第二幕 学校征服! B
「高校に着いたニャ。それじゃー運賃を払うニャ」
「穀潰しの上に金までせびんのかよ。お前はプロ市民か……」
魔王の娘のくせにあぶく銭をせびるとは、と狂太郎が思ったとき。
気づく。周りの熱い視線に。
衆人環視。まるで狂太郎が人通りの中突然素っ裸になったみたいに。皆が狂太郎を見つめている。それもそのはず、狂太郎の隣には大魔王の娘リリスがいるのだ。その見た目は耳と尻尾を除けばただの幼女だが、耳と尻尾をつけてしまえば月刊ムーに出てきそうな奇想天外な生命体である。ざわざわざわ……
「ねぇなにアレ?」「猫……耳?」「子供?」「何かのコスプレか?」「隣りにいるの尾田だよな?」「なんかあの子可愛くなーい?」「スマホで写真撮ろー」
「バカやめろ野次馬ども! 俺たちには肖像権があるんだ! 写真は取らないでくれぇ!」
「なんだかすごい騒ぎになってるニャ」
小売山高校の玄関前にて、登校してくる生徒、登校していた生徒がリリスに注目する。狂太郎とリリスは一躍有名人となる。
「どーすんだよリリス! 早速身バレとか魔法少女アニメなら打ち切りだぞ!」
「クラスのみんなにはナイショだニャ」
「だからバレてんだって! なんとかなんねぇのかよ!」
「安心するがいいニャ。よーするにワガハイが大魔王の娘だとバレなければいいんだにゃ?」
「大魔王うんぬんよりまずその耳と尻尾をどうにかしろ!」
「ワガハイも常識ぐらいはあるニャ。これでも1週間外を出歩いていたから、民間人への対処もわかってるニャ」
「なんでもいいから早くしろ! 先公が来たら厄介だ!」
「へーんしん!」
「また妙なことを!」
リリスは衆人環視のなか、招き猫のポーズをする。
しかし、狂太郎の目にはいっさいなにも起きない。
「おい、リリス。お前一体なにをしたんだ」
「ワガハイの身体を消したのニャ」
「消した、って……。まだあるじゃねぇかよ」
「キョータロウには見えるけど、みんなには見えない設定になってるニャ」
「設定……って」
「ワガハイの『
「なんて便利な魔法なんだ……」
リリスと狂太郎を囲んでいた生徒たちが目をパチクリさせている。どうも、リリスの姿が見えなくなり『俺達は幻覚を見てたのか?』と現実に戻されたのだろう。
リリスの姿が見えなくなると人だかりが引いてくる。なにせ授業前なのでそろそろ教室に戻らないと行けない時間である。
そんなわけで、引き潮のように人が去っていくなか、一人の女子生徒が狂太郎のもとへと早歩きで向かってきた。
「きょ、狂太郎先輩!」
「んあ?
黒いセーラーに身を包んだ女子生徒。未だ制服は型崩れしていない初々しい新入生。
彼女は狂太郎の幼なじみであり、後輩でもある――狂太郎の数少ない女の子の知り合い。
唐沢木詩恋。高校1年生。
社会のケガレを知らないような、どこか恥ずかしそうな面持ち。背は小さく、リリスの1.3倍ほどである。栗色の髪はおとなしい感じに短く切られ、控えめなオシャレとして花模様の髪留めをつけている。
「先輩、朝は登校してこなかったから心配してたんですよー」
「あーいや、昨晩は株のトレードで夜更かししちゃってさぁ」と出来合いの言い訳。
「もう先輩、ちゃんと健康に気を使わないとダメですよー!」
「あははは」
そんなどこか、少女漫画やらギャルゲーやらを切り取ったようなワンシーン。
その日常をぶち殺す!! かのようにふわりと、風が吹いた。
「きゃ、きゃああああ!」
甲斐甲斐しい子犬のような後輩、詩恋のスカートがめくれ上がっていた。そう世界的に認識されている。
しかし――
リリスの『
「ニャー、白だにゃ」
「テメェはなに居酒屋の暖簾くぐるみたいに詩恋ちゃんのスカートめくってんだよ!」
そう、詩恋のプリーツスカートがめくれたのは、絶賛ステルス中のリリスの手によるものだった。スカートはおよそ40度の角度でめくれ上がり、その中のお召し物が狂太郎にはっきりと見えている。
「せ、先輩見ちゃだめですぅ!」
「詩恋ちゃん俺は何も見てない! リリスいいから手を離せこの痴漢野郎!」
「なるほど、これがセーラー服と言うやつかにゃ。たしかじょしこーせいはこの戦闘服を来て、悪いやつらと戦うんじゃないのかニャー」
「いったいどこの知識だソレ!」
「キョータロウのアニメのキャラクターはたいていそうだったニャ」
「……もはや女子高生がバトルする展開はフツウなのか」
セーラー服の女の子が機関銃持ったり、日本刀持ったり、月に代わってお仕置きしたり、戦車に乗ったりエトセトラ……は日本のアニメのジョウシキであったりするが、
