エリンジウムのせい
~ 七月二十五日(木)
緑=旗 黄色=帽子 ~
エリンジウムの花言葉
光を求める
宵闇に煙を漂わせながら。
眩しく噴き出す花の滝。
パチパチと弾ける可愛い花。
しゅおおと飛び散る元気な花。
恋の炎に当てられると。
それぞれの美しさで覇を競い。
男性だって、女性だって。
瞳を、心を奪われて。
じっと見つめ続けてしまうのです。
でも、花の命は短くて。
瞬きよりも、ずっと早くに。
咲いては消え。
咲いては消え。
好みのお相手に手を差し伸べようとしても。
その姿は、一瞬で闇の中。
だからと言って。
むやみやたらに、花を摘もうと手を出すと。
恋の炎に焼かれて落ちて。
傷む心に大やけど。
「……手が、じんじんします」
「そりゃそうなの。なんで花火のぱちぱちに手を突っ込んだの?」
「焦り?」
俺の返事に肩をすくめて。
燃えさしをバケツへ放り込むのは
その頭に揺れる。
青いお花はエリンジウム。
マツカサアザミという別名通り。
青紫の、松ぼっくり型の。
アザミによく似たお花なのです。
「穂咲に、よくお似合いですね」
「お花が?」
「いえ。その格好が」
バケツの前にしゃがんだまま。
俺を見上げるその姿。
黄色い帽子に。
赤いランドセル。
普通の高三女子なら。
断固拒否する恰好も。
「……似合ってる?」
「はい。信じがたいほどに」
――ようやく夏らしくなってきたということで。
珍しく、渡さんからメッセージが来て。
穂咲の家の駐車場を借りて。
花火大会を開催することになったのです。
ただ。
素敵な企画を立てた渡さんは良いとして。
「君のセンスはいただけない」
「なんだよ道久。楽しいだろが、コスプレ」
「楽しいわけあるかい」
「なんだよ道久。似合ってるぞ、コスプレ」
「似合うわけあるかい」
穂咲の小学一年生は。
似合い過ぎててびっくりなのですが。
どうして俺が。
緑のおばさんですか。
「私も、秋山が一番似合ってると思うけど」
「渡さんの感覚、おかしいからね?」
「おかしくないわよ」
「どこが」
「一年生の穂咲が安全に人生を歩いていけるように見守る、緑のおばさん」
「……えい」
緑の旗で。
頭をこつん。
てへっと笑う浴衣姿は。
実に可愛らしく舌を出します。
「おにい。これ、ちょっとムシムシする」
「わ、私もちょっと……」
そんな俺たちの元へ駆け寄って来た。
怒った顔のネコさんパジャマは瑞希ちゃん。
困り顔のウシさんパジャマは葉月ちゃん。
二人も律義に。
六本木君が持って来た服を着てくれているのですが。
「文句言うな、俺の方が暑いに決まってんだろ。道久もそう思うだろ?」
「怖いので、ウマの被り物でこっちを向かないで下さい」
「あと、夜の屋外でこれ被ると、何にも見えん」
「夜の屋外でそれ被っていると通報されそうなので、取ってていいですよ」
六本木君は、俺の勧めでお面をはずして。
瑞希ちゃんに、バッグへ戻しておけと手渡した後。
「まさかあいつが、俺が東京に行くの寂しがってたなんてな」
ぽつりとつぶやいて。
愛する妹の背中を見つめるのです。
「……それを教えてくれた藍川には感謝してるんだ」
「それで俺としゃべっていては本末転倒なのです」
「確かに。……おい、瑞希! 三刀流やるから、うまいこと火ぃ点けてくれ!」
「口に三本くわえるやつ!? あれ、くわえてるおにいよか、あたしの方が危ないんだけど!」
文句を言いながらも。
六本木君がくわえた花火へ筒の長いライターをかざした瑞希ちゃん。
でも、一本目の花火が火を噴くと。
きゃあきゃあと逃げ出してしまうのです。
「こら、瑞希! 逃げるんじゃねえ! あと二本!」
「怖いから! 口に花火くわえたままこっち向くな!」
珍しく顔を覗かせた星空の下。
バカおにい、バカおにいと叫ぶ声が響き渡ります。
でも、その声に険は無く。
むしろ、嬉しそうな声音なのです。
……さて、そんな宴に。
もう一人のお客様。
「ふふっ。……いいお兄さんしてるじゃない、六本木君」
「今日だけは褒めてやるのです」
穂咲のとこのおばさんが。
レジ前の丸椅子を持ち出して。
楽しそうに、みんなを見つめているのです。
保護者兼。
火元責任者兼。
さらに花火大会の後。
みんなを車で送ってくれる事になっているのですが。
「すいません。ここの所、忙しかったのでしょう? お体、大丈夫ですか?」
「ん? 平気よこれくらい」
そうは言いましても。
こう見えて、お体は強くないおばさんですし。
心配なのです。
「……道久君も、毎晩遅くまでネットで仕事探してるんだって?」
「はい。ちょっと寝不足なのです」
「いい仕事、見つかると良いわね」
そう言って微笑むおばさんは。
やっぱり、いつもよりお疲れに見えるのですが。
でも、こいつが近付くと。
途端に元気になるのです。
「ママ。道久君のお仕事、ヒントとか無い?」
「無理よ。何度聞いても意味が分からなくて」
「そこを何とかなの」
「穂咲、いいのです。おばさんに無理を言わない」
でも、ありがとう。
黄色い帽子へ、ぽんと手を置いて。
感謝を表す俺の手に。
「痛い! エリンジウムのとげとげが、ヤケドした手を地味にいたぶるのです!」
「バカねえ」
「バカなの」
悶絶する俺を見て。
みんな揃って、大笑い。
六本木君も、渡さんも。
受験を控えているので。
こんな時間は。
もう、あまり取れない事でしょう。
だから、今をこうして。
思う存分笑いましょう。
「しかし道久。お前、まだ進路決まんねえのかよ」
「はい。ネットで毎晩探しているのですけど」
「大丈夫なの。ちゃんと、ゆっくり探すの」
「だめよ穂咲。さすがに急がせないと」
「じゃあ、急いで探すの」
「どっち?」
呆れ顔でにらんでみたものの。
こいつは、自分の発言の揺れに気付いていなかった模様。
一年生には難しかったかな?
