オミナエシのせい
~ 七月二十三日(火)
緑+黄色=オミナエシ ~
オミナエシの花言葉 忍耐
「ねえ、ほっちゃん」
「なあに?」
「道久君は、このお店で働いているのよね?」
「そうなの」
「店員さんとして?」
「大工さんとして」
今日は珍しく。
お昼にワンコ・バーガーへやって来たおばさんが。
ハンバーガーを両手に持ったまま。
俺を、じっと見つめているのですけれど。
「気にしないで下さい。そこの元気いっぱいな暴走お姉さんのせいなのです」
「へいらっしゃいらっしゃい! 美味しい楽しい幸せいっぱい! ワンコ・バーガーへようこそ! 奥さん、今日はいいナゲット入ってるよ!」
昨日の今日で、何かが変わるはずもない。
暴走モードの晴花さん。
今日は俺が。
店内の、気になる個所を修繕することになっているのを聞きつけて。
わざわざ。
ニッカボッカとねじり鉢巻きと。
口にくわえるための釘を三本、用意してくれたのです。
「今日の道久君は、大工課長なの」
「そんな課を創設しないように」
「便利なの。レジの角っこも、やすっておいて欲しいの」
お客さんがいるのでそういう訳にいかないけれど。
怒りたい。
怒鳴りたい。
課長である俺に。
次々と修繕個所を指示して来るのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪をお団子にして。
そこにわんさかと咲いたオミナエシを揺らしながら。
「あ。そこに立てかけといたテーブルのねじも締めとくの」
課長である俺を。
イラっとさせるのです。
そして、今更かもしれませんが。
お客さんがいるのに。
隅っことは言え店内でこんなことやってていいの?
「おい秋山。調理場のパッキンも見といてくれ」
そして今度は。
カンナさんまで仕事を丸投げして来るのですが。
「それは元栓閉めなきゃ無理なのです」
「バカやろう。元栓なんか、営業時間終わらなきゃ閉められねえだろうが」
「じゃあ、閉店の時刻までバイトできない俺には無理ですよ?」
「そこを何とかするのが課長の仕事だろうが」
「…………だったら、ヒラ社員でいいです」
昨日、役職がどうこう言ったせいで。
事あるごとに課長だからと。
俺に無茶なことを言うカンナさん。
なんだか。
社会の仕組みというものを垣間見た心地なのです。
「あと、バックヤードの椅子も直しとくの」
「おい。さすがに待ちなさい」
「そしたら、お風呂ガラスのウロコもお願いできる?」
「おばさんまで乗っからない」
「道久君! あたしの部屋の扉も閉まんなくなってるんだけど!」
「晴花さんは扉の前に、その口を閉じてください」
「大工課長、便利なの」
一学期に。
学校で、散々大工仕事をさせられた経験。
昨日うっかり、そんなものを話したばかりに。
この有様。
「道久君、大工さんになると良いの」
「なんで先生の陰謀に加担しますか」
まあ、仲良しの工務店のお兄さん。
彼の仕事っぷりを見て以来。
憧れが無いわけではないのですけれど。
だからと言って。
俺にはどうしても無理な理由があるのです。
「ねえ晴花さん。刺さりそうで怖いので、この釘は口から出していいですか?」
「だめよ! そこも含めて制服でしょうに。なに言ってけつかんねん!」
「晴花さんの方がけつかんねんなのです」
自分で言っておいてなんですが。
けつかんねんってなに?
……でもまあ。
こんな状況にも一つだけ良かった点がありまして。
昨日から、元気がなかった穂咲が。
ちょっぴり元気を取り戻してくれたようなのです。
「おい、バカ穂咲! あたしの部屋からレタス取ってこい!」
「がってんしょうちのけつかんねんなの!」
カンナさんの指示を聞いて。
元気に駆け出した穂咲さん。
その姿が見えなくなったところで。
俺はおばさんのテーブルに近付いて。
小さな声で話しかけました。
「おばさん、ちょっと聞きたい事があるのです」
「あら、課長さん。テーブルは直さなくていいの?」
「ひとまずそれは後で。……ええと、穂咲の探し物の件なのですけど」
俺は、ここ最近の件をかいつまんで話すと。
そんなの知らないわよと。
それを見つけるのは道久君の仕事でしょうと。
いつもの調子で、おばさんは俺をあしらっていたのですが。
ふと。
何かを思い出したようで。
急に、穂咲と同じ。
寂しそうな顔をすると。
「……あれか」
手にしたバーガーをトレーにおいて。
ぽつりとつぶやいたのです。
「おお。思い出したのでしたら教えて欲しいのです」
「わたしは見てないのよ。…………ねえ、道久君」
「はい」
「きっと、それは思い出さない方がいいものなの」
寂しそうに微笑んだおばさんの目が。
静かに、俺を諭します。
気になることは気になるし。
原因が分かったら、何かしてあげられるとも思ったのですが。
そういう事でしたら。
俺はもちろん。
この件に関しては忘れます。
俺が、素直にひとつ頷くと。
おばさんは視線を落として。
寂しそうに。
緑のトレーに乗った。
黄色いバーガーの包みを。
じっと見つめるのです。
「ねえ、ママ。これ、外してもいい?」
そして、飛び出して行った時にはあんなに元気だったのに。
穂咲は、おばさんと同じ表情になって戻ってきて。
カンナさんの部屋で。
鏡でも見たのでしょうか。
緑の中に。
黄色いお花のオミナエシ。
髪から抜いて。
おばさんへ渡そうとするのですが。
「……じゃあ、大工さんに薬にしてもらいなさい」
「え? 俺? 無茶言いなさんな」
「どういうこと? これ、薬になるの?」
気丈にも。
おばさんが、いつもの笑顔で話し始めると。
途端に穂咲は。
興味深いお話に、夢中になるのです。
……すごいや。
おかあさん。
ははおや。
その細腕一本で。
穂咲を立派に育て上げて。
だから俺は。
おばさんに、頭が上がらないのです。
「ねえ、大工さん。たしかこれ、薬になるわよね?」
「はい。漢方にもなるし、お花だけを集めて生薬としても使われるのです」
俺の説明を聞いた穂咲は。
ほうという口にをして。
拍手などするのですが。
お客さんに迷惑だから。
よしなさい。
「道久君は、医療の先生になるの」
「なりません」
「先生になって、あたしが健康になるために、もっといろいろ教えるの」
元気になるなり。
なんて面倒な。
「じゃあ、いいこと教えてやるのです」
「ふむふむ。名医の健康法、しかと聞くの」
「いつも、ポケットに六文入れて持ち歩くと良いのです」
「やぶ医者なの!」
さすがにこの意味は分かったか。
穂咲は見る間に膨れ上がると。
俺をぽかぽか叩きながら。
「むう! けちけちしないの! 健康にいいのを教えるの!」
「教えません。今は大工課長で手一杯です」
「じゃあ違う課を創設するから、そこの課長としてちゃんと仕事するの。えっと、医療の先生の課だから……」
ぼけっと、口を半開きにすること十五秒。
穂咲は新設の部署名を思い付きました。
「今から道久君は、医の師課長!」
「五文です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます