リアトリスのせい


 ~ 七月九日(火)

   緑=チーズ??? ~


 リアトリスの花言葉 説得力



 昨日、学校中をたくあん臭くさせて。

 その罪を俺に擦り付けて帰ったこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、頭のてっぺんでお団子にして。

 そこに、わんさかとリアトリスを突き刺しています。


 チョコでコーティングされた棒菓子よろしく。

 真っすぐな茎に、まるで塗りつけたように。

 紫の小花をたくさん咲かせるリアトリスですが。


 ケーキに花火をぶすぶすと挿した図に見えなくもありません。

 後は点火を待つばかりですね。



 さて、今は出発の一時間前。

 テスト前ですし。

 ギリギリまであがきたいところではありますが。

 この魅力には敵いません。


「おえかきのこつね? こう……、こうもつの!」

「ぴかりんちゃん、凄いの。鉛筆の持ち方が完璧なの」

「ほんとですね。でも、お箸は鉛筆の持ち方しちゃいけません」

「そう? えへへ~! しっぱい!」


 今日は、おばさんが早朝から配達へ出かけていて。

 母ちゃんも、町内会の日帰り旅行で不在のため。


 秋口までこちらで暮らすと言っている。

 まーくんのお宅で朝ごはんなのです。


 ひかりちゃんは、お話が上手になって。

 一緒に遊んであげるのが。

 楽しくて仕方ありません。


「もっとちょいちょいこちらに住んでくれると嬉しいのですが」

「そうもいかねえよ。ひかりが幼稚園に通い始めたら、引っ越しなんかしたら可哀そうだろう」


 キッチンから、ミネストローネを運んで来たまーくんが。

 ちょっぴり寂しいことを言いますが。


 でも、確かにその通り。

 仕事の都合で仕方のないこととは言え。


 子供にとって。

 転校というものは。

 とても悲しいものですからね。


「……じゃあ、どちらかに定住されるのですか?」

「成田空港にアクセスしやすくて都心に近い……、北千住あたりか?」

「え? 東京なのです?」

「まだ確定じゃねえけどな。最終的にはひかりに決めさせる。……おまえ、どこに住みたい?」

「おふろ!」

「…………そうな。お前、お風呂大好きだもんな」


 やれやれと、溜息をつきながら。

 まーくんはキッチンへ戻って。

 パンをトースターへセットすると。


 寝室から。

 スーツ姿のダリアさんが現れました。


「ママ! おはよう!」

「おはよう」


 そして、ひかりちゃんの隣に腰かけて。

 食事前のお祈りを済ませると。


 スープを口にしながら。

 小さくため息をつくのです。


「……おや? どうされたのです?」

「今日の商談、大変。愛するぴかりんちゃんと言えど、一緒に連れて行くのはチョット困る」


 ああ、なるほど。

 だったら。


「まーくんに任せればいいのです」

「そうもいかねえんだよ。俺も重要な接待で、今日はゴルフなんだ」

「ウソ。正次郎さん、面倒なだけ」

「…………正解です」

「正座。あと、トーストを早くモッテくる」

「すまんなダリア。俺は正座の姿勢でパンを運ぶと、その日はいびきの音が倍になるんだ」

「……それはイヤ。では、パンだけでいい」


 相変わらず。

 変な会話ばかりのお二人ですが。


 ひかりちゃんが覚えちゃうから。

 まともな会話をするべきなのです。


「……いびき? ごがーっていうの?」

「今のはウソだから覚えなくていいです。ひかりちゃんは素直でいい子ですね」

「いいこ? えへへへへ」


 嬉しそうにするひかりちゃんを眺めているだけで。

 穂咲並みに目尻が下がります。


 そんな幸せ気分でいた俺に。

 ダリアさんが、真剣な表情で何か言い出したのですが。


「……少年も、素直でいい子」

「ん? なにか企んでます?」

「メッソウもない。心からそう思う。だから、今日は素直でいい子な少年が、ぴかりんちゃんの面倒を見る」

「企んでるじゃないですか。ダメですって、今日はテストなのです」

「……なせばなる」

「なりません。お二人のうち、どっちかが連れて行ってください」


 いつもなら。