このやり取りも。
みんなの笑顔をたっぷりと増やして。
月よりも明るい地上に。
星よりもたくさんの煌めき。
……でも、そんな楽しかった雰囲気が。
六本木君の一言を境に。
帳を落としたのでした。
「まあ、気楽に行けよ。無理すっと、早死にするぞ?」
嫌味顔で。
気軽に言った六本木君ですが。
渡さんに肘で突かれて。
途端に、しまったという言葉を表情で表すのです。
でも、気を使わないで下さい。
確かにおじさんは過労で早世されましたが。
べつに、おばさんも穂咲も。
そんなことくらいで動揺しませんから。
……そう、思っていたのですが。
意外にも。
穂咲は、緑と黄色の何かを見つけた時のような。
寂しそうな顔になってしまったのです。
「ご、ゴメンね穂咲! この唐変木が無神経なこと言って……」
「お母様にも申し訳ない! 不謹慎でした!」
「気にしないでいいわ。……ほっちゃん、どうしてそんなにしょげちゃったの?」
おばさんは、頭を下げる六本木君へ柔らかく微笑むと。
椅子から立って、穂咲の肩へ優しく手を添わせます。
「ううん? なんでもないの」
そして穂咲はいつもの表情で。
おばさんを見上げたのですが。
その二つのタレ目が。
俺の頭の上を見つめたまま。
大きく見開かれるのです。
「え? なに?」
「お? 道久の頭の上、黄色く光ってるぞ?」
「七月も終わろうってのに、まだいたのね、蛍」
ああ、俺の頭で蛍が光ってたら。
確かにびっくりするよね。
でも、これは好都合。
しんみりしちゃった雰囲気を。
楽しくすることができそう。
さて、ボケは苦手ですが。
何て言ったら、みんなは笑ってくれるでしょうか?
「だめーーーーーーー!!!」
必死に面白い言葉を考えていた俺に。
穂咲が急にとびかかってきたので。
地べたに押し倒されてしまいました。
「どわ! な、なに!?」
そして頭に黄色い帽子を無理やりかぶせて来た穂咲が。
びええびええと泣き出してしまったのです。
さすがに意味が分からない。
俺は寝転がったままおばさんの顔を見ると。
「……パパ、穂咲と出かけた蛍の森で死んじゃったのよ」
「え?」
「パパから黄色い光が出て、飛んでいったら倒れちゃったんだって。何度も話してくれたわ」
これには一同。
息を飲むことしかできず。
凍り付いた世界に爪を立てるように。
穂咲の泣き声だけが響くのです。
……緑と黄色。
そういう理由があったのですか。
「…………穂咲、大丈夫です。俺は飛んでってないから」
「ほんと?」
「ほんとってなんですか。じゃあ、誰がしゃべっているのです?」
「確かに。いつもの頼りにならない道久君なの」
「おい。……それより毛根が死滅します。とっととそれを外して下さい」
泣き止んだ穂咲をよいしょと脇によけると。
ようやくこいつは帽子を外してくれたのですが。
「あ」
そんな黄色い帽子の中から。
黄色い光が、ぶぶぶと森へ。
「にゃあああああ! 道久君、死んだ!」
「死んでない! 秋山道久、ここにござんなり!」
「代わりの黄色いもん突っ込むの!」
「このおバカ! そんなもん突っ込まれたらむごっ!?」
穂咲は再びマウントを取ると。
一年生帽子を俺の口へ押し込んできたのです。
「もがーーーー!」
「逃げちゃダメなの! 今、これ突っ込んで生き返らすの!」
……死ぬわ。
結局、みんなが助けてくれるまで。
俺は逆蘇生術に苦しめられたのでした。
……でも。
君の悲しさが。
そんな理由だったなら。
俺がなんとかしてあげるのです。
だって俺は。
君の緑のおばさんですからね。
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