オレガノのせい


 ~ 七月五日(金)

 緑と黄色のフェルト ~


 オレガノの花言葉

   あなたの苦痛を除きます



 笑顔があふれる時間。


 よく晴れた朝の町内。

 お父さんのいる食卓。

 

 でも、俺が知る限り。

 この時間が一番笑顔にあふれていると思うのです。


「お昼休みは、廊下がひまわり畑なの」

「ほんとですね」


 すれ違う人はみんなにっこり。

 それを見て、お隣りにいるこいつもにっこり笑顔。

 そんな彼女の名前は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をヒマワリ型に結って。

 そこにオレガノをひと房挿しているので、ちょっとややこしい。


 紫と白のツートーン。

 オレガノのお花を揺らす穂咲の手にも。

 緑と黄色のツートーン。


「今日はルーレットじゃないのですね」

「回す前に、もう作っちったの」


 緑のフェルトで出来たてるてる坊主に。

 黄色いフェルトで書かれたにっこり笑顔。


 眠そうな目に、いつも絶やさぬ口元の笑み。

 小太郎君にそっくりな、てるてる坊主。


 こんなものをこさえたその理由は。

 実に穂咲らしいものでして。


 その情報をくれたのは。

 瑞希ちゃんだったのですが。


「さすが瑞希ちゃん。いいレーダーをお持ちなのです」

「あたしの弟子を名乗ることを許可するの。……たのもーなの!」


 俺たちの目的地。

 お昼休み中の、一年生の教室に。

 勢いよく扉を開いた穂咲が足を踏み入れます。


「おっと、すぐ目の前。加藤と香取だから、お隣り同士なのですね」


 入口に一番近い二つの席をくっつけて。

 仲良く並んで同じお弁当を食べる二人の姿。


 小太郎君と。

 雛ちゃんなのです。


 ……小太郎君と二人でいるときの雛ちゃんは、すごく幸せそうで。

 見ているこちらも目じりが下がるのですけれど。


「それがどうして俺の顔を見ると、そんなにいやそうな顔になるのです?」

「毎日毎日押し掛けて来やがって……。なあ、休み明けからテストだって分かってんのか?」

「分かっているから来たのです。ねえ、穂咲」

「そうなの。勝負なの」

「分かってねえ!?」


 呆れた!

 さすがにそれはどうなの!?


「ちょっと穂咲! 今日は勝負無しです!」

「勝負無しが無しなの。テストの点で勝負なの」

「え? ……ああ、なるほどそういう事でしたか。なんでそう君は面倒な言い回しをするの?」


 俺たちのやり取りを。

 雛ちゃんは怪訝な顔で見つめていたのですが。


 小太郎君に至っては。

 ちんぷんかんぷんと言ったご様子。


 でも、元はと言えば君が。

 瑞希ちゃんに愚痴を言ったことがきっかけだったのですよ?



 ……穂咲は、緑色の中に黄色が浮かぶ。

 幸せなてるてる坊主を雛ちゃんに手渡すと。


「ふっふっふ。これで週末はばっちり勉強できるの。負けた時の言い訳になんかさせないの」


 すっかり板についた。

 悪役セリフを口にしたのですけど。

 それじゃ、意味が伝わりませんって。


 あと、雛ちゃん。


「その怪訝な顔は穂咲に向けてください」

「お花の先輩より、アンタに聞いた方が合理的だろうが」

「これは穂咲からの心のこもったプレゼントなのです。ちゃんと分かるように話してくれますので、聞いてあげてください」


 そう、俺が促すと。

 穂咲は一つ頷いて。


 てるてる坊主を指差しながら。

 よく分かるよう説明したのです。


「……その、緑の中に黄色なてるてる坊主、ハズレなの」

「おっさん!」

「はいただいま! ええと、瑞希ちゃんがですね、小太郎君から聞いたお話をそのまま教えてくれたのですよ」

「ボ、ボク?」

「いつもはお二人で、図書館で勉強しているのですよね?」

「うん。……でも、雨が降ったらヒナちゃんは図書館に行けないから、一緒に勉強できなくて……」


 雛ちゃんのお父様。

 堅苦しくて石頭な大学教授は。


 小太郎君の家に行くことも。

 雨の日の外出も。

 雛ちゃんに許していないのです。


 だから二人は。

 雨が降ったら、お互いに自分の家でしか勉強できず。


 寂しい思いをしているそうなのです。


「そんな理由で学年トップを逃したら大変ですからね。土日は二人で思う存分勉強してください」

「なるほど、それでてるてる坊主か……」


 ようやく合点のいった表情で。

 雛ちゃんがてるてる坊主を見つめると。


「……ご利益無さそう」


 失礼なことを言いながら。

 携帯に表示された週間天気予報を見せてきたのですが。


「あちゃあ。見事にずっと雨ですね」

「そんなこと無いの。こいつは暗雲を吹っ飛ばすの」

「また、無茶なことを……」

「いいや。天気はともかく、確かに暗雲は吹っ飛ばしてくれそう」


 おや?

