ケイトウのせい
~ 七月二十二日(月)
緑=レタス 黄色=ナゲット ~
ケイトウの花言葉 愛する大地
「帰ってきた! 愛する我が故郷!」
「晴花さん!?」
……高三の夏休みだというのに。
進路も確定していないというのに。
夏休みに入ってから。
毎日バイトに通っている俺なのですが。
三日目の今日。
朝、開店前。
店内に入ると。
懐かしい顔が涙を流しながらレジに立っていたのです。
かつての、透き通るほど真っ白な肌を。
すっかり健康的に日焼けさせた
レジの前で。
感無量という言葉を溢れる涙で表現していたのでした。
「そして道久君! ただいまっ!」
「え、ええ。お帰りなさい……」
思わず言葉がつかえてしまいましたが。
それも仕方ないでしょう。
先日、仕事をやめると宣言したばかりだというのに。
なんというフットワークの軽さ。
「レジ前って落ち着く! カンナさん! 私、ここにずっといてもいい?」
「ちょっと見ねえ間に騒がしくなったな、おまえ」
厨房から、清掃用具を手に姿を現したカンナさんが。
呆れ顔で、俺に片手をあげて挨拶すると。
「おはようなの」
「穂咲ちゃーーーーん!」
俺と同時に家を出たはずなのに。
歩いて二分ほどの距離だというのに。
随分遅れて顔を出したこいつに。
晴花さんはレジから飛び出して。
おもむろに抱き着いたのです。
「……初めて知ったの。世間じゃ悪いことって言われてるけど、セクハラってやつはそれなり嬉しいものなの」
「ほんと!? じゃあ、もーっとセクハラしちゃうわね!」
「思う存分、よきにはからうといいの」
この、偉そうなことを言いながら。
晴花さんに頬ずりされているのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、鶏の形に結って。
トサカの部分に、ケイトウをあしらっているのですが。
おばさん。
髪を結う機会も、残り半年ばかりだと気づいて以来。
毎日、気合いと悪ふざけをてんこ盛りにして。
俺に叱られる作品を編み出し続けているのですが。
……いいかげん。
叱る意味が無い。
まあ、今はそれよりも。
この人の事なのです。
「晴花さん、戻ってきていたのですね」
「戻ったわよそりゃ! 毎日、五時間も眠れる幸せを勝ち取るためにね!」
「五時間!?」
短いよ!
いやいや、それよりも。
五時間すら眠れないって、どんな生活していたのです!?
そう思いはしたものの。
よく考えてみたら、父ちゃんの睡眠時間はそんなものか。
母ちゃんが、その倍くらい寝るから。
足したら大体平均的だと。
二人揃っておかしなことを言うので。
気にすることをやめていたのですけれど。
「そういう訳で、カンナさん! 今日からバイト入る! 主にレジがいい!」
「どういう訳だ、無茶言うな」
「新メニューだって作っちゃうんだから! 店長! ちょっとそこどいて!」
「晴花君!? し、仕込みがあるから困るんだけどな……」
いやはや。
今日の晴花さんを止めることなど誰にもでき無さそう。
まあ、例え晴花さんがこんなテンションじゃなくても。
店長は言うことを聞いてしまうと思いますけどね。
「このアホンダラ! まだ再雇用もしてねえ奴に調理させるんじゃねえ!」
「お、お客さんに出す訳じゃないから、大丈夫だと思うけど……」
いつものように、店長がカンナさんに叱られている間に。
晴花さんの新メニューとやらが完成したようで。
ポテトの容器からレタスが飛び出した。
見た目は可愛らしい品を持って現れました。
「新商品、レタスタードナゲット!」
「いや、新商品も何も。ナゲットをレタスでくるんだだけじゃねえか」
「夏向けの味わい! 店長、どうぞお試しください!」
「このたっぷりかかったソース、マスタードかい?」
「はい! 召し上がれ!」
逃げ場を失って。
仕方なくナゲットを口にした店長さん。
一瞬で目を白黒させて。
ドリンクサーバーから直接。
ジュースをがぶ飲みしていますけど。
……素直と言いますか。
考え無しな方なのです。
「美味しいでしょ?」
「ひい! ひい! こ、これはちょっと……」
「まあ、ほんとに? そんなに美味しかったら、即採用よね!」
「…………秋山。この壊れちまった暴走女を何とかしろ」
いえ。
腕組みしながら親指をくいっと晴花さんへ向けないであげてください。
「俺が何とかできなかったら、どうなるのです?」
ちょっと。
腕組みしながら首を掻っ切るジェスチャーをしないでください。
「横暴です」
「横暴ってなんだよ? お前、ワンコ・バーガーの面倒な事案対策係長だろうが」
「初耳ですし、もしそれが本当だとしたらそちらの方がより横暴です」
でも、それなら新商品開発主任のこいつより役職は上か。
そんな錯覚に、なぜか浮かれながら穂咲の顔をちらりと見れば。
こんなドタバタ喜劇を眺めるその目には。
なぜか寂しい色がにじんでいて。
「もう、緑に黄色はいいの。意地悪なの」
ぽつりとつぶやくと。
とぼとぼと、肩を落として更衣室へ行ってしまうのでした。
「……なんだ今の? 説明しろよ係長」
「こちらも面倒な事案なのですよ、CEO」
静かな方の面倒事案。
カンナさんと一緒に、その背中が廊下に消えるのを見つめていると。
やかましい方の面倒事案が。
新商品『レタスタードナゲット』をもう二つ作って。
俺とカンナさんに手渡すのです。
「じゃあ、不肖わたくし! 着替えてまいります! 待ってよ穂咲ちゃーん!」
そして勝手に。
更衣室へ行ってしまいましたけど。
……ええと。
「おい、係長。何とかしろ」
「せめて課長にしてください」
「いいだろう。昇進おめでとう」
太っ腹な最高経営責任者は。
就任祝いを俺に押し付けて。
掃除を始めました。
仕方がないので就任祝いをかじった俺は。
サーバーから直接。
ジュースをがぶ飲みすることになりました。
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