ザクロのせい
~ 七月十八日(木)
緑=葉っぱ 黄色=ザクロの花? ~
ザクロの花言葉 愚かしさ
今日は目覚ましより先に。
東京の、晴花さんからのメッセージに起こされて。
それからずっと考え事をしています。
昨日のお姉さんとの出会いで学んだ。
好きな仕事をするためには。
苦労をいとわないという想い。
その件について。
似たような境遇の晴花さんに聞いてみた所。
明け方の五時に返って来た文面は。
『夢なんか追うのやめる! そんな事より夢を見る時間が欲しい!』
……毎日ろくに寝る間もないと愚痴るほど。
滅茶苦茶ハードなお仕事だったようで。
とうとう、金澤さんの助手を辞める決心をしたらしいのです。
夢を追うことが正しいのか。
平穏を維持することが大切なのか。
眠る間もない晴花さん。
貧乏で、ろくにご飯も食べることができない着ぐるみのお姉さん。
一方は半年と持たずに逃げ出して。
一方は世界一幸せな仕事と胸を張る。
俺の夢は、まだおぼろげですけれど。
果たして、理想の職に就けたとして。
どちらに傾くことになるのでしょう。
…………そんな俺の。
大きな悩みの目の前で。
今日も繰り広げられる。
小さな小さな。
どうしようもない珍事。
「テストで全敗だったからって、まだ諦めてないの」
「いつもいつも引っ張ってきやがって! いい加減にしろ!」
「ヒ、ヒナちゃん! 落ち着いて!」
叱られることの無い国語の時間を狙って。
またもや一年生を連れてきてしまったこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を頭のてっぺんでお団子にして。
そこに、真っ赤なザクロのお花を活けているのですが。
神話では、愚かにもハデスに渡されたザクロの実を口にしたことで。
人生の半分を冥界で過ごさねばならなくなったペルセポネ。
雛ちゃんも、穂咲の料理を食べたことがあるから。
週に一度、この冥界へ連れてこられることになったのですね。
さて、鼻息荒いハデスちゃん。
ひきつった笑顔を浮かべる先生に。
さすがに文句を言われているのですが。
「藍川さん、またなの?」
「問題出すの! あたしの得意なことわざで!」
「この前ので凝りていないのね……」
結局、穂咲を叱れない気弱な先生は。
今日も悪ふざけに加担することになってしまいました。
「なあ、お花の先輩。勝負は目に見えてるから、他のにしてもいいんだぜ?」
「ふっふっふ。自信が無いからって誘導する気なの。その手には乗らないの」
「どの口が言うんだよ……」
呆れを通り越して。
俺の席で、天を仰ぎ続ける雛ちゃんですが。
先日、一問間違えたことがよっぽど気になったらしく。
ことわざや慣用句の勉強をしていると言っていましたし。
天才の上に努力家。
死角のない、全教科満点の学年主席に。
穂咲が勝つ手段があるとすれば……。
「秋山君」
「何でしょう?」
雛ちゃんに席を譲っているせいで。
教卓のそばに立ちっぱなしだった俺に。
先生が小声でなにやらつぶやきます。
「これ、いつまで続くの?」
「もう五、六回負ければ気が済むとは思うのですが」
「そ、それは困るわね……」
先生は、泣きそうな声でつぶやいた後。
「じゃあ、ズルして勝たせてみせるわ!」
「おお。チートですか」
俺だけに聞こえる声で。
教師にあるまじき宣言をすると。
穂咲の頭に視線を送って、一つ頷いて。
そしてこんな問題を黒板に書いたのでした。
<加藤さん>
1.梅に( )
2.( )一日の栄
3.いずれ( )か( )
4.( )の花も一盛り
<藍川さん>
1.( )の花一時
2.( )に実は生らぬ
3.六日の( )、十日の( )
4.やはり野におけ( )
……なるほど。
お花屋の娘だから。
お花には詳しかろうという推理。
確かにそれは。
二つだけ持っているこいつの特技の一つなのですが。
穂咲は、店番に立った際。
店内を一回りするだけで店頭に並んだ花の名前を全部覚えてしまうのです。
でも、悲しいかな。
もう一つの特技の方は。
シャッターを閉めた瞬間。
全部忘れるというものなのです。
なんでも、百人一首をやらせたら最強の能力らしいのですけど。
亀も気を使って合わせるほど、のんびり動くこいつに。
あんなハードな競技は無理なのです。
さあ、そんなことを考えている間にも。
二人の答えは出揃ったようで。
今日はどんな珍解答が。
俺を待っているので…………?
