ホタルブクロのせい


 ~ 七月十日(水)

   緑=進め 黄色=注意 ~


 ホタルブクロの花言葉

    悲しい時の君が大好き



「あたしは幸せでいるために、いつでも三つの課題を掲げてるの」

「…………はあ。そうなのですか」


 本日のテストは二教科だけ。

 その、二つ目のテストも終了し。


 答案が回収されるなり。

 お隣で、変なお話が始まりました。


「一つめは、雛ちゃんに勝てたら嬉しいの」

「なるほど。確かに勝てたら幸せでしょうね」

「二つめは、緑の中に黄色いのがなんだか分かりたいの」

「それも、奇跡的に見つかったらさぞかし嬉しいでしょう」

「三つめは、無いの」

「ん?」


 この、聞きたくもない話を延々と続けておいて。

 最後には意識のすべてを持っていく話し上手は藍川あいかわ穂咲ほさき


「無いって、どういうことなのです?」

「三つめは、いつでも空けておくの。そこに何を入れたら幸せになるか、いつも考えるのが課題なの」


 どや顔で。

 鼻息荒く穂咲は言いますが。


「落ち着きなさい。それじゃあ、課題が三つになっちゃいます」

「…………あれ? ほんとなの。……三つ目の課題を空けておくことが、三つ目の課題なの? あれれ?」


 なるほど。

 ドラマか何かの受け売りですね?


 きっと、三つ目は空けておいて。

 何かが入って来るのを待ちわびることが幸せとか。

 そんな感じのお話なのでしょう。


「むう……。確かにこれじゃ、もう空きが無くなっちゃうの」

「しょうがないからその課題は二つ目にしなさい」

「そしたら、課題を一個削らなきゃなんないの」

「ひとまず黄色緑は捨て置いて、雛ちゃんに勝つことに集中なさいな」

「そういう訳にはいかないの。だから今日も、ルーレットスタートなの」


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、数十本もの三つ編みにして。

 その全ての先端に、ホタルブクロをぶらさげている穂咲さん。


 鞄に手を突っ込むため。

 体を倒すと。


 揺れるホタルブクロが。

 まるで蛇の頭のよう。


 よし、今日の君のあだ名が決まりました。

 シャンプーを変えたら、癖っ毛がストレートになってしまったメデューサちゃんとお呼びしましょう。


 そんな前略メデューサちゃん。

 カバンをガサガサとあさって。

 ルーレットを取り出して。


 黄色と緑。

 くるくるとまわし始めたのですけど。


「お昼ごはんの準備を始めてくださいな。ここまではいい調子ですが、そんな時こそ注意して、早く帰って勉強したいのです」

「早く帰っちゃダメなの」

「なぜです?」


 そう言えば。

 今日は皆さん、席に着いたままなのですが。


 ホームルームでもあるのでしたっけ?


 そんな俺の疑問も。

 お隣りの、呆れた結果が目に入るなり。

 後回しになってしまうのです。


「むう……。今日のはまた、難しいの」

「難しいですね。その緑の中に、その黄色が入っているのを見たこと無いのです」

「どこにあるの?」

「ですから、見たことありませんって」


 まあ、どこにも無いでしょうけど。

 だって、役に立ちませんし。


 俺の返事にため息をつきながら。

 穂咲が机に放り投げた二つの円盤。


 緑=信号

 黄色=信号


「手抜きをするからそんな目に遭うのです」

「だって、そろそろネタが尽きてきたの」


 ルーレットの針をこねくり回して。

 しょんぼりとする穂咲さん。


 でも、その調子で毎日緑と黄色を探していれば。

 いつか、何かを思い出すのではないでしょうか。


「もう今日のは中じゃなくていいの。黄色と緑が同時に点いた信号探しに行くの」

「無いですよ。同時に点いたりしたら、運転してる人、どっちに従ったらいいのです?」

「気を付けながら進めなの」

「それは別に存在します。黄色の点滅だったと思いますが」

「じゃあ、同時に点いたらどんな意味?」

「故障中という意味では無いでしょうか」


 そうなんだと呟きながら。

 さらにしょげる穂咲ですが。


 さすがに、それを見せてあげることは。

 俺にはできませんし。


 ……それに。


「それ、アタリなのですか?」

「全然ハズレなの」


 ならば。

 頑張って見せてあげる必要など無いのです。


「ねえ、なんで青信号は、緑なのに青信号って言うの?」

「そんなことより、ルーレットはしまってください。信号と同じで、君も気を付けて。予習でもすると良いのです」

「うまいこと言うの。道久君も気を付けるの」

「もちろん。ぬかり有りません」


 気を付けて、気を付けて。


 明日の一時間目。

 英単語を覚え始める俺を見て。


 穂咲が。

 目を丸くさせているのですが。


「……道久君、随分余裕なの」

「おかしなことを言いますね。余裕が無いから、この時間も必死にやっているのではないですか。……それより、この後何があるのでしたっけ?」


 早く帰って勉強したいのに。

 そんな気持ちは皆さん一緒のようで。


 机に教科書を出して。

 必死に読んでいるようなのですが。


「……この後? なに言ってるの?」

「なにって。今日は二教科ですし、早く帰りたいと言っているのです」

「三教科なの」



 …………え?



「この後、現社のテストなの」

「…………うそ」

「ほんとなの」

「うえええええええええ!?」


 そう言えば。

 現代社会のテスト。

 試験範囲をノートに書いた記憶がありますが。


 まさか。


 試験があることを忘れていたなんて。


「どどどどどど、どうしよう! 何にも勉強していないのです!」

「道久君、顔が真っ青なの。実際には真っ白なのに、なんで真っ青って言うの?」

「そんな事より! ほんとにどうすれば!?」

「あと一分じゃ、どうしようもないの。諦めるの」



 …………終わった。



 がっくりと机に突っ伏す俺の頭を。

 穂咲はぽんぽんと撫でて慰めてくれますが。


「俺はきっと留年します。こんな俺では、呆れる事でしょうね」

「そんなこと無いの」


 首を左右にふるふると。

 そして、穂咲はにっこりと微笑んでくれるのです。


「そんな、慰めてくれなくてもいいのです」

「慰めなんかじゃないの。こんな時の道久くんは、いい感じなの」

「へ?」


 そして、穂咲の微笑が。

 次第に、ニヤニヤ顔へ進化していきます。


「……へこんでる道久君、いい感じなの」

「なんて悪趣味!」


 さすがメデューサちゃん。

 情け容赦なし。


 俺は、ホタルブクロの。

 ちょっと変わった花言葉を思い出しながら。


 がっくりとうな垂れて。

 それきり、テストの間中もずっと。



 石のように動かずにいたのでした。

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