プリンセスミチコのせい ちょっぴり特別編
~ 七月十五日(月祝)
緑=海 黄色=ビーチボール ~
プリンセスミチコの花言葉 無邪気
海の日だから。
海。
安直と言われようが。
海。
白青赤。
トリコロールのパラソルが作る影。
その境界線から先へ飛び出せば。
どこまでも果てしなく広がる。
四色に塗り分けられた世界。
青い空。
白い雲。
緑の海。
金色の砂浜。
そんなものが。
……どこにもない。
「雨っ!」
「お? さすが道久だな。世界広しと言えど、空に突っ込みを入れるやつはそうそういねえ」
「昨晩からずっとそうしていますけど! いつまでも湿っぽいツラしてんじゃねえのです!」
「……本気で突っ込んでるとこが秋山らしいわよね」
まあ、梅雨ですし。
当然といえば当然なのですが。
雨の降るビーチは。
空、海、砂浜。
ぜーんぶが。
黒寄りの灰色。
「いや~! ビーチパラソルって意外と小さいっしょ!」
「そう言いながら右から押さないでください日向さん」
「ほんとなの。結構濡れるの」
「そう言いながら左から押さないでください。つぶれちゃいます」
水着の上にTシャツ二枚。
さらにピンクのパーカーを羽織って。
いつもの左側から俺を日向さんに押し付けるこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、南国お嬢さん風にゆったり編んで前に垂らして。
先端に、美しい朱色のバラ。
プリンセスミチコをあしらっています。
日本史上初の上皇后、美智子さまが。
皇太子妃殿下だったころ。
イギリスの育種会社から献呈された、美しいお花なのです。
ここで、一つお断りさせていただきますが。
お花の名前。
俺のあだ名の一つとは。
一切関係ございません。
……それにしても。
ビーチパラソルというものは。
意外と、雨が吹き込んでくるもので。
「もちっと詰めるっしょ」
「もちっと詰めるの」
「気付けば少しずつ前に押し出されているのですけど。レジャーシートから落っこちちゃいますって」
一番大きなビーチパラソルを二本も借りて来たのに。
狭いったらありゃしない。
その、もう一本のパラソルからも。
渡さんと宇佐美さんの。
ネガティブな声が聞こえてきます。
「残念ね……」
「無理すれば出られない程でもないけどな」
そうですね。
ビーチは、ほぼ貸し切りですけど。
残念なのです。
でも。
君たちはそれなり余裕でパラソルに収まっているので。
あんまり文句を言わないで欲しいのです。
「もちっと詰めるっしょ」
「もちっと詰めるの」
「……こんな状況で唯一の救いは、一番体の大きなヤツがパラソルの外で平気な顔してることですかね」
「そりゃ、濡れてもいい恰好なわけだからな」
俺の目の前。
湿った砂浜に突っ立って。
雨を浴びっぱなしの六本木君が。
ビーチボールを口でふくらませながら言うのですが。
「……まさか、それで遊ぶ気なのです?」
「まさか、海に来といて遊ばない気なのか?」
今日は久しぶりに気温が上がったようですが。
それでも、雨のビーチは肌寒くて。
俺を含め、パラソルの下の皆さんは。
上着を羽織って体育座り。
「女子どもは情けねえなあ。海に来といて入らない気か?」
「そのセリフを、俺の顔を見ながら言わないで貰えますか?」
改めてお断りさせていただきますが。
お花の名前。
俺のあだ名の一つとは。
一切関係ございません。
ただ、そんな挑発を耳にして。
立ち上がった女子が一人。
「六本木の言う通りっしょ! あたし、海に入る!」
「おお! さすが日向!」
「……さすが、お調子者なのです」
白地に、裾へ向かってカラフルにグラデーションする可愛らしいパーカー。
それをばばっと脱ぎ捨てて。
高校生離れしたプロポーションが。
六本木君の隣に並び立ちます。
「ようし! まずは目いっぱい泳ぐっしょ!」
「おう! 向こうに見えるブイまで競争するか?」
「望むところっしょ! なに賭ける?」
「かき氷でどうだ?」
「乗った! さあ、秋山! スターターよろしくっしょ!」
「それっぽい司会付きでな!」
雨に打たれながら。
楽しそうに準備運動など始めたお二人さんですが。
やれやれ。
面倒ですね。
「……ただいまより、我がクラスのお調子者選手権、優勝決定戦を行いま~す」
「だれがお調子者だ!」
「やべっちと柿崎抜きで優勝決めたら悪いっしょ!」
「突っ込むとこそこか!? 俺たち揃ってバカにされてんだぞ?」
