グラジオラスのせい
~ 七月二日(火)
緑=ゴーヤー 黄色=玉子 ~
グラジオラスの花言葉 勝利
「リベンジマッチなの!」
「なあ、お花先輩。頼むから面倒なことは試験が終わってからにしてくれ」
「ひ、ひ、ヒナちゃん! ごめんね、ボクが勝手に引き受けちゃって……」
「ちょっとは断ることも覚えてよね、コタロー」
「う、うん……」
クラスの左前方。
窓に張り付けられた模造紙には。
『第一回 雛ちゃんとあたしで料理対決なのカップ杯』
なる、意味の分からない言葉が書かれていて。
お昼休みの決戦場には。
沢山の見物客がつめかけているのですが。
「横断幕、カップが二つあるのですけど。勢いに任せて書くからそうなるのです」
「ほんとなの。
「……俺は頭痛が痛いです」
この、複雑極まりない言葉を操るチャレンジャーは
軽い色に染めたゆるふわロング髪をコック帽に押し込んで。
そのてっぺんから、グラジオラスを生やしているのです。
そして対するチャンピオン、加藤雛ちゃん。
来週に迫った試験で学年トップを取らないと転校させられる。
そんな過酷な状況の中。
強引な先輩に無理やり連れてこられて。
怒る気力も失せたのか。
模造紙を見上げて、すっかりあきれ顔でチャレンジャーに文句を言います。
「今すぐ帰りてえ。なんだよこの横断幕」
「こないだ負けたリベンジマッチなの。今日は負けないの」
以前、鶏を焼いた料理で勝手に完敗して以来。
ことあるごとに雛ちゃんに勝負を挑む穂咲なのですが。
いつもいつも。
返り討ちという体たらく。
そんなチャレンジャーが。
俺からYシャツを奪い取ってぶわっとはおると。
マッドサイエンティストモードに変身しながら。
二つの段ボールの板を取り出します。
「お題食材はこのルーレットで決めようか、チャンピオン!」
「だれがチャンピオンだ。……好きにしてくれ。早いとこ勉強したい」
「ふっふっふ! 余裕ぶっこいていられるのも今の内なのだよ! では、公明正大にしてなんのインチキもないルーレットを回すぞ! そりゃ!」
そして教授が勢いよく回したルーレットの針が。
緑のルーレットは『ゴーヤー』。
黄色のルーレットは『玉子』と書かれたところに停止したのですが。
「なるほど。だから昨日の晩、ゴーヤチャンプルーの特訓をしていたのですね?」
しかし、教授。
それのどこが公明正大ですか。
緑の方は三枠。
『ツルレイシ』、『ニガウリ』、『ゴーヤー』。
黄色は四枠。
『玉子』、『鶏卵』、『エッグ』、『白身の王子に抱かれた黄身の姫』。
「酷いインチキ。あと、最後のは何です?」
「問答無用っ! この組み合わせでは、ゴーヤチャンプルー以外の選択肢などない! ゆえに、昨日まーくんから『現地のよかいける』と太鼓判を押されたあたしの腕前にひれ伏すことになるのだ!」
「すっかりへべれけでしたけどね、まーくん」
正確には。
『げんひのおか……、んまいっ!』
でしたし。
俺も雛ちゃん同様。
このインチキプロモーターにして面倒なチャレンジャーに。
文句を言う気も消え果てて。
嬉々としてゴーヤーに包丁を入れるその悪辣な姿を。
小太郎君と共に見つめます。
「……すいません。穂咲が迷惑かけて」
「そ、そんなこと無いですよ? だって、きっと勉強で疲れたヒナちゃんをリラックスさせようとしてやったことでしょうし」
「リラックス?」
「ええ」
「リラックスしている人が、舌打ちしながらお料理するでしょうか?」
「あ、あはは……」
小太郎君は。
なんとかいい方に考えようとしてくれますが。
無理ですって。
雛ちゃんの嫌そうな顔。
教授の意地の悪い笑い顔。
こんなのフォローしようもありません。
「ちなみに、教授の探し物、ゴーヤチャンプルーなのですか?」
「もしそうだとしたら、昨日の時点で正解だと言っているだろうに!」
「ごもっとも」
「よしできた! では審査員のロード君と小太郎君! 実食してみたまえ!」
そして、鰹節と島豆腐の香りが食欲をそそる。
教授特製チャンプルーが。
俺たちの前にでんと置かれます。
「やれやれ。それでは、昨日散々食べさせられた品をいただきますかね」
「い、い、いただきます……」
取り皿によそって、お皿を口に付けて一気にかき込むと。
玉子の甘みとゴーヤーの苦み。
それが絶妙の加減で食欲に火を付けます。
「うん、昨日のよか美味いのです。もう一皿」
「ボ、ボクもお代わり……」
「はっはっは! たーんと召し上がると良いのだよ! これを上回るチャンプルー、君に作れるか…………、ね?」
目を丸くさせて。
首をひねる教授の見つめるその先で。
お料理をしていた雛ちゃんですが。
自前のお弁当箱からご飯を取り出して。
そこに、揚げたゴーヤーを乗せているのです。
「……き、君は、何をやっているのだね?」
「何って。料理に決まってんだろ」
そして、穂咲が使ったスパムを厚めにスライスして。
フライパンで手早く玉子焼きを作ると。
「はい、できた」
揚げゴーヤーと。
玉子焼きアンドスパム。
俺たちの前に。
二種類のおにぎらずを並べたのでした。
「ま、ま、まさか、ゴーヤチャンプルー以外の料理を作るとは……」
「目を見開いて後ずさるのよしなさいよ教授。それ、負けフラグ」
「こ、こんなもの美味いわけが!」
もう、こてこての敗者セリフと共に。
勝手に俺たちのおにぎらずにむしゃぶりついた教授は。
右手の揚げゴーヤー。
左手のスパム玉子焼き。
交互に、くいしんぼスタイルでがっつくと。
膝を落としてうな垂れて。
頭から、コック帽をぽとりと落としたのでした。
「……勝者。雛ちゃん」
そして俺が勝敗を告げると。
ギャラリーの皆さんからは盛大な拍手が湧き起こり。
シャイな雛ちゃんは。
ほんのり赤い顔で。
そっぽを向いたのでした。
「……ひいきなの」
「え?」
自らの手で勝敗を表現したというのに。
この不条理チャレンジャーは。
がばっと立ち上がって俺に抗議します。
「えこひいきなの! 道久君は、雛ちゃんの細い足に夢中なの!」
「なに言い出しました!? ……雛ちゃんも、真に受けて足を手で隠さないで下さい! そんなことしたって、俺がちょいちょい気にしてる綺麗な引き締まった足はほとんど丸見え……、おっとこりゃいかん」
しまった。
つい、本音が口から飛び出してしまいました。
両手で口を押える俺に。
突き刺さる雛ちゃんの。
絶対零度の視線。
「この……、変態オヤジ!」
「ごひん!」
そして、彼女が手にしたゴーヤーで。
ノックアウトされたのでした。
「……やっぱえこひいきだったの。こんな勝負は無効なの」
「君も殴って来ると思っていたのですが。意外にも傍観してましたね」
「だって、叩こうにもゴーヤーがもう無かったの」
「そりゃ助かりました。でも、ゴーヤーならそこにあるのです」
「どこ?」
「適度に丸く太ったゴーヤーが、君の下半身に二本。あいた!」
……どうにも口が軽くなっていた俺は。
ゴーヤーで蹴られました。
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