 どういう意味でしょう。


 ご利益無さそうと言っておいて。

 穂咲のてるてる坊主を。

 優しい笑顔で見つめているようですが。



 ……ああ、そうか。

 そのてるてる坊主。

 小太郎君にそっくりですもんね。


 それに、穂咲の優しさも詰まってますし。

 一人で勉強する君にかかる暗雲を。

 きっと吹き飛ばしてくれるでしょう。


「でも、アタシはいいけど。こいつが一人で勉強できるか心配だ……」

「う、うん。ボクも心配」


 おいおい。

 そこは任せとけって言うところですよ小太郎君。


 せっかく笑顔になった雛ちゃんが。

 また、ため息と共に肩を落としてしまったじゃないですか。


 さて困った。

 どうしましょう。


 どんな言葉で励ましたものか。

 考える俺をよそに。


 穂咲は、俺のポケットからティッシュを取り出すと。

 あっという間にてるてる坊主を作って。


「……赤ペンしかないの。でも、髪の色も近くていい感じ」

「うわ! ヒナちゃんそっくり!」


 雛ちゃんの似顔絵をペンで書いて。

 小太郎君にあげたのでした。


「後でちゃんとしたのあげるの。今はこれで我慢するの」

「こ、これで十分です! ありがとう!」


 穂咲をお姉ちゃんと呼んで慕う小太郎君ですが。

 確かに、その気持ちはよく分かります。


「……良かったですね」

「はい! これのおかげで晴れてもいいし、雨でもヒナちゃんと一緒ですから寂しくないです!」

「ちょっ……、コ、コタロー!」


 おっと。

 小太郎君、その発言はダイタン過ぎです。


 クラス中から、ひゅーひゅーと冷やかしの声が飛んで。

 雛ちゃんが、真っ赤になってしまいました。


「ご、ごめんねヒナちゃん! ボク、嬉しくて……」

「い、いいから。ちょっと黙れ」


 そうですね。

 小太郎君のフォロー。

 火に油。


「……穂咲。何とかなりませんか?」

「なんともならないの。それに、これを作るので忙しいの」

「……なんです、その真っ赤なてるてるさん」

「似顔絵」


 似顔絵って。

 ただ、頭部を真っ赤っかにしてるだけじゃないですか。


 でも。


「そっくり」

「照れてる坊主なの」

「坊主じゃなくて。雛ちゃんは小太郎君のお姫様なのです」


 俺たちのやり取りも。

 クラスの大騒ぎを焚きつけて。

 さらに冷やかしはヒートアップ。


「て、てめえらもひっかきまわすなよ! この……! テストで勝負って言ってたよな!」

「言ったの。勝負なの」

「覚えてろよ!? ギタギタにしてやるからな!」

「余裕で勝ってやるの」


 そんな捨て台詞を残して。

 穂咲が廊下に出て行ったので。


 俺は、『照れてるお姫』を小太郎君にあげてから。

 慌てて後を追いました。


「……余裕で勝つって。どの口が言いますか」

「余裕なの。向かうところ、敵なしなの」


 やれやれ。

 きっと、雛ちゃんの言う通り。

 ギタギタにされるのが落ちなのです。


 でも、これでいつもより。

 頑張って勉強するならそれも良し。


「一生懸命勉強するのです。……で? どうやって勝つの? ロードマップは?」

「なにそれ? そんなの無いの」

「……え?」

「向かうところ、道なしなの」


 なるほど。

 点数で上回ったとしても。

 君は道なき道を歩いて。

 ギタギタになって倒れるのですね。


「……雛ちゃんの勝ち」

「それはそれで、あたしは嬉しいの」

「ん? ……ああ、そうか。そうですよね」


 楽しそうに廊下を歩く、穂咲の笑顔は。

 フェルトのてるてる坊主を作っている時とまったく同じ。


 やっぱり、学校のお昼休みは。

 誰もが笑顔になる時間なのでした。


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