綴る・クッキー・置き去り

 2020年は、記念すべき『タイムマシン元年』となった。

 長年の歳月を費やして時空間を転移する理論を構築し、ついに時を超える夢の機械――タイムマシンが完成したのだ。これまで海や空、宇宙に行けるようになった人類だが、とうとう時間を超えるようにまで躍進した。


「ここが昔の日本、感動だ」


 小さな飛行船のような形をしたタイムマシンに乗り込み、私は約500年前の日本へとやってきていた。政府が秘密裏に開発していたタイムマシンのテストパイロットとして、私が選ばれたのだ。 数日前とか数ヶ月前、数年前へのタイムスリップには成功したので、今度は数百年という時を超えるテストとなったのである。


 やってきたのは、いわゆる戦国時代だ。

 わざわざそんな物騒な時に行かなくてもいいだろうと周囲からは猛反対されたのだが、私はそれを押し切ってやってきた。歴史好き、とくに戦国武将好きな私は、どうしてもこの時代を自らの目で見てみたかったのだ。


「この時代の暮らし、人々の風貌……想像していたものと全く同じだ!」


 人影のない森の中へタイムマシンを止め、城下町へと歩を進めると、そこには私が待ち侘びた風景が広がっていた。尊大かつ厳かに佇む城、とおくに見える広大な湖、その眼下に広がる街並み、そこに行き交う人々。

 歴史好きであれば垂涎ものの光景と言えよう。私も興奮を隠せない。


「いけない。ちゃんとメモを取らなければ」


 タイムトラベルに際して、きちんと目的通りの時間・座標へ辿り着けたか、問題はなかったか等、現代に帰ってから報告する義務がある。それに加えて今回は、無理を通して戦国時代へとやってきたので、見聞きしてきたものを報告書としてまとめ、歴史を研究している機関に資料として提出する必要があるのだ。


 紙とペンを取り出して文字を綴る私を、行き交う人々は怪訝そうに眺めている。それもそうだろう、見たこともない服を着た人物が、見たこともない筆記用具でなにやらを綴っているのだ。不審に思わないはずがない。


 けれども私はそれも気にならないくらい、辺りの風景や人々の様子について綴ることに夢中になっていた。


「そこの者! 何をしておる!」


 だから、いつの間にか人々に囲まれていることに気が付かなかった。

 しかもだ。私を囲む者たちは、腰に刀を携えて、その刃を私に向けている。しまった――そう思った時にはもう遅い。


「面妖な衣を纏った者、この国の者ではないな」

「なんだ、見たこともないものを持っているぞ」

「特殊な武器かも知れん。気を付けられよ」


 刀をこちらへ向ける人々は、じわりじわりとこちらへにじり寄ってくる。ただならぬ風貌と所持品の私を警戒して、今にも斬り付けてきそうな雰囲気だ。

 これはいけない。ここで切り伏せられても困る、なんとか弁明をしなければ。


「ま、待ってください! 私は――」

「面妖な風貌の人間を見つけたらひっ捕らえて連れてこいと、殿からの命だ。そこの者、着いてきてもらおう」


 弁明をする暇もなく、私はずるずると彼らに引きずられていく。ここで切り伏せられなかったのは不幸中の幸いだが、彼らは何と言ったのだ。聞き間違いでなければ、殿のところへ連れていくと言っていたはずだ。


 これは、ラッキーなのかアンラッキーなのか。

 歴史好きとしてはその殿とかいう人物に会えることはたまらなく嬉しいことであるが、その後に私がどうなるかを想像すると、身がすくむ。気に入らないと言われてしまえば、その場で即座に切られるであろう。


 ただ、『未来から来た』だなんて世迷言も、もしかしたら彼であれば信じてくれるかもしれない。そんな僅かな期待も感じてしまう。



「の、信長様!」



 琵琶湖の傍にそびえ立つ安土城、そこの城主――『尾張の大うつけ』である、織田信長であれば。


「信長様、面妖な格好をした男をひっ捕らえて参りました」

「うむ」


 首根っこを掴まれた状態から解放された私は、すぐさまに地に頭をつける。戦国武将好きであれば、戦国武将好きでなくても皆が知っている人物、織田信長が目の前にいる。


「信長様! 私は実は、未来から――」

「無礼者! お前如きが信長様に口を利くなど――」

「よい。お前たちは下がれ」


 切り伏せられてしまいたくはないと、なんとか弁明の言を口にしようとすると、私の首根っこを捕まえていた男がそれを静止しようとする。そして、それを更に信長が静止した。


「貴様、今『未来から来た』と言おうとしたな? それは真か。よい、言うてみよ」


 ゆっくりとこちらに信長が近づいてくるのを感じ、私は思わず顔を上げた。考えろ、言葉を選べ、さもなくば私の命はない。

 だが、これは僥倖だ。やはりうつけ者、何とか話を聞いてくれそうだ。


「は、はい! 私は今から約500年ほど前――2020年の日本からやってきました。実はつい最近、時間を超えるからくりが完成して、それを使って時間を超えてきたのです。信じていただけないとは思いますが、どうか信じていただきたい」


 早口でまくし立て、言い終わったところで私はもう一度頭を床へと擦り付けた。


「未来から来たとな。では、それを証明できるものはあるか?」


 信長は中腰になり、土下座する私の頭上からゆっくりと声をかける。やはりうつけ者、こんな世迷言にも聞く耳をもっていただけるとはありがたい。なんとか未来から来たことを証明しようと、私は懐をまさぐった。


 見つかったのは、先ほど綴っていたメモとペン、それと非常食用に持ってきていたクッキーだった。


「これは2020年の筆、『ボールペン』と言います。墨をつけなくても紙に文字を書くことができます。それとこれは西洋の菓子で、『クッキー』といいます。どちらもこの時代にはないものでしょう? これで未来からきた証明になりませんか?」


 懐から取り出したボールペンとクッキーを、恐る恐る信長に手渡す。


「ぼぉるぺん……? くっきぃ……?」


 それを受け取った信長は、眉間にしわを寄せて怪訝そうな顔でそれを見つめる。どちらも戦国時代にはない代物、戦国時代では作れないものだ。これでなんとか私が未来人だと信じてくれないだろうか。


「はあああああ……」


 私の思いとは裏腹に、信長は大きな溜息をついた。

 これは何の溜息なのだ。信長が考えていることがわからず、私は恐る恐る彼の次の言葉を待った。



「ボールペンにクッキーて、ガッカリもいいところだ。この間、2300年からやってきた人間は、土産に高性能ロボットを持ってきたぞ。その前にやってきた2500年から来た奴は、小型の宇宙船なんかを持ってきたし。それがお前、ボールペンとクッキーて……。お前、2020年から来たとか言っていたか。その時代は、まだ鉄道も自動車も地面を走っているのだろう? 文字を綴るにもまだペンと紙だし、とっととペーパーレス化せんか、前時代的にもほどがある。2020年というとあれか、こんな時なんて言うのだったかな……。マジ、マジ――」


「信長様、『マジ卍』です」


「おおそうじゃ、マジ卍だ。貴様ほんとマジ卍だぞ」


「ほんとほんと、ガッカリですな。マジ卍」

「マジ卍!」

「ハッハッハッ!」



 信長とその家臣たちは、『マジ卍』と言いながらそれはそれは楽しそうに笑う。現代の若者たちがよく使うという言葉だが、中年たる私にはその意味も使い方もわからない。


 まさか、500年も昔の人間たちに現代の知識で置き去りにされるとは――誰が想像できようか。




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