永遠の半分・祈り・それでも僕は

「おお神よ、どうか僕の願いを叶えてください」


 苦しい時の神頼み、とはよく言ったものだ。

 医師から余命一年を宣告されてしまった僕は、これまで信仰はおろか存在すら信じていなかった神に祈りを捧げた。


「呼んだか」


 病室のベッドの上、両手を合わせ目を瞑り祈りを捧げていた僕の頭上から、ふと声がする。あまりに唐突のことに驚いて、目を見開いて顔を上げる。窓の外に見えていたはずの月が、ひとりの人物に遮られて見えなくなってしまっている。


 そこには、白装束のようなものを身に纏い、まるで大木から削り出したみたいな杖を手にした、えらく髭の長い老人が立っていた。


「あ、あなたはもしかして」

「お前が呼んだだろう。儂が神じゃ」


 童話やアニメなんかで見るような、いかにも『神』のような風貌をした男が、不思議そうな顔をしてベッドで横たわる僕を見下ろしていた。


「気まぐれに人間界を見下ろしていたらな、なにやら神妙な面持ちで儂に祈りを捧げる若者がおるではないか。そんなわけで、こうしてお前の願いを叶えにやってきたのだ」

「ああ、なんてことだ。こんなことがあるだなんて」


 僕は動かせない体の代わりに、目一杯表情を動かしてみる。

 現実のことにはまるで思えないが、とにかく神が願いを叶えてくれるというのだ。縋らない手はない。


「神様、聞いてください。僕はまだ十八歳になったばかりの高校生です。これから楽しいことや嬉しいことが待ち受けているというのに、医師から余命一年を宣告されてしまいました。どうか、私の病気を治し、命を長らえさせてはくれないでしょうか」


 僕は必死の思いで、神にそう伝える。神もうんうんと頷きながら、僕の言葉に耳を傾けていた。


「なるほど、わかった。ではお前に、『永遠の半分の命』をやろう」


 僕としては普通に病気を治してくれればよいだけなのだが、神はそんな提案をしてきた。しかし、いまいちピンとこない『永遠の半分の命』という言葉に、思わず僕は聞き返してしまう。


「永遠の……『半分』の命、ですか?」

「そうだ」


 漫画やアニメなんかで、『永遠の命』という単語はよく耳にする。不死の呪いをかけられて永遠の命を得てしまっただとか、永遠の命を手にするために旅をする、だとか。


 だがしかし、『永遠の半分の命』とはどういうことだろう。僕のその疑問に答えるように、神は続けた。


「儂の力は、人間にとってはあまりに強すぎるのだ。人間とって儂の力は、半分呪いのようなものに近い。病気を治そうとすれば、お前をほとんど不死の状態にしてしまうだろう。かといって永遠の命を与えようとすると、あまりの強烈さにお前の体は耐えきれず朽ちてしまう。なんとか力を抑えて、『永遠の半分の命』としてしまうのが精一杯だ」


 過ぎたるは猶及ばざるが如し、と言った感じだろうか。神ほどの強大な力は、人間にとっては毒なのかもしれない。


「なるほど、わかりました。ちなみに、永遠とはどのくらいですか?」

「儂はこの地球に寄り添い、この地球と共に生きる存在――地球の意志とも言っていい。だから永遠とは、地球が終わるまでだ。地球の寿命は、おおよそあと50億年。つまり『永遠の半分の命』とは、約25億年といったところか」


 僕はそれを聞いて、あまりのスケールに少々眩暈がしてしまう。25億年、そんな途方もなく想像もできない年数を、僕は生きねばならないという。


「さあどうする。このまま一年で死ぬか、それとも永遠の半分である25億年を生きるか。選ぶがよい」


 正直なところ、非常に迷った。数えることすら億劫になりそうな年月を生き続けなければならないのならば、いっそ死んでしまったほうがいいのではないかと。


「お願いします。永遠の半分の命を、僕にください」


 それでも僕は、生きることを選んだ。


「いいのか、辛い選択かもしれんぞ」

「普通の人とは異なる時の感覚で生きねばらならないのは、それは辛いでしょう。悲しいことも辛いことも、人の数億倍経験しなければならない。親しい人ができても、その人たちは僕の数億分の一しか生きられない。それでも僕は――生きたい」


 悲しいことや辛いことを数億倍経験しなければならないが、きっと楽しいことや嬉しいことも数億倍あるはずだ。長い年月を生きねばならないのは博打に近いが、死んでしまっては終わりだ。


「わかった。お前の覚悟、しかと受け取ったぞ」


 僕の本気を感じ取ったのだろう、神は大きく頷くと僕の額にゆっくりと手を当てた。そこから柔らかく暖かい光が発せられ、僕の体を包み込んだ。

 するとどうだろう、僕の体は今まで嘘のように軽くなり、四肢を動かせるようにまでなった。常に僕の中に渦巻いていた倦怠感もなくなり、健康だった頃そのものの体調へ戻っている。


「体が動く! 気分が軽い!」

「お前の病は完全に取り去った。これからお前は、地球が滅ぶまでの期間の半分――『永遠の半分』を生きることになる」


 これから僕を様々な困難や苦労が待ち受けているだろうが、今はそれよりも体が自由に動く幸福で一杯だった。永遠の半分の命については、まあこれから追々考えていけばよい。


「ありがとうございました、神様」

「儂は地球が滅ぶその時まで、地球とともにある。その半分だけでも気持ちを共有できる人間ができて、正直嬉しいぞ。それではさらばだ」


 神は、これまできっと孤独に数十億年この星を見続けていたのだろう。最後に本心をポロリと漏らした神は、どこか満足そうな顔をして、すぅと空気の中へ溶けていくように消え去った。


「さて、これからのことを考えないとな」


 僕は数時間ほど歓喜していたが、次第に落ち着きを取り戻していった。これから僕は、およそ25億年もの年月を生きねばならない。


 自分に子供ができたとして、子供や孫、その孫、そのまた孫の方が早く死んでしまうのだ。ならば僕は、所帯も持つべきではないのかもしれない。そもそも、ずっとこの姿で数十年も生きていれば、誰もが違和感を持つはずだ。とすれば、同じ土地に長くは留まれないだろう。


 などと色々なことを考えているうちに、丸々一日が経過してしまった。とりあえずは病気のフリを続けてベッドの上に横たわりながら思案に耽っていたが、窓の外ではまた月が見えてしまっている。


「もう夜か。どうしよう、まずはこの病気が奇跡的に治ったことにして――」


 その時、突如として締め付けるような痛みが、僕の胸を襲った。心臓を鷲掴みにされたかのような、鈍く深い痛み。思わず胸を抑え込むが、その痛みは治まるどころか激しさを増していった。


「カッ――、ハッ――」


 呼吸は乱れ、しだいに息ができなくなってしまっていた。意識が遠のき、視界が歪んでいくのがわかる。それはまるで、息絶える直前のようにすら思える。


 なんだ、どうして。

 僕の病は治ったはずだ。

 永遠の半分の命を、僕は得たはずなのに。


 あの神がいい加減な仕事をしたとは、到底思えない。実際に僕の体は先ほどまで健康体そのものだったのだ。


「アア――」


 薄れゆく意識の中で、考えられる可能性がひとつだけ思い浮かぶ。

 神が言っていたことがすべて真実であるとすれば、これ以外に考えられない。


 神は言っていた。僕に『永遠の半分の命』を与えたと。そして『永遠』とは、『地球が終わるまで』だと。


 『永遠の半分』であるはずの命が、一日で尽きたのであれば――

 


「神よ――」



 永遠は、地球が終わるのは、明日だ。

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