「こんなうっすい服でどうやって悪とバトルするんだニャ」
「んなことしねぇから! たったと詩恋ちゃんのスカートを下ろしてやれ!」
「ニャー、わかったニャ」
リリスは納得したのか、スカートの端を離す。プリーツスカートは元の鞘に収まり、詩恋の純白のお召し物は隠された。
「うぅ……」
「し、詩恋ちゃん。俺は見てない詩恋ちゃんの白いパンツなんて!」
「色までしっかり確認されました!」
「あああ! 違うんだぁ! これはバカな俺の下僕である大魔王の娘の不始末なんだぁ! このやろー詩恋ちゃんに頭を下げて謝れ!」
「ニャーキョータロウ、謝るたってワガハイは……」
「いいから謝るんだ!」
「わ、分かったニャ、ワガハイも反省してるニャ」
なんやかんやで聞き分けのあるリリスは佇まいを正して、詩恋へと向き合い深々と礼をする。そこら辺のマナーもおそらく日本のアニメで学んだんだろう。
「組長! すんませんでしたぁ! ワテ、指詰めますニャ!」
「いったいなんの影響受けたんだよ……。指は詰めなくていいから」
狂太郎がため息を付く、と。
「わ、わわわわわ……」
目の前の詩恋は、ガタガタと携帯のマナーモードみたいに震えていた。
「ど、どうした詩恋ちゃん」
「せ、先輩その子は……」
「あっ」
狂太郎の目にはわからなかったが、どうもリリスは『雲隠』を解いている。詩恋への謝罪を強要したため、仕方なく『雲隠』を解除したそうなのだが……
「し、詩恋ちゃん……、あの、これは……」
「せ、先輩は、その子と…………いったいどういう関係なんですか?」
「は?」
狂太郎には寝耳に水の予想外の返しだった。
「その子は先輩のなんなんですか。どうも女の子みたいですけど、まさか先輩に近づく薄汚い女じゃないんですか」
「あ、あのぉ、どうしたのかなぁ、詩恋ちゃん……」
いつもの詩恋ちゃんじゃない。
そう、詩恋は狂太郎を慕うあまり、その思いが暴走してしまうのだ。それさえなければ甲斐甲斐しく可愛らしい、理想の後輩で幼なじみなのだが、その一点が、狂太郎が手放しで詩恋ちゃんを可愛がれない理由となっている。
「先輩に集る
「詩恋ちゃんいったん落ち着こう。目が、目が黒ずんでるよ!」
「先輩は将来立派な人になるんです。そう未来が決定しているんです、その未来を変えようとするターミネーターは私が撃ち滅ぼしてやります!」
「ちょっと詩恋ちゃんもはや何言っているかわからない!」
詩恋の目が死んでいる。ちょうど、リリスの手に持つイワシのニボシの目のように。
「いいからリリスお前は隠れろ!」
「ニャー、これがいわゆる修羅場というやつかニャ。ワガハイの立場はドロボウ猫というところかニャ」
「ちげーよ! 変なこと言うな! お前はただの下僕だ! 誰がお前なんかに欲情するか!」
「たしかにキョータロウはなんやかんや言ってゲームでは18歳以上の女の子ルートに入っているしー」
「いやー、そのゲームはみんな18歳以上という設定で」
「先輩どいてください。そのドロボウ猫が殺せません」
「詩恋ちゃん現実を見て! 俺がこんな猫ミュータントにたなびくと思うのか!」
「先輩の隣にいる異性……それだけで問題です」
「俺は一生異性と隣を歩けないのか……」
もはや詩恋は理性を失っている。ただ異性であるリリスと並んでいるだけでこれである。
「オヌシ、誤解しているようだが、ワガハイはキョータロウのチュージツなるシモベだニャ」
「おおリリス! お前の聡明な頭脳で弁明してくれ!」
「ワガハイはキョータロウをおはようからおやすみまで支える存在だニャ、お風呂も一緒で寝る時も一緒の運命共同体! だからやましいことは一切ないニャ」
「なに誤解されるよーなコト漏らしてんだよ!」
「お風呂……寝るとき……モ……」
「ヤバイ、文字の一部がカタカナに……」
つまりは、詩恋が人間を辞めかけているフラグである。
そんな狂太郎の心配をさらに駆り立てるように、カチ、カチ、カチ、と歯車的な音がする。
それは――使いようによっては図画工作の道具となり、使いようによっては凶器となる。
つまるところそれは、折る刃式カッターナイフ。グリップから筋の入った刃が、人間の頸動脈を簡単にプッツンできるぐらい伸びている。
「あ、あのぉ、詩恋ちゃん……。そ、そのカッターナイフはなにかな……」
「先輩のドロボウ猫を捌く道具です」
「せめて法律で裁いてやって!」
