マルバノホロシのせい
~ 七月十二日(金)
緑=青りんご 黄色=月 ~
マルバノホロシの花言葉
騙されない
ようやく終わった期末テスト。
二学期の期末なんて、あるような無いようなものなので。
定期テストと呼ばれるものは。
残る人生、中間テスト一つを残すのみ。
「いよいよ、テストの無い人生が見えてきました」
何気なくつぶやいた一言を。
教室の扉の外から否定する大きな声。
「甘いの! 人生は、いつだって期末試験なの!」
なんという地獄耳。
そして。
なんと立派な。
いや、意味不明な。
どちらとも言い難い言葉を鼻息荒く口にするのは
そんな穂咲の右手と左手には。
「い、いたい……」
「何の真似だよおばさん!」
校舎から出る小太郎君と雛ちゃんを窓から見つけるなり。
風のように教室を飛び出して。
「連れてきちゃいましたか……」
せっかくのテスト明け。
二人で楽しく寄り道でもしよう。
そんなうきうきな気持ちを。
ゆるふわ悪魔にへし折られたような顔をなさっているのですけど。
「かわいそうなので放してあげなさいな」
「そうはいかないの! 勝負なの!」
ハイツインにしたゆるふわロング髪を左右に振って。
イヌクコと呼ばれる、ナスの仲間。
マルバノホロシのお花を揺らしながら。
返却されたばかりのテスト、五教科分を。
トランプのように広げて持つ穂咲なのでした。
「はあ……。こっちは三教科しか返ってきてないし。そもそも、同じ教科がかぶるとも思えないし」
「なにが返ってきたの?」
「数Ⅰ、工技、あと英Ⅰ」
「じゃあ、英語で勝負なの!」
確かに英Ⅲなら返却されていますね。
今回は自信ありとか言っていたようですが。
そんな穂咲さん。
いやらしい笑みを浮かべつつ。
机へ叩きつけるように答案を出して。
信じがたい言葉を発したのです。
「89!」
「ウソですよね!?」
「……100」
「うえええええ!?」
「そんなのウソなの! 騙されないの!」
信じがたい点数を宣言した雛ちゃんに。
穂咲は噛みつきそうな剣幕で。
ウソだウソだと叫ぶのですが。
しかし、なんというハイレベルな戦い。
間に挟まれた審判の俺も。
思わず叫び声をあげてしまうほど。
そのうち、穂咲の騒ぎに嫌気がさしたようで。
雛ちゃんは、鞄から証拠の品を取り出すと。
見事に丸しか付いていない答案を手に。
膝を屈した穂咲なのでした。
「……雛ちゃんの勝ちなのです。さあ、解放してあげなさいな」
「まだなの!」
まあ、予想通りですけど。
面倒なこいつがこのまま引き下がるはずないですよね。
ごめんねと頭を下げる俺をよそに。
穂咲はカバンからルーレットを出して。
くるくる回して、雛ちゃんの鼻先につきつけます。
「『リンゴ』と出たの! 青りんごの皮むきで勝負なの!」
「ほんと迷惑だなあんたは! 解放してくれよ!」
「ひ、ひ、ヒナちゃん! 皮むきくらいいいじゃない……」
小太郎君に言われると弱い雛ちゃん。
眉を真ん中に寄せて、むむむと唸ると。
「ああもう! これやったら帰るからな!」
イヤイヤながらも。
なんとか勝負に乗ってくれたのでした。
「しかし、緑のルーレットに『リンゴ』って……」
鞄から、二本の包丁と青りんごを取り出す穂咲に呆れ顔を向けると。
「そうなの。緑リンゴが正解なの。……前にもおんなじこと言った気がするの」
「信号の時ですね」
「青りんご、青汁、青のり、青菜、青虫、青じそ。全部青なの。緑なのに」
「それはですね、大昔の日本には、色が白と黒と、赤と青しかなかったせいです」
「さすがにウソに決まってるの。騙されないの」
ほうと感心する雛ちゃん。
目を真ん丸にする小太郎君。
そんな素直な二人をよそに。
まるで信じようとしない穂咲さん。
「……なんて説明し甲斐のない」
「すごいなおっさん。なんでそれで学年最下位なんだ?」
穂咲が準備した包丁と青りんごを手に。
相変わらずの口の悪さで。
雛ちゃんが聞いてくるのですが。
「もう最下位ではないのですが……。ちなみに俺の頭脳は、勉強と関係の無いものから順に覚えるようにできているのです」
「なんて不憫な」
そして穂咲がルールもスタートの掛け声もなく。
細く細くリンゴの皮を剥きだしたので。
雛ちゃんも了解とばかりに。
穂咲と変らぬ細さで皮を剥いていきます。
お皿の上にくるくると。
綺麗な渦が描かれていくと。
いつの間にやら集まっていたクラスの連中から。
惜しみない拍手が送られます。
穂咲が先に包丁を置いて。
自慢げに、端を摘まんで持ち上げて。
雛ちゃんも真似をして持ち上げたのですが。
「う~~~~ん…………。同点なのです」
若干、雛ちゃんの方が長く見えますけど。
みょんみょん伸び縮みするので、誤差の範疇。
でも、そんなジャッジに納得がいかなかったのか。
この負けず嫌いは。
無茶なことをし始めました。
「こうすれば、あたしの勝ちなの!」
端っこを俺に握らせて。
引っ張って伸ばそうとしてますけど。
そうまでして勝ちたい?
