ヒメユリのせい


 ~ 七月三日(水)

 緑=アオダイショウ 黄色=ひよこ ~


 ヒメユリの花言葉 強いから美しい



 昨日は丸一日。

 自前のゴーヤーで蹴飛ばしてくるほど怒ってましたが。


 一晩寝ると、この通り。

 すっかり機嫌が戻る、呆れた鶏の記憶力。

 そんなこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は江戸時代のお姫様風に結い上げて。

 そこに、ヒメユリを一輪活けて。

 なにやら朝から気取っているのです。


 そんなお姫様曰く。


「常に勝者だから、このように美しいの」


 ……なるほど。

 納得です。


 これには深く頷くより他に術を持ちません。



 雛ちゃんに負けてばっかりだから。

 そんなちんちくりんなのですね。



 と、いう事で。

 今日こそは勝利をその手に掴んで。

 強さゆえの美しさというものを。

 この子から、ちょっと分けてもらいなさい。



「なあ、昨日言ったよな。なんで毎日毎日つっかかって来るんだよ……」

「勝負なの」

「だから、勉強させてくれよ頼むから」

「そう思ったから、勉強させたげるの」


 ええ、そうですね。

 なにも間違ってはいません。


 ここは、勉強するところ。

 俺たちの教室ですし。


 しかも今は勉強する時間。

 つまり授業中ですし。


「すべてが間違ってる……」

「まあまあ。こいつに絡まれておきながら、この程度の被害で済んでいる事は奇跡ですので。むしろ喜んでください」

「アンタも被害を被っているようだが?」

「こんなの、被害の内に入りません」


 俺の席に、雛ちゃんが座らされているということは。

 俺が立っているのは当たり前ですし。


 さらに俺にとって立たされるということは。

 被害でもなんでもないのです。


「さあ! そんな事より勉強で勝負なの!」

「だから。勉強の邪魔してんのは、アンタなんだって。……またそれ?」

「ルーレット! スタート!」


 今日も取り出すダンボール。

 緑と黄色で。

 なにが勉強になるのやら。


 でも、そんな疑問が一瞬で吹き飛びます。


 首をひねる俺の目に飛び込んできたのは。

 衝撃的な結果だったのです。


 緑=アオダイショウ。

 黄色=ひよこ。


「たった二秒で黄色が消える大奇術!」

「探してくるの」

「無理ですし嫌ですよ! それに、君が探してるの、緑の中に黄色が見える光景ですよね?」

「緑の中に……、黄色……」


 なにやらお腹をさすってますけど。

 そういう事です。


「黄色! 見えなくなっちゃいます!」

「ホントなの!」

「……なあ。もう帰っていいか?」


 呆れ顔の雛ちゃんが。

 席を立とうとしたのですが。

 穂咲に腕を引っ張られて止められます。


「これはハズレなの。違うので勝負なの」

「アタシは勉強したいんだよ。へたすりゃ転校させられるんだからさ」

「だから、勉強で勝負なの」


 これには、さすがの雛ちゃんも。

 目がまん丸になりました。


「……お花先輩と?」

「そう」

「勉強で?」

「そう」


 一瞬笑いかけた雛ちゃんでしたが。

 その表情をすぐに硬くさせます。


 バカ丸出しの先輩とは言え。

 相手は三年生。


 勉強で勝てるかと問われれば。

 簡単に首肯するのは難しいでしょう。


「じゃあ、先生が問題出すの」

「え?」

「早くするの」

「そ、そうですね……」


 俺たちの、国語の先生は。

 穂咲に甘いと言いますか。

 穂咲に、いつもいいように使われます。


「じゃあ……、ことわざ慣用句の問題を出しますね? 括弧の中に動物の名前を書き込んで下さい」

「ふっふっふ、得意なヤツなの。今度こそギャフンと言わせるの」

「マジかよ……」


 そして先生が。

 黒板の左右に問題をかき込むと。


 鼻息荒く穂咲が立ち上がり。

 雛ちゃんは、おっかなびっくり黒板へ向かいます。


<加藤さん>

 1.(   )の道切り

 2.喪家の(   )

