遺書・清廉・花束

「この手紙を読んでいるという頃には、私こと田中愛子はもうこの世にはいないでしょう。


何不自由なく育てられて、沢山の愛を両親に注がれて、私はここまで大きくなりました。この二十四年間、私は幸せでした。けれども、そんな幸せに育ってきた私こと田中愛子の人生も、ここで終わるのです。


小学生の時、一緒になって遊んでくれたお姉ちゃん。私は当時のことを思い出すと、今でも胸がいっぱいになります。お姉ちゃんは、今でも私の自慢のお姉ちゃんです。これからもどうか、私の自慢のお姉ちゃんでいてください。


中学生の時、授業参観に来てくれたお母さん。お母さんにいいところを見せたくて、張り切って手を挙げていたのを覚えています。そんな私を見て、お母さんはすっごく優しい笑顔を見せてくれました。これからも、優しいお母さんでいてください。


高校生の時、思春期だった私がキツくあたってしまったお父さん。お父さんの洗濯物と一緒にしないでとか、臭いから近づかないでとか、ひどいことを沢山言ってしまってごめんなさい。それでもお父さんは何一つ文句を言いませんでした。思春期で反抗期だったから素直に言葉にできなかったけど、ずっとお父さんのことが大好きです。私がいなくなっても、私の大好きなお父さんのままでいてください。


そして私は社会人になって、運命の人と出会いました。お父さんよりも大好きになった、私の初めての恋人です。誠実で、心が清らかで――まさに清廉といった彼を、私はすぐに大好きになりました。


私が機嫌が悪くてつい喧嘩口調になってしまっても、あなたは何も悪くないのに謝って、私をそっと抱きしめてくれました。嫌な女で本当にごめんなさい。けれど、やっぱりあなたは私の初恋の人で、私のはじめての恋人で、私の大好きな人です。こんな形でしか伝えられなくて、本当にごめんなさい。


改めて言わせてください。私は、本当に幸せでした。田中愛子という一人の女がいなくなっても、皆さんは優しいままでいてください。


今まで、本当にありがとう。

私は幸せ者です。


2020年6月4日 田中愛子」



「……それでは、新婦のお父様から、新婦の田中愛子さん――改め鈴木愛子さんへ花束の贈呈です。愛子さんのお父様、一言お願いいたします」



「……家族への感謝のメッセージだよな? 遺書かと思ったよ」

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