そういうわけで、詩恋はカッターナイフで臨戦状態。獲物であるリリスを狙う。もはやリリスの奇怪な容姿をツッコム心の余裕はないようだ。
「ニャー、やっぱり女子高生はバトルするのニャ」
「なに言ってんだよ! 現実にバトルなんかおっぱじめちゃ猟奇事件だ! それよりお前はこのままじゃ三枚におろされるぞ!」
「きょ、キョータロウの知り合いのオンナはそんなにすごいやつなのかニャ。さすが大魔王を目指すオトコだニャ。有力な騎士を雇うとは人脈があるニャ」
「オマエはその騎士に殺されそうになってんだぞ!」
「せんぱぁ~い、そのオンナを始末シマスネ」
「ぎゃっ」狂太郎が息を飲む。
呼吸を止め、時間よ止まれと祈っても詩恋はリリスに向かって駆けてくる。
(ヤバイ、ヤバイこのままじゃリリスが……)
リリスが……殺されることはないだろうが(大魔王の娘だし)。
しかし、詩恋が傷害罪で捕まってしまう。いつもは可憐で清楚な詩恋を知っている狂太郎は、たとえ凶器を手にしても詩恋をいたわる気持ちがある。オトコというものは、いついかなるときもかわいい子には弱いのである。遺伝子的に。
「やめろ詩恋ちゃん!」
詩恋が駆けてくるなか、
「ニャ」
その詩恋に対し、むしろリリスは挑むように飛び出る。ちょうど狂太郎の真ん前に立つ。
「キョータロウに手を出すなぁ! キョータロウはワガハイのご主人様だニャー」
「手ェ出すなリリス! 詩恋ちゃんはちょっと病んでる……けど、一般人なんだ!」
狂太郎の静止の声は届かず。
詩恋はカッターナイフ片手にリリスのもとへ。もうリリスの喉元にカッターナイフが届くくらいの間合いに入ってしまっている。
「手は出さないニャ。かわりにシッポを出すニャ」
にょろり、と。
リリスの背中から黒いモフモフの尻尾が伸びる。それは意思を持ち、アームのように動く。そして、カッターナイフを今にも切り上げようとする詩恋ちゃんの腕に絡みついた。
「わっ」
その絡み着いたシッポの圧力が、詩恋の腕を緩ませた。
コロン、とカッターナイフがアスファルトに落ちる。詩恋は腕を絡まれたまま石像のように固まっていた。
「あっ……」
「とりあえず……なんとかなったのか」
傍観することしかできなかった狂太郎は、ただただ胸をなでおろすばかりだった。
リリスは詩恋に絡まっていた尻尾を収め、そして詩恋に――にゃあ、と笑顔を向けた。
「お主のキョータロウを思うキモチ、ワガハイのシッポに伝わったぞ」
「えっ……」
「おヌシはキョータロウにとっていい従者だニャ。安心するがいいニャ。ワガハイはあくまで狂太郎の下僕で、狂太郎をたぶらかしたりなど地獄の閻魔に舌を抜かれてもやらないニャ」
「下僕……?」
「下僕だからキョータロウのお嫁さんにはなれないニャ」
「いや下僕じゃなくてもいろんな理由で無理だからな!」
キョータロウはすかさず突っ込む。
「まぁ、その詩恋ちゃん、こいつはただのその、親戚のヤツでな。女の子だけどチビだから、詩恋ちゃんが思っているようなことは起きないよ」
「そ、その……すいません先輩、私、勘違いしてしまって。あわあわ……」
まるで別人。憑きものが除霊されたみたいに詩恋はしおらしい女の子に戻っている。頬が赤くお祭りのリンゴ飴のようである。
「そ、そうですよね! 先輩は子供好きですから、そんなことあるわけないですね!」
そんなことって、詩恋はどんな勘違いをしたんだろうか。
「さ、詩恋ちゃん。もう予鈴も鳴ったし早く教室に戻ろうか」
狂太郎はそう言ってぶっきらぼうに詩恋の頭を撫で、落ちていた愛用カッターナイフを渡す。しっかり刃をグリップ内に収めている。
「わ、わ先輩ありがとうございます……」
「ははは」
狂太郎は乾いた笑い声を発する。
すぐ赤くなる詩恋は見ていてかわいいものなのだが。しかし、少しでも“女”の気があれば大型台風のごとく暴れてしまう。
「いわゆるヤンデレってやつなんだけどなぁ」
「ん? どうしたんですか先輩?」
「ああいや、早く教室に向かおう」
誰にでも特異な性格、性癖はあるのかもしれないが、どうして神は詩恋ちゃんにこんなヤバイ性格を取り付けたんだろうかと、狂太郎は悩むばかりだった。
「ところで先輩、この子、アタマに耳と尻尾が生えてますけど」
「ツッコミ遅すぎないか!?」
詩恋の指摘によりまた野次馬が現れ囲まれる。
「なんだこの無限ループはぁ!」
魔王の娘と出会った狂太郎の、さんざんな学校生活が始まった。
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