ゲッカビジンのせい
~ 七月十九日(金)
緑=葉っぱ 黄色=風船 ~
ゲッカビジンの花言葉
ただ一度だけ会いたくて
終業式が終わった学校帰り。
どこかに泣いてる子がいると言い出して。
通学路を離れて。
かれこれ三十分程うろついているのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は三日月型に結い上げて。
その上に、豪快に咲いたゲッカビジンを一輪活けているのですが。
月の上は美人なお花。
でも月の下は……。
まあ。
あえて言うまい。
「お散歩は構わないのですけど。泣いてる子なんてどこにもいないのです」
「いるの。きっとすぐそこなの」
「そんなことを言いながら、随分歩いているので……、おや?」
穂咲が右に曲がった交差点。
左側へ目を向けると。
五人の子供たちの真ん中で。
べそをかいている女の子の姿。
俺は、逆へ行こうとする穂咲の襟首をつかんで止めながら。
子供たちへ声をかけてあげました。
「なんで泣いてるのです?」
「あのね? 美紀ちゃんの風船、飛んじゃったの」
「黄色い風船が、木に引っかかってるの」
「誰が木登りするか相談してたんだ!」
そう言って、子供たちが指差す高い木には。
どこにも風船など見当たらないのですが。
「うまいことすり抜けて、飛んで行ってしまったのでしょうね」
俺は、小さな声で穂咲へつぶやくと。
こいつはふるふると首を振るのです。
「みんなが言ってるからほんとなの」
「はあ。……もしそうだとしたら、相当上の方にひっかかっているのです」
色とりどりの風船を。
手首に結んだ五人の子供達。
じゃんけんして。
誰が登るか決めようとしていますが。
「危ないので、登ってはいけないのです」
「でも、美紀ちゃんだけないの」
「美紀ちゃんのだけ、飛んでっちゃったから」
みんなが口々に。
美紀ちゃんが可愛そうだと言うので。
また悲しくなってしまった美紀ちゃんが。
再びぽろぽろと涙を零し始めました。
「任せとくの。こんな木なんて、ちょちょいのちょいで登ってみせるの」
まあ、君ならそう言うでしょうね。
でも。
「無茶言いなさんな」
「無茶じゃないの。ちょちょいのちょいで取ってくるの」
「無茶言いなさんな」
「道久君が」
「…………無茶、言いなさんな」
穂咲が勝手に約束したせいで。
子供達が、俺をキラキラとした目で見つめてくるのですが。
断言しましょう。
ちょちょいのちょいで無理なのです。
でも。
いつまでも、木に登ろうとしない俺を見つめ続ける穢れの無い瞳が。
そろって涙をためていくのです。
「ええい。子供たちはともかく、なぜ君もそんな顔になりますか」
「しょうがないの。涙は伝染するのが当たり前なの」
ぐずぐずと泣き始めた穂咲を見て。
かえって、子供たちは泣き止んで。
みんなで穂咲の頭をなでて。
慰めてあげています。
ああもう。
分かりましたよ。
「では、俺が登ります」
「ぐすっ。……ほんとなの?」
「はい。でも時間がかかるので、穂咲は子供達を向こうの広場で遊ばせて待ってなさい」
「苦手なの」
「…………子供達と、向こうの広場で遊んでなさい」
「得意なの」
子供たちを連れていくという図も。
子供たちに連れていかれるという図も。
確かに君に似合いませんね。
子供たちと、横一列に並んで。
そして、風船の無い美紀ちゃんへ真ん中を譲ってあげて。
道幅いっぱいに手を繋いで。
へたくそな歌を歌いながら。
みんなで広場へ向かいます。
「お姉ちゃん、歌が下手!」
「そんなことないの。上手なの」
そしてみんなの笑い声と。
穂咲の姿が消えたところで。
いよいよ、俺の番なのです。
しっかり準備運動。
足首を、くるくる回して。
でも、時間をかけてはいけません。
俺は、まだ見ぬ風船を目指して。
すぐにスタートを切ったのでした。
……
…………
………………
「と…………、取れたのです…………」
「あ、お帰りなの」
「風船だ!」
「美紀ちゃんの風船だ!」
「美紀ちゃん、よかったね!」
また、飛んでいったらたまらない。
俺は美紀ちゃんの手首に。
慎重に風船を結んであげて。
ようやく見ることができた、前歯の一本抜けた笑顔にばいばいすると。
たくさん遊んで満足げな穂咲とともに。
荷物を置きっぱなしの木の下へ戻ってきたのです。
「道久君、汗だくなの」
「そりゃそうなのです。木のてっぺんまで登ったのですから」
「……最近は、デパートの事を木って言うの?」
そんな言葉に合わせて。
穂咲の頭に輝く、真っ白なゲッカビジンが。
この時期にしては珍しい。
涼しい風に吹かれて。
くすくすと揺れるのです。
「……まあ、こっちの木に登っても良かったのですけど。てっぺんまで登っても、風船が無いかもしれないじゃないですか」
「そうなの。こっちの木に登るのも、道久君には余裕なの」
「もちろんなのです。だから、お花をくすくす揺らすのはおよしなさい」
いつまでも楽しそうに聞こえていた笑い声。
俺はそんな白いお花と目も合わせずに荷物を持つと。
「あ……」
穂咲がなにやら、指をさす先。
緑の葉っぱに茂る木の、ずうっと上の方。
黄色い風船が。
風に吹かれて姿を現したのでした。
「あんな上の方にあったのですね」
「緑の中に、ちっちゃい黄色が隠れてたの」
今の今までコロコロと転がっていた穂咲の声が。
たったの一言の間に。
昨日のトーンへグラデーション。
窓から外を見つめていた。
あの時と同じ空気が。
俺たちの間で足踏みをして。
二人の顔を、交互に見上げるのです。
そして。
ふっと肩の力を抜いた穂咲が。
「こういう幸せな緑と黄色なら、嬉しいのに」
返事をし辛い。
寂しいトーンでつぶやくと。
きっと、俺に聞かれないように。
小さな小さな声で。
こんなことを口にするのでした。
「でも、黄色はね。…………そのうち飛んでっちゃうの」
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