第二幕 学校征服! D

「あーだりぃ」

 狂太郎は授業をサボっていた。

 狂太郎は青春真っ盛りなのか、ちょっと反抗期なのである。そのため、思い立ったらワルいことをするやんちゃなところがある。

 その狂太郎の悪行の数々はというと……。

「リリス、俺はいままで数々の悪いことをしてきた」

「ニャー、どんなことなのかニャ」

「実はモーニングコーヒーを昼に飲んだことがあるんだ」

「にゃんと!」

「あと、本屋さんにあった雑誌を……」

「万引きしたのかニャ?」

「キレイに並べてやったんだ」

「すごいニャ、とんでもない営業妨害だニャ」

「どうだ! 俺の悪行の数々! すごいだろう!」

「すごすぎるニャ。ワガハイなんて日照りの村の地面を掘り起こして水浸しにしてやったことぐらいしかないニャ」

「お、おう……。お前のは悪いのを通り越して伝説だなぁ……」

 狂太郎とリリスは図書館にいた。

 いまは授業の真っ最中のため、図書館にいる人間はおおよそ不良生徒だけだ。

「だがキョータロウ、どーしてキョータロウはこんなツマラナイ学校とやらに通っているのかニャ?」

「日本は飛び級制度がないからな。義務教育終わっても、順番に学年を上がっていかなきゃなんねぇんだよ。まぁ、一種の修行といったところだ」

「ニンタイリョクをつけるための修行かニャ」

「そうとも言えるかもな。つまらない人生の予行演習のための、つまらない授業ってわけか」

「いったい何のために授業をしてるんだかニャ」

「まー、学校があるから日本はなんやかんや言って真面目な国で、平穏無事に暮らせるんだからな。しかもこの不自由な学園生活ってヤツがサブカルの題材にもってこいで、未だにあらゆる作品の題材になってるもんだしな」

「たしかに学園モノとかチューコウセイが主人公の作品はたくさんあったニャ」

「……そーいえば、お前の世界には学校とかあったのか?」

「うニャ、ニンゲンの住む地域のことはあまり詳しくないがニャ、ガッコーはあるにはあったニャ。でも、お金持ちしか通えないところだったみたいだニャ」

「なるほどなー」

「そう考えると、この世界の学校はすごいのニャ。みぃんな学校に行ってるから、この世界のニンゲンは侮れないニャ」

「ペンは剣より強しってやつだぜ」

 そんなふうに、狂太郎はリリスと話し込む。破天荒なリリス相手に狂太郎は疲れっぱなしであったが、なんやかんや言ってリリスと過ごす時間は嫌いではなかった。こんなふうに心置きなく話をできるの時間は、狂太郎の心の寄る辺となっていた。

「あらぁ、誰かと思えば尾田くんですかぁ?」

 本棚の向こうから、はんなりとした女子生徒が現れた。

「ん? 誰かと思えば文月先輩じゃないですか」

 古めかしく奥ゆかしい黒い長い髪。ゆったりとした面持ち。身体のパーツで唯一“控え目でない”グレープフルーツのような胸が目に付くのは狂太郎が雄である性である。こんな人がおねーさんなら人生の半分は勝ち組だったろうと思えるぐらいの、ヤマトナデシコな先輩。それが文月和歌先輩、現在受験生の3年生である。

「尾田くんダメじゃないですか。授業中に図書館なんて来ちゃ、メッですよ?」

「たぶんその怒り方じゃ、ダメな男の再犯率が上がるだけですよ」

「また尾田くんはワケのわからないこと言ってぇ。今度悪いことしたらつきっきりで指導しますよ?」

「それはむしろ進んで受けたいものだけどな」

 文月は自分の容姿端麗さに自覚がないのか、意外と積極的な行動に出る。そのため、部活(茶道部)等での指導で男女関わらずその魅力のとりことなってしまう。おねーさんのようでありおかーさんのようでもあり、そしてその豊満な胸と言い、男が取り付く島もなく憑りつかれるのは自然の摂理なのだろう。

 狂太郎も、かつてはこの文月になんの邪念もなく心奪われたこともあったのだが……

「それより文月先輩も……まさかサボり?」

「そんなワケないじゃないですか。私はいま自習中です」

「なるほど」

「それで、レポートの調べもののために図書室に来たんですけどね」

 そんなふうに狂太郎と文月はたまたま出会ったワケだ。絶世のヤマトナデシコである文月とこうして二人きりになれたのは、男にとってすごく幸運なこと……なのだが。

「ニャニャ、キョータロウそのボインは誰なのニャ?」

「ボインとかそんな言葉で表現するな! 文月先輩のアレは……触ったことがないからどう表現すればいいかわからねぇ!」

「よくわからないが、コヤツもキョータロウの下僕か近衛騎士なのかニャ?」

「あのぉ、尾田くんその猫ちゃんみたいな子は?」

 文月のつっこみを二人はスルー。

「バカ野郎! ただの学生の俺に下僕や騎士……ガードマン的なものがいると思うのか!」

「じゃーコヤツはキョータロウのなんなのニャ? ソッキンかニャ? アイジンかニャ」

 そんな容姿に不相応なコトをリリスは尋ねる。狂太郎は一瞬、側近もしくは愛人となった文月先輩とのシチュを描く。そんな立場となれば、文月のサラサラ黒髪も、ボインも、すべて触り放題というフェチワールド――