「あたしは自覚有るし、六本木も大概お調子もんっしょ」
「俺のどこがお調子もんなんだよ!」
日向さんに噛みつかんばかりの六本木君ですけど。
雨の中、ずぶ濡れでビーチボールを抱えた君の姿。
お調子者という言葉以外に。
俺は君を評する言葉を持ちません。
ぎゃーぎゃーと口喧嘩を始めたお調子者コンビを見上げていたら。
お隣りのパラソルで、渡さんがため息交じりにつぶやきました。
「今日は日差しが無いから、濡れたら乾かないわよ? 二人とも体拭いて、パラソルの下に入りなさいな」
「そうはいくか。俺は遊ぶんだ」
「そうはいかないっしょ。あたしはこの水着姿をみんなに見せびらかすっしょ」
「誰よ、みんなって」
ぽつぽつと。
人はいなくはないのですけど。
みんなという表現は。
確かにいかがなものでしょう。
「女子のスタイルは、誰かに見られることによって美しくなるっしょ!」
「それは分かるけど。見る人がいないじゃない」
「秋山と六本木に見てもらえばいいっしょ! ほれ、渡もそんなの脱いで!」
「いやよ。千歳の隣に並んだら、引き立て役になっちゃう」
頬を膨らませた渡さんを。
日向さんは、そんなことないっしょとフォローするのですが。
「……六本木君からも、何か言うと良いのです」
「ん? そうだな。スタイルに無頓着な割には、スマートでいいって思うぜ?」
「こら」
「こら」
「こら」
「こら」
このうすらとんかちめ。
スタイルに無頓着な女子なんているわけないじゃないですか。
「一斉になんだよ?」
「隼人……。私がどれだけ気にしてこの状態を維持してると思ってるの?」
「はあ!? お前、いつも何もしてねえって言ってるじゃねえか!」
「そ、それは……」
「当たり前なの。女子はみんな、何にもしてないって言って、実は血の滲むような努力をしているものなの」
「なんでそんな無駄なことを!?」
「……さあ? あたしは努力しないからよく分かんないの」
そう、穂咲の最後のセリフも。
まったく同じ。
だって、君はしょっちゅう。
ダイエットしてますもんね。
それはさておき。
みんなから一斉ににらまれた六本木君。
起死回生のフォロー。
うまくできるでしょうか?
「香澄。女子同士の戦いの世界はよく分からん俺だが、あんま無理すんな」
「うう……。でも……」
「だってよ。お前がどう頑張ったって、これに勝てるとは思えねえし」
そう言いながら。
日向さんの肩をポンと叩くと。
それに合わせてぽよんと。
隠しきれない双丘の震度四。
「隼人ーーーーーーっ!?」
「うお!?」
この無神経発言に。
渡さんはパーカーを脱ぎ捨てて。
貸し切りの砂浜中。
逃げる六本木君を追いかけまわします。
「……お調子者が三人に増えました」
「暇だから、ご飯にするの」
「四人目に名乗りを上げないように」
早い。
まだ十時です。
でも、この一人だけ方向性の違うお調子者は。
お隣りから呼び寄せた宇佐美さんと。
雨に濡れた体を拭く日向さんを座らせると。
タッパーを四つほど取り出して。
蓋を次々に開けるのですが。
「なに持って来たっしょ?」
「……こっちは、スクランブルエッグとレタスだね」
「こちらは食パンとハムなのです」
軽く首をひねりながら、三人揃って穂咲を見つめると。
こいつはどや顔で。
料理の名前を教えてくれました。
「はさまず」
「とうとう世間様へ披露してしまいましたか」
「ああ、このあいだ騒いでいたあれか」
「ハサマズ? 初めて聞くっしょ」
ルールなのでやむなし。
俺は紙皿に四品を取って。
別々に口にします。
「……それ、挟んで食べたら美味しそうっしょ?」
「はさまず」
「すいません。そういうルールらしいので、お付き合いください」
「でも、好きに食べたいっしょ」
「ルールを無視すると、タクアンを乗せられます」
とうとう眉根を寄せてしまった日向さんが見つめる中。
レタスをぽりぽりかじっていると。
渡さんに、腕を背中へねじ上げられながら。
六本木君が戻って来たのです。
「なんでメシ食ってんだよ。ほら、海行くぞ」
「行くわよ」
「渡さんまで言い出しましたか」
「だって、もうびしょびしょになっちゃったし」
だからと言って。
仲間を増やそうとするんじゃありません。
「ほら、待ってるわよ? 青い海!」
「待ってません。それに青くないのです。どんより緑に濁っています」
「……はっ!? 緑なの!」
びっくりしました。
急に叫び出してどうなさいました?