 ぐーたら専業主婦の母ちゃんに任せておけば済むのですけど。


 よりにもよってこんな時に出かけなくても。


 そして、ひかりちゃんの手を。

 無理やり俺に握らせようとするダリアさん。


 その攻撃をかわしていると。

 穂咲がスープカップをくいっとあおって。


 口の周りを。

 ぺろりとしながら言うのです。


「おばあちゃんとこに預けてきたらいいの」

「そんなの間違い。お義母様はお忙しい中、お二人も立派に育てていらした」


 意外にも。

 まともなことを言ったダリアさんは。


 しぶしぶながら。

 納得したのかと思いきや。


「ドッチがいいか」


 難しそうな書類の束と。

 黄色いゴルフボールを机に置きます。


「パパと一緒にいたいか。それとも、ママの仕事の邪魔をしたくないか」

「きたねえなあてめえは!」


 トーストを持って。

 どっちに転んでも自分に押し付けられる二択に文句を言いながらまーくんがやってくると。


「うるさい。ぴかりんちゃんは、ゴルフボールを手に取った」

「むりくり押し付けるのを手に取ったとは言わねえ!」


 ひかりちゃんを挟んで。

 にらみ合いを始めたのですが。


 そんな二人を。

 穂咲が叱りました。


「ひかりちゃんが可哀そうなの。そういうケンカはダメなの」

「……そうだな。ありがとう」

「さすがは穂咲サン。カンシャ」


 ニコニコとスープをすするひかりちゃんの頭の上で。

 穂咲へ頭を下げるお二人さん。


 いやはや、君はいつでも。

 一番弱い人の味方をするのですね。


 ……素直でいい子の。

 一等賞なのです。


「感謝とかいらないの。それより、こいつの謎を解いて欲しいの」

「いつものパターンですね。一旦、褒めるのは保留にしましょう」

「何の話? それより道久君も考えるの」


 そう言いながら。

 穂咲が取り出したのは、緑のルーレット。


 その矢が指し示していた文字は。



 『チーズ』



「黄色い方に書きなさいよ!」

「だって、黄色は壊れちったの」

「だっての意味が分かりません!」

「それより、緑のチーズって何?」

「あるわけ無いでしょうよそんなもの!」


 やっぱり、褒めるのを保留にしておいて正解です。

 呆れて頭を抱えた俺なのですが。


「……ちょっと待ってな」


 なにやら、まーくんがつぶやくと。

 キッチンから、お皿を一つ持って来るのです。


「なんです? このういろうみたいなの?」

「バジロンワサビって名前のチーズ」

「へ?」

「凄いの! 緑色のチーズなの!」


 大はしゃぎで、一口サイズのチーズを口へ放り込んだ穂咲なのですが。

 すぐにそれを。

 お口の中からこんにちはさせたのでした。


「……ネーミングで気づきなさいな」

「うえええええええ」


 俺も試しに、ひと口かじると。

 濃厚なチーズの風味と共に。

 独特な、つーんとくる香りが鼻を抜けます。


「なんというワサビ風味」

「でもそれ、ワサビは使ってないんだぜ?」

「なにそれ怖い。え? なにが練り込んであるの?」

「ウソなの。あたしの敵が、絶対こいつの中に潜んでるの」


 ホットミルクをがぶ飲みしながら。

 べそをかいた穂咲が文句を言っていますけど。

 俺もそう思いますね。


 それにしても君、辛いもの大好きなのに。

 ワサビだけはなんでそんなに苦手なの?


「……なんだよそのルーレット?」

「ええとですね。穂咲が、緑色の中に黄色があるものを探しているのです」

「またか? いや、前のは金色に赤だったっけ?」

「うう……。ねえ、ぴかりんちゃん。緑色の中に黄色い物って、何のことか分かる?」

「無茶を言いなさんな」

「わかるよ?」


 べそかき顔の穂咲に聞かれたひかりちゃん。

 あっさりと返事をして、俺たちを驚かせると。


 得意げにふんぞり返って。

 黄色いゴルフボールを掲げたのでした。


「……確かに」

「ホールインワンなの」


 と、言うわけで。

 本日、ひかりちゃんは。

 まーくんが連れていくことになりました。


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