 3.商いは(   )の涎

 4.(   )を描きて足を添う

 5.下(   )評


<藍川さん>

 1.(   )ごっこ

 2.羊頭を懸けて(   )肉を売る

 3.九(   )の一毛

 4.(   )の道は(   )

 5.野次(   )


 ……ふむ。

 先生、なんてお茶目さん。


 ことわざ大好きな俺が。

 先生をちらりと見ると。


 それに気付いて、小さくピースサインなどしてますけど。

 可愛らしい方なのです。


 先生を挟んで両側。

 お互いに、相手の問題は見えていないようですが。


 どちらにも、同じ動物が入るとか。

 遊び心満載なのです。



 まあ。

 そんな遊び心も。


 こいつの面白解答には勝てませんけどね。


「…………雛ちゃんの圧勝」

「なんでなの!?」

「なんでって。四対ゼロなのです」


<加藤さん>

 1.( 鼬 )の道切り

 2.喪家の( 犬 )

 3.商いは( 牛 )の涎

 4.( 蛇 )を描きて足を添う

 5.下( 馬 )評


<藍川さん>

 1.( 鬼 )ごっこ

 2.羊頭を懸けて(特売 )肉を売る

 3.九( 州 )の一毛  さん

 4.(秋山 )の道は( 久 )

 5.野次(喜多 )


 そしてお互いの解答を確認すると。

 雛ちゃんが頭を抱えます。


「心配して損した。やっぱバカだったのか、あんた」

「酷いの! えこひいきなの! あたしの方が勝ってるの!」

「うるさいのです。そもそも動物を入れろって言ってるのに、ひとつも動物じゃないとかどうなっているのです?」

「全部動物なの! ……あ。二番はまちがったの」


 そうですね。

 羊の頭で客寄せしておいて。

 特売したら意味がない。


 あと、言われてみれば。

 確かに全部生き物の名前になっていなくはないのですけど。


「……ほぼ人名ですね。ある意味天才」

「そうなの! 天才なの! 道久君が雛ちゃんのセクシーあんよに惑わされてミスジャッジするのが悪いの!」


 ああうるさい。

 呆れ果てて、穂咲の戯言を無視していると。


 真剣な表情で。

 雛ちゃんが聞いてきました。


「……四点? なあおっさん。どれが間違いなんだ?」

「犬の字が違います。けものへんの方で書くのが正解なのです」


 俺の言葉に頷いて。

 先生が、『狗』と黒板に書くと。


 雛ちゃんはシャギーの髪を左右に振って。


「アンタ、学年最下位だって話だったよな?」

「脱出しましたけどね。でも、水平線ギリギリなのです」

「こうしちゃいられねえ。勉強しねえと!」


 そしてヤバいヤバいと呟きながら。

 雛ちゃんは、教室から飛び出して行ったのでした。


 ……なんというか、不本意ながら。

 俺のおかげでやる気が出て。


 良かったような。

 へこむような。


 そんな複雑男心でいた俺に。

 未だぷんすこと怒る穂咲がギャーギャーとクレームを付けるのです。


「審査員を変えて再戦なの! 今度はテストの点で勝負なの!」

「勝てるはず無いのです」

「勝てるかどうかじゃないの! 勝つの!」

「勝てるかどうかじゃないですか。……じゃあ試しに、問題です」

「どんとこいなの」


 困り顔の先生に。

 手にしたチョークを押しつけて。

 偉そうに腕組みなどする穂咲ですが。


 こう負けっぱなしだと。

 勉強しなくなっちゃうかもしれませんね。


 ここはひとつ。

 簡単な問題で、正解させてあげて。

 調子に乗らせてあげましょう。


「……ヘビににらまれた?」

「なに言ってるの? 問題が間違ってるの」

「は?」


 意味の分からないことを言いながら。

 穂咲はのこのこと席に戻って。

 ルーレットを両手に掲げます。


「アオダイショウに食べられたヒヨコなの」

「勝者、雛ちゃん」


 君は予選敗退です。

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