眉根を寄せる俺を捨て置いて。
穂咲は雨の中へ駆け出すと。
湿った砂浜に。
巨大なルーレットを描き始めました。
「……また始まりましたか。それは緑のルーレット?」
「そうなの、まずは緑を決めるの。みんなも書くの」
居並ぶ皆さんが。
視線で、俺に説明を求めるので。
「いつものように、思い出せないものを探しているようなのです。緑の中に黄色があるものらしいのですが」
「ふーん……」
「それで? どうして穂咲は落書きしてるっしょ?」
「緑と黄色のルーレットで出たものをくっ付けるらしいのです」
「なに言ってんだよ道久。ここで調達できないものが出たらどうする気だよ」
「その場合は道久君が必死に探してくるの」
「おい」
それまでは、書いて書いてと穂咲が呼ぶ声を。
めんどくさそうに無視していたくせに。
一斉にニヤリとしたかと思うと。
「俺が持って来るなんてルール、無いのですけど……」
今度は、俺の声を無視して。
無茶な物ばかり、ルーレットに書き込んでいきます。
「……いやいやいや。なんですかそれ」
あっという間に出来上がった緑のルーレット。
その四枠に書かれた品々。
ユーグレナ。
ドラゴンブラッドジャスパー。
虹の真ん中のとこ。
蜀軍の旗。
「「「「さあ、持って来い!」」」」
「だから持ってきませんって」
そもそも、一個目と二個目は聞いたこと無いですし。
三個目と四個目は。
どうやったら持ってこれるのさ。
「凄いの。みんなほいほい思い付くの」
「ほんと。イジワルに関しては天才的なのです」
「あとはこいつに決めてもらうの」
そう言いながら穂咲が手渡してきたのは。
六本木君が膨らませた黄色いビーチボール。
皆さんの手による嫌がらせルーレット。
そこに、こいつを投げ込めと?
「俺が投げ込むのですか?」
「自分の運命は、自分で切り開くの」
「…………なるほど」
皆さんが、年中行ってきた秋山イジメ。
その発想は、既に天才レベル。
でも、逆に言えば。
俺はそれをかいくぐる天才になっているのです。
「えい」
「あーーーーー!」
目の前に描かれたルーレットに投げ込む必要なんかない。
俺はできるだけ遠くへボールを投げると。
ちょうど吹いた風に押されて。
雨で硬くなった砂浜を、ころころと。
緑の海へ。
黄色いボールが転がって行ったのでした。
「何しやがる!」
六本木君が慌てて取りに行ったのですが。
文句を言われる筋合いはないのです。
海に来て、海に入る機会をあげたのですから。
喜んで下さいな。
「……ちなみに、これでしたか?」
「ハズレなの」
まあ、当然ですよね。
俺は、緑の中に浮かんだ黄色を眺めながら。
穂咲の迷惑千万な探し物が。
この雨のように。
いつか止む日が来るものなのかしらと。
そんなことを考えたのでし……、た? おや?
どざああああああああ
「ひゃあ! これはもう無理っしょ!」
「さ、さすがに帰るわよ! ……どうしたの、秋山?」
「おい、立てよ秋山。帰るぞ」
……止む気、無いの?
俺は、皆さんの怒る声を耳にしながら。
ただ、呆然と。
レジャーシートに座り続けたのでした。
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