酷いね。
<加藤さん>
1.梅に( 鶯 )
2.( 菫花 )一日の栄
3.いずれ( 菖蒲 )か( 杜若 )
4.( 薊 )の花も一盛り
<藍川さん>
1.(今日の配達は、ワンコ・バーガーにこ)の花一時
2.(バカナス)に実は生らぬ
3.六日の(三日後は)、十日の(一日前)
4.やはり野におけ( ば? )
「やはりこんなことになりましたか。雛ちゃんの勝ちなのです」
「どうしてなの!?」
相変わらず。
その自信はどこから来るのです?
「どうしてもこうしても。最後のとか、それで正解だと思っていることが信じがたいのです」
「二番目のは!? 昨日勉強したばっかなの!」
「勉強なんかしてないじゃないですか。雨の中で気絶してただけなのです」
「くそうっ! また負けたの!」
そして深々とため息をつく雛ちゃんが。
朝顔、
正解をさらっと黒板に書くと。
「はあ……。これに懲りたら、もう呼ばないでくれ」
小太郎君の手を引いて。
さっさと教室を後にします。
残された穂咲は。
床を何度も叩いて悔しがるのですが。
「次はきっと勝ってみせるの!」
……やはり。
そうなりますか。
でもね、穂咲さん。
もうこれ以上先生を泣かせないでくださいな。
「秋山君。あの……」
ええ、そうですよね。
何とかしないといけませんよね。
「では逆に、こてんぱんにするのはどうでしょう」
「それは……、勉強も嫌いになっちゃうわよね」
「おそらく」
俺の返事に、むむむと唸った先生は。
結局、甘やかす方を取ったようで。
黒板へ。
なるほど納得の問題を書いたのです。
紅一点とは、( )の花のこと。
「さあ、藍川さん! これに正解すれば、一気に一万点よ!」
「バラエティー番組のお約束なのです」
もう、問題を出しているというよりも。
答えをそのまま教えているよう。
穂咲の頭に咲く、真っ赤なザクロのお花。
そちらと穂咲の目を。
ワザとらしく交互に見ている先生。
可愛らしいのです。
……でも。
そんな先生の気遣いを。
こいつはまた。
意外な方法で踏みにじるのです。
「先生」
「はいはい。なあに?」
「問題が間違ってるの」
「……え?」
穂咲は、この前と同じことを言いながら。
先生の出してくれた超サービス問題に書かれた『紅』の字に。
赤いチョークでバツを付けて。
黄色いチョークで『黄』と書き直してしまうのでした。
「
ここ数日、緑に黄色という話に付き合わされている俺ですら。
穂咲の言葉の意味を理解するのにしばらく時間がかかったのですが。
初見の先生は。
眉をハの字に寄せたまま。
とうとう。
「加藤さんの勝ちです」
穂咲に引導を渡したのでした。
でも。
きっとしょげかえるかと思っていた穂咲さん。
黒板の文字を、じっと見つめて。
ぽつりとつぶやきます。
「これが正解かもなの」
「いえ。ですからこれは正解ではなくて……」
「そうじゃなくて」
「ん?」
「…………あ」
何かに気付いたような顔をした穂咲は。
そのまま静かに席に着くと。
それきり黙ってしまったのでした。
……黙ったまま。
ずっと、窓の外を見つめていたのでした。
そして、鈍色の空は。
ぽつりと。
涙を一つ零すのでした。
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