「て、テメェは! ジョーシキってやつをネットで学ばなかったのかぁ!」

「キョータロウはウブだニャ。大魔王になる存在が、いつまでもゲームの女の子で満足していてはだめだニャ」

「が、ガキみてぇなお前に言われたかねぇ! とにかくだなぁ、文月先輩と俺はただの先輩後輩の関係だ!」

「キョータロウが下なのかニャ?」

「日本には『年上を敬え』という古き悪きシキタリがあるんだよ」

 いまだ日本では能力よりも経験の長さなどで優劣が決められたりする。それがよかったり悪かったりするものだが。

「とにかく文月先輩は高嶺の花の存在だ。俺みたいなちゃらんぽらんとは釣り合わないし、第一先輩にはセンヤクがいて――」

「ちょっとちょっと尾田くん、私を無視してその子と話し込んじゃ、妬いちゃうよ?」

「なっ――」

 狂太郎は引っかかるような音を鳴らして驚く。

 文月先輩は時たま無自覚にドキリとする言葉を放つが――いや、それよりもなによりも狂太郎はすっかり失念していた。

 リリスという存在を忘れていた。

「……まさかリリスお前、ステルス化してないのか?」

「ずっとステルスしてたら魔力が減っちゃうニャ。ワガハイも省電力を心掛けてるニャ」

「大魔王の娘がエコに走るなよ!」

 狂太郎は空を仰ぐ。だがここは室内だ。

 リリスの姿が文月にバレてしまった。どこかミステリアスだけど、真面目な文月である。リリスのことを放っておくわけがない……。

「リリスいいから“正体”を隠せ!」

「りょーかいだニャ。だったらちょっとだけステルスだニャ」

「は?」

 ちょっとだけ――とはどういうことか。

 狂太郎の不安をよそに、一瞬、ひゅんとリリスの猫耳とシッポが消え失せた。その後狂太郎の見る世界では猫耳とシッポは健在していたが。

「あれれ、その子のアタマにさっきまで猫耳があったみたいだけど……。目の錯覚だったのかしら」

「説明しよう! ワガハイは猫耳とシッポだけをステルス化したのニャ。これで少しの魔力だけでワガハイの“正体”が隠せるニャ。省魔力強化月間だニャ!」

「たしかに猫耳とシッポを隠してしまえば……うまくいだろうが」

 もっとも、それらを隠したとしても今現在この図書館にリリスがいるのは異様なのである。平日のこんな時間に高校の図書館に子供がいるなど、どう見ても不審者である。

 しかしリリスはそんなことちっとも気にせず、目をぱちくりさせてる文月に近づく。

「改めまして初めましてだニャ。不肖のキョータロウの下僕を務めているリリスだニャ」

「げぼく?」

「ああいや、コイツがおふざけで言ってるだけだから気にしないでくださいよ」

「この子、尾田くんの知り合いの子?」

「ま、まぁそんなところです」

 狂太郎はお茶を濁した返答をした。

「へぇ、なんだか無邪気な感じでかわいらしいじゃない」

「本性は邪気に満ちた大魔王の娘……なんだけどな」

「ニャニャニャ。オヌシ、なかなかいい撫でっぷりだニャ」

 文月はリリスの頭をなでる。リリスはふにゃっとやわらかく微笑む。魔王の娘だという事情を除けば、その情景はホームビデオに収めたくなるほどのほほえましいものだった。

「ニャー、ところでオヌシ、そのボインは特殊装甲なのかニャ?」

「ふぇ?」

 そういうと、リリスはおもむろに――

 ぼふん、と。なんと、文月の胸のクッションへと顔をうずめた。リリスが男なら死刑レベルの大罪だ。

「て、テメェ! なんてうらやまっ……うらやましいことを!」

「全然言い直せてないよ、尾田くん」

 当の文月はというと、そんなリリスの突飛なセクハラを大きな胸で受け止めている。狂太郎はふと、子供になりたいという願いが頭によぎった。

「なかなかいい乳だニャ。オヌシはいいオヨメになるニャ」

「ありがとーね、えーと、リリスちゃん。リリスちゃんは外国生まれなのかな?」

「ワガハイは異世界のアンゲロス生まれだニャ」

 そんなふうに和やかな二人。狂太郎はどうも居心地が悪いというか複雑な気持ちとなる。

「リリスお前! そんなことしてる場合じゃないだろうが!」

「ニャ? キョータロウもこのクッションをモフモフするかニャ?」

「な゛」

 キョータロウは固まり、その後、リリスの『エネコロリング』を起動「うにゃ!」ひるんだリリスの首根っこをひっつかみ文月より引き離す。

「なにをするだニャキョータロウ!」

「女神のような文月先輩にそうぺたぺた触るんじゃない! 文月先輩にはな……許嫁がいるんだよ」

「イイナズケ?」

 そう、愛しの先輩にはすでに先約がいる。許嫁、つまりは婚約者がいる。

「文月先輩の家はその……良家でな」

「そう言えば、文月……といえば、あの有名なヤクザ屋さんのことなのかニャ。コヤツはその末裔なのかニャ」

 リリスがタブレット片手につぶやいた。この世界に来て日が浅いにもかかわらず妙に情報通であったりする。

「昔はヤクザの家みたいだったが、もう足を洗ってまっとうな不動産業を営んでるそうだぞ」

「なーんだ、ヤクザならワガハイの子分にしてやろうと思ったのにニャ」

「ふふふ、そんな、私の家、すごくはないわよ」

「風格だけは確かにあるぜ……」

「ならワガハイは今日からオヌシをボイン姐さんと呼ぶニャ。姐さん、今日はどこのシマを荒らしましょうか!」

「そーんな物騒なこと言っちゃダメよ、リリスちゃん」

 そんな風にまた、文月と仲良くいちゃつくリリスに、またも狂太郎はいたたまれなくなる。

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