ハマヒルガオのせい


 ~ 七月十六日(火)

  緑=エメラルド 黄=…… ~


  ハマヒルガオの花言葉 賢く



 一学期も、のこり一週間。


 永遠に続くのではないかとまで感じていた高校生活でしたが。

 視界の端に、最後のページを意識するようになって。


 感慨と言いましょうか。

 焦りと申しましょうか。


 最近。

 そんなものを感じ始めて来た俺なのですが。


「……君は平常運転ですね」

「ルーレット、スタートなの」


 今日は昨日のコピーを繰り返し。

 高校生活初日とまったく変わらず。

 授業を聞きやしないのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、メッシーバンにして。

 そこから頭全体に葉を這わせた薄紫のハマヒルガオが一輪、ひょっこり顔を出しているのですが。


「なにそれ。昨日の砂浜から持ってきちゃったのですか?」

「そうなの。リュックに、咲いてたあたりの砂ごと詰めて」

「……ごと?」

「あ、今ので思い出したの。ストップストップ」


 そして何を思ったか。

 回し始めた針を手で止めて。


 緑の円盤に、新しい色紙を張り付けて。

 マジックの蓋を、きゅぽんと外しました。


「昨日、ようやく思い出したの」

「え? 緑の中の黄色、思い出したのですか?」

「そんな些細なお話じゃなくてね? この探し物、道久君が探すんだから、ルーレットで出たものはなんでも取ってきてくれるの」

「……永遠に見つけない気じゃないでしょうね」


 めちゃくちゃなルールを勝手に決めて。

 ペンを走らせる穂咲さんですが。


 緑に塗った金の延べ棒とか。

 緑に塗った庭付き一戸建てとか。

 無茶なものを書かれそうなのです。


 まあ、こいつの事ですし。

 即物的ながらも。

 高価な品を書くとは思えないのですが。


 ……そう思いながら、円盤を覗き込んだ俺の目に。

 飛び込んできた文字は。



 『エメラルド』



「ちょっ……! このおバカさん! ルーレットの九割がエメラルドになっているのです!」

「だって、欲しいの。じゃなかった、探してるの」

「欲しいって言いやがりましたね? ダメです。あとせめて六等分にしなさいな」

「ピザの六等分って、なかなかうまいこといかないもんなの」

「じゃあ八分割でいいから」


 面倒だのなんだのと。

 ぶつくさ文句を言いながら。


 作り直した円盤に書いた文字は。

 八つのエメラルド。


「おい」

「……だって、欲しいの」

「今度は言い直しもしませんでしたね? ダメです。俺のお小遣い知ってます?」


 時給千円で。

 月に三十時間くらい働いて。

 大体二万円前後。


 ……君が勝手に。

 俺の財布から物を買うからね。


「でもね? エメラルドって、四角っぽいイメージなの」

「でもの意味は分かりませんが、イメージは同意です」


 あのカットがそもそも。

 エメラルドカットと言う程ですし。


「なんかこう、長方形で」

「うんうん」

「表面が、てかーって光ってて」

「うんうん」

「サイズはお豆腐くらい」

「はいダウト」


 でかいよ。

 なにそのお化けエメラルド。


「……お豆腐くらい」

「ないない。何のイメージなのです、それ」

「何か、中に入ってるイメージない? 魔法の指輪とか。不老長寿の秘薬とか」

「……ああ、なるほど」


 ゲームや映画で見かけるイメージですか。

 そう言われれば、確かにピンとくるものがありますね。


「ってことで、中に入ってるのが黄色なら完璧なの」


 そう言いながら。

 今度は黄色のルーレットを取り出して。

 針を回した穂咲さん。


 一体、お豆腐サイズのエメラルドに。

 何が入るのでしょう。


 くるくると回る針が。

 ぴたっと止まったそのエリア。


 書かれていた文字は。



 『キリン』



「超巨大豆腐! 爆誕!」

「…………秋山」

「はっ!? そうか!」

「そうか。今が授業中だということをやっと思い出してくれたか」

「いえいえ。キリンの方を小さくすれば済むのです。そうすればビルサイズの豆腐も必要ありません」


 俺が素晴らしい解決法を思い付いたというのに。

 先生は、額に青筋を浮かべていらっしゃる。


「寝ておったのか? 何の夢だ、それは」

「失礼な。夢では無くて豆腐サイズのエメラルドにキリンを入れる方法です。……あ、賢い俺はさらに閃きました」

「何を」

「この場合、仲介するビルサイズの豆腐は作る必要ありません」

「……駅前で一番高いビルの上で立っとれ」


 その三十分後。

 俺はデパートの屋上で立ったまま。


 子供達に、風船を配っていました。


「あれ!? 俺、なんで風船配っているのです!?」

「いいからキリキリ働いてちょ、新人君」

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