「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 23冊目💡
如月 仁成
クレマチスのせい
~ 七月一日(月)
緑=緑茶 黄色=レモン ~
クレマチスの花言葉 創意工夫
さて、人間の欲というものは。
一つ叶うと。
次には、さらに大きなものを求めるそうで。
それと似たようなものでしょうか。
一つの問題に解決の糸口を見つけると。
すっかり忘れていた。
違う問題が頭をもたげます。
進路について光明が見えると。
代わりに視界に入って来たもの。
いつもの左隣。
机に腰かける女の子。
いつからか。
好きなのか嫌いなのか考えることをやめていた。
そんなお相手の名前は
でも、宙ぶらりんなままではいけないと。
ひょっとして好きだったりしたら。
後悔すると。
改めて。
ちゃんと考えようと決めてから。
早、半年とちょっとが過ぎました。
ちらりと横目に映るその姿。
軽い色に染めたゆるふわロング髪で作ったお団子に。
ぶすりと突き立つひと房のクレマチス。
頭の上に美しく。
薄紫の花弁を躍らせて。
その姿はまるで。
……まるで。
バカにしか見えません。
「これだから、基本的にシーソーがこっちに傾きっぱなしなのです」
「何のお話? 昔遊んだシーソー?」
「あれはシーソーじゃなくて。俺を浮かせっぱなしにする拷問です」
ため息をつく俺のシーソー。
既にめいっぱい倒れているというのに。
「見つかった?」
この一言が。
シーソーを垂直まで持ち上げてしまうのです。
「……君の、意味の分からない探し物? 見つかるわけ無いでしょうに」
緑色の中に黄色い物。
それを探せと言われましても。
今まで、数多くの奇跡を起こしてきた俺ですが。
こればっかりは無理だという自信があります。
だって。
「もう一度聞きますけど。俺は見たこと無いのですよね?」
「多分、パパと二人で見たの」
「じゃあ無理です」
そう言って、以降は無視を決め込んだ俺が。
教科書へ目を移したその瞬間。
しゃーーーーー
しゃーーーーー
お隣りから。
妙な音が聞こえて来ました。
「……なにしてるの?」
「役立たずの道久君に頼ってもしょうがないから、自分で工夫して探してみることにしたの」
そんな失礼なことを言う穂咲の手元。
二枚の段ボールの板が並んでいます。
緑色に塗られた円盤と。
黄色く塗られた円盤と。
それぞれに時計の針のような物が付いていて。
これを回した音だったようなのですが。
「ふむ。緑は『緑茶』んとこで針が止まったの」
ルーレット?
ははあ、なるほど。
創意工夫して探すためにそんなものを作ったのですか。
……いやいや。
「君、探すって言ってたよね、昔見た何かを」
「だからやってるの」
「やってません」
探していませんし。
仮に真剣だったとしても。
運任せにもほどがある。
しかも。
「……俺の目には、黄色の矢印がおかしなところで止まっているように見えるのですが」
「おかしくないの。ザ・黄色代表って感じなの」
「円盤を胸元に掲げなくても見えてますし、そいつが黄色代表なことに文句はありません」
「じゃあ、なんなの?」
口をとがらせて。
クレームを付ける俺に怒っているようですが。
「その、緑のレモンティー飲むの、君ですよね」
「……早速作るの」
「俺は飲まないからね!? そもそも、俺がレモン苦手なの知ってるでしょうに」
ごそごそとリュックをあさって。
コンロと片手鍋など出していますが。
「やめなさいな。紅茶じゃないんですから、きっと美味しくない」
「台湾じゃ普通だって聞くの」
「日本じゃ普通じゃないのです!」
「そこ! やかましいぞ!」
さすがに声が大きくなり過ぎたようで。
先生にバレてしまったのですが。
いつもは、なぜか俺が叱られるところ。
珍しく穂咲に雷が落ちます。
「何をする気だお前は!」
「道久君に、お茶を淹れようと思ったの」
「授業中にコンロで沸かそうとするやつがあるか。すぐしまえ」
頭ごなしに叱られて。
しょんぼりとする穂咲ですが。
こいつはただで転びません。
「じゃあ、だれか、お茶恵んで欲しいの。道久君に」
「そこまでして飲ませたいの?」
「あはは……。私の紅茶でいい?」
「良くないの。紅茶を緑色にして出直してくるの」
「どうあっても緑茶に入れたいのですね、レモン」
せっかく神尾さんが丸く収まりそうな提案をしてくれたのに。
こいつはばっさりと切り捨てます。
「では、僕のグリーンティーで良ければシェアして差し上げましょうか?」
「さすが岸谷君なの。じゃあ、紙コップに半分くらい頂戴なの」
そして、むっとしたままの先生が見つめる中。
こいつは紙コップを岸谷君に渡すなり。
自分は包丁とまな板を机に並べて。
レモンをざくざくスライスしていくのです。
あまりの手際に。
文句を言いかけていた先生も、言葉を飲み込んでしまい。
穂咲はその間に岸谷君のお茶が入った紙コップへ。
スライスしたレモンを投入すると。
さらに、コップの縁に。
輪切りのレモンをぶすぶすと挿し始めたのです。
「ちょっと。黄色は緑の中だけにいればいいでしょうが」
「人生には、遊び心が必要なの」
「君のは、道久もてあそび心です。それは人生にいらないやつです」
文句を言ってはみたものの。
こいつが聞き入れるはずもなく。
とうとう紙コップは。
俺の目の前に置かれました。
「……可愛いコックさんの帽子みたいになっちゃってます」
「十二個挿したけど、もっと欲しい?」
「いりません。苦手だと言ってるでしょうに。……そもそもこれ、どこから口を付けろと?」
「三時の方向が、ちっと空いてるの」
……好きなのか嫌いなのか。
考えることを一度やめて。
そして再び考え始めた女の子。
今日の所は。
考えるまでも無いのです。
そして。
聞くまでも無いのですが。
「一応確認です。これは君の探し物でしたか?」
「ハズレなの」
まあ。
当たり前ですね。
それにしても。
授業を停止させてのこの騒ぎ。
許してもらえるはずも無し。
俺は派手な紙コップを片手に。
廊下へ行こうとして、立ち上がったのですが。
「ああ、別に立ってなくていい。テスト前だからな」
なんと。
雨でも降りそうなことを言い出した先生なのです。
……いや、逆か。
今、雨が降っているからこんなことを言ったのでしょうか?
とは言え感謝です。
俺は頭を下げて、席へついたのですが。
「ただし。そいつを飲み干したらという条件付きだ」
「……ほんと珍しい。先生が悪ふざけに加担するなんて」
穂咲と先生。
ニヤニヤ顔で俺を挟みますが。
オセロルールは適用されず。
俺だけむすっとします。
でも。
こんなの、小学生の頃から高一まで。
穂咲のゲテモノ目玉焼きで慣れていますので。
「余裕です」
縁に挿してあるレモンをどけて。
くいっと煽ります。
……ふむ。
口に慣れていないので、多少、目が白黒しましたが。
慣れると普通に感じるのかも。
「何をしている」
「へ?」
「俺はそれを全部飲み干せと言ったんだ」
そんなことを言う先生の指差す先には。
俺が外したレモンの輪切り。
……レモン一個分くらいあるよ?
これを皮ごと???
どちらが得か、しばらく考えた後。
俺は、廊下へ向かいました。
ただ。
まだ、この時の俺は。
お昼ご班の目玉焼きに
そいつらが全部乗ってくることを知りませんでした。
……苦手だって言ってるでしょうが。
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