でも、そんなことしたら……。
「あ」
予想通り。
リンゴの皮は。
真ん中からぷっつり切れてしまいました
「……雛ちゃんの勝ち」
「もう! 道久君のせいなの!」
「いいえ、君の強欲のせいです」
「強欲、銃を制すなの」
「柔よく剛を制すと、ペンは剣より強しの予想だにしなかったコラボなのです」
「なあ、もう帰っていいか?」
まるで茶番とも言える結果に呆れながら。
お得意のセリフを残して。
雛ちゃんが教室を後にすると。
穂咲は、剥いたリンゴを切り分けて。
自分の前だけに置くのです。
「ちょっと。俺にもお昼ご飯分けてくださいよ、教授」
「ロード君にはその渦巻き二つで十分なのだよ!」
ぷんすこと怒る教授が指差す先には。
お皿に乗った、緑の渦巻きがふたつ。
雛ちゃんは、剥いたリンゴをまるまんま小太郎君にあげていましたし。
ほんとにこれしか食べるものがない。
でも、教授の行動パターン。
俺は把握しているつもりです。
今日は、それを利用させていただきましょう。
「教授。では、この緑の中に入る黄色を下さい」
「む? そうだね、いい所に気が付いたねロード君」
緑が食べ物なら。
黄色も食べ物に違いない。
教授が、リンゴをしゃくしゃくしながら。
鞄から取り出したルーレット。
クルクル回った針が止まるのは。
どんな食べ物なのでしょうか?
『月』
「バカなの?」
「バカはロード君なの。青りんごに月なんか入るわけ無いの」
「ちょっと待ってね、ほんとに俺はバカかもしれない。今、バカって言われた理由が微塵も理解できない」
「じゃあ、月を作るから、ちょっと待ってるの」
そしていつもの目玉焼きを。
あっという間にこさえた教授が。
緑の渦の中心に。
半熟にした黄身だけ一つずつ乗せるのです。
「……やはり緑の部分も食べろと?」
「美味しいの」
「騙されません。それに、緑の渦に黄身が乗っかると、なんだか……」
「カメレオン?」
「正解です」
ぐったりとうな垂れる俺を。
皿から見上げるふたつの目。
仕方なく。
隅っこからしゃりしゃりと齧ります。
そんな姿を見つめながら。
俺の皿に、切り分けたリンゴを二つ置いた教授は。
今までの、悔しそうな表情はどこへやら。
急にニコニコしながら呟きます。
「雛ちゃんが高得点で、嬉しいの」
「ほんとですね。君が上手にあおったおかげかもしれませんよ?」
「それは無いの。雛ちゃん、必死にやってたの。……けど、さすがに100点とか無いの。騙されないの」
「急にどうしました? ほんとに100点だったでしょうに」
「騙されないの」
「そんなことを言ったら、君の89点の方が疑わしいのです」
にらみつける俺の視線。
それを避けるように、教授がポケットに入れていた答案を鞄に押し込んだので。
「あ! 窓の外に、ペンギンが飛んでます!」
「ほんとなの!? あの子なら、やればできるって信じてたの!」
慌てて窓へ向かった教授の居ぬ間に。
テストを引っ張り出して広げてみると。
「……89点って言ってましたっけ?」
「はっ!? 騙されたの!」
「騙されたのはこちらです。68点じゃないですか」
ひっくり返しに見たせいで。
まんまと騙されました。
「…………騙してないの」
「その上で負けたとか情けない」
罰として。
教授のお皿と。
俺のカメレオンとを入れ替えたのですが。
教授は延々と。
お皿に向かって、言い訳を続けるのでした。
「……と、言う訳で、別に騙そうとしたわけじゃないの、カメ久君」
「なんか腹が立つので、お皿を交換していいですか?」
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