しがり屋なのだ。
「みんな……。ありがとうよ。俺みたいな人でなしを励ましてくれて……」
「先輩……」
「これで二票だ。少ない二票だが、確かな二票だ」
「尾田くんは、まだ選挙を続ける気なの?」
「ああ。オトコってのは引き下がれねぇときがあるんですよ。なにせ相手はメガネっ子の委員長キャラだ。そんなのに学校を征服されちゃあ大変だ」
「どーなるのかニャ?」と尋ねるリリス。
「全JKの装備にメガネという不要物が取り付けられる! 攻略対象キャラ全員がメガネキャラになっちまうんだぞ!」
「にゃにゃあ!」
「しかもあいつのことだ、学校の規則がきつくなるはずだ。放送禁止用語をしゃべるだけで退学! PTAや謎団体に怒られそうな表現は制裁される! 結果、健全で面白みのない成績優秀でいじめのない善良すぎる、公務員みたいな生徒が出来上がる!」
「それって、教育者目線からすればかなり立派なコトに見えるけどねぇ……」
「しかしそんな学校で繰り広げられるギャルゲーなんてクソゲーだろうが! いくらBGM良くても絵が良くても、設定とシナリオ最悪ならゲームはつまんねぇんだよ! 俺はそんなゲーム買わねぇ! 買うなら全部プレイして酷評レビュー書いてやる! 俺が理想とするギャルゲーはな、美少女に囲まれてバカやって、面白おかしくて、時にシリアス時にスプラッタ! ときおりSF路線に入ったり、幽霊キャラも攻略できちゃったりで、最終的に用意したティッシュで涙をぬぐっちまうような、そんなギャルゲーが好きなんだぁ!」
「尾田くん、選挙の話がどうしてギャルゲーの話に変わっちゃってるのかしら」
「先輩はモチロン幼なじみキャラを攻略するんですよね……」
詩恋がなぜか彫刻刀を手にして笑っている。
「ニャー、とにかくキョータロウはおもしろおかしい学校にしたいんだニャ」
「そーだぜ。そのためにはあの十全寺の悪行、いや善行を止めなきゃなんねぇ。だから詩恋ちゃん、文月先輩、どうか俺に力を貸してくれないか……」
狂太郎は深く頭を下げた。どうも最近狂太郎は頭を下げっぱなしであるが、それでも狂太郎は邪道を突き進もうとしている。
「せ、先輩! 私は先輩のためならなんだってします!」
「詩恋ちゃん……」
「私と文月先輩以外の生徒を殺セバ……。二票でも先輩の勝ちですネ……」
詩恋が平刀、切出刀、角刀、中丸刀、小丸刀……と色とりどりの彫刻刀を取り出している。余談だが、詩恋は美術部だそうな。
「待って詩恋ちゃん! それ暗殺ってレベルじゃない!
「ニャー、その手があったか。じゃーワガハイの魔法で生徒たちを無双してやるニャ!」
「お前も話に乗るなよ! あーもう、お前たちに付き合ってたら俺が常識人みたいに見えるじゃねぇか!」
「私も昔の知り合いに頼んで、暗殺を頼もうかしら」
「文月先輩まで! 昔の知り合いってどの世界の!」
そんなふうにまた、話があっちこっちに泳いでいく。
「と、とにかくだ! 二人には常識的な範囲内での協力を求めたい!」
「そんなことでいいんですか、先輩」
「うん、だから詩恋ちゃんは手に持ってる彫刻刀を仕舞ってね」
詩恋がどこか恥ずかしそうに彫刻刀をしまう。
そんなとき、ふとキーンコーンカーンコーンと予鈴が鳴った。女の子と一緒にいると時間が早く過ぎるとは、アインシュタインの相対性理論に則ったものだ。
「ま、というわけでもう時間だから、詳細は追って連絡する」
「了解です先輩!」
「わかったわ尾田くん」
「りょーかいだニャキョータロウ」
「俺はなんとしてでも勝ってやる。選挙ってヤツに、どんな手を使っても……。もっとも、ドラえもんの道具みたいなチートはリスクが大きいから、もう懲りたけどな」
リリスの『魅了』のような飛び道具は、どうせ最後には神様が天罰を下すだろう。
ならば、神様の目を欺くしかない。魔法を使わずに、魔法のような手腕で狂太郎はスクールカーストの最下層から這い上がらなければならない。
狂太郎たちは校舎へと歩いていく。数歩歩いた後、狂太郎はリリスが付いてきていないことに気づく。振り返るとリリスが草地で寝っ転がっていた。
「な、なにしてんだよリリス」
「うニャあ、なんだか最近疲れて眠いニャ」
「疲れたって、これからお前は頑張ってもらわなきゃなんねぇのに」
「キョータロウ、オンブしてくれニャ」
「そもそもお前を教室に運んでいく意義が皆無なんだがな……」
リリスは『ワガハイはキョータロウの下僕なのニャ』と言って、キョータロウの下僕の命を全うするため狂太郎のそばを離れないようにしているのだが。教室内のリリスは家とさほどかわらない、タブレット端末で遊ぶだけのぐうたらである。そんなリリスであるが、狂太郎はなんやかんやで憎めない。その姿がどこか似ているのだから――
「仕方ねぇな、背中に乗れよ」
「うニャ」
狂太郎はリリスを背に乗せる。大食漢であるリリスであるが、その体重はどういうわけか軽かった。質量保存の法則さえも鼻で笑うような、そんな存在を狂太郎はしぶしぶ運んでいくのだった。
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