気球・トマト・カッター

「やったな、おい!」

「ああ、こんなに上手くいくとは思わなかったぜ」


 この男たちは、泥棒である。


 泥棒と言っても、これまで成功したためしがない。誕生パーティが開かれていて人が溢れかえった家で空き巣をしようとしてみたり、宝石店と間違えて子供向けのジュエリーショップに入ってしまったり、パチンコの換金所と間違えてプレハブ小屋に押し入ったりしたこともあった。


 どこか抜けた泥棒コンビだが、今までの汚名を返上すべく、今回は作戦を練りに練った。


「銀行強盗をするまではいい。問題は、そこからどうやって逃げるかだ」

「何をどうやったって足がつくもんな」

「どうやったって足がつくなら、『足がつかない』場所へ行けばいい」


 小太りの方の男は、上手いことを言ってやったという表情を浮かべた。

 それに続いて、痩せた方の男もにやりと笑ってみせる。


「足がつかない場所――そりゃあ、空だよな」


 二人は今、青空の中にいる。

 飛行機をジャックしたわけでも、ヘリを用意したわけでもない。泥棒史上初であろう、彼らは気球に乗って逃亡している。


「飛行機をジャックするなんてリスキーすぎる。ヘリを用意する金もない。となれば、一般人でも乗れるものを探すしかないよな」


 そこで彼らは、この街で開催されるバルーンフェスティバルとやらに目を付けた。年に一度開催されるこの祭は、地元の企業の広告が掲載された気球がいくつも空に昇るのだ。応募すれば、一般人でも乗ることができる。


「何万人も参加するってのは前情報で知っていたからな。木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中、ってね」


 県外からも多くの人間が訪れるこのイベントは、身を隠すにはもってこいだ。その人込みに紛れ、気球を一つ奪い取り、それに乗って逃亡を図ったのだ。


「うお、やっぱり空の中は寒いな」

「馬鹿野郎。こんなこともあろうかと上着も持ってきたじゃねえか」


 今回の彼らの計画は、これまでが嘘のように完璧であった。

 銀行でもあっさりと大金を盗むことに成功したし、気球もすんなり奪うことができた。防寒対策や食料も万全だ。あとはこのまま山奥にでも気球を降ろし、逃げおおせればよい。


「どんどん標高が上がっていくな」

「食料も金も多いからな、最初からバーナーの火力をマックスにしてやった」


 そう言って高笑いをする太った方の男は、ごうごうと音を立てて燃え盛るバーナーに目をやった。そしてしばしそれを眺めながら、固まっていた。


「……なあ、なぞなぞでもするか」

「なんだよこんな時に」

「こんな時だからだよ」


 ゆっくりと振り返った太った方の男の口から、思いもよらぬ言葉が発せられ、痩せた方の男は怪訝そうな顔をする。まあ確かにしばらくは暇であるし余興を楽しむのもいいかもしれないと、痩せた方の男はしぶしぶ頷いた。


「上から見ても下から見ても同じ野菜って、なーんだ?」


 太った方の男の言葉を、頭の中でしばし反芻する。そしてすぐに、その答えは思い浮かんだ。


「『トマト』だろ。上から読んでも下から読んでも『トマト』だからな。簡単すぎるわ、馬鹿にしないでくれよ」

「まあまあ。これは練習問題みたいなもんだ。次から少し難しくなるぞ」


 ふふん、と得意げな顔をする太った方の男をよそに、細い方の男は大きく溜息をついた。いい歳をしてなぞなぞだなんて何をしているんだろうと、馬鹿馬鹿しくなったからだ。


「最強の文房具を決めるために、トーナメントを行いました。優勝した文房具は何でしょう?」


 幼稚園児に出すようななぞなぞから一転、中々に難易度の高い問題がやってきた。うんうんと唸って数分考えたが、どうしても答えが出ず。細い方の男はギブアップの宣言をした。


「答えはカッターだ。勝ったー、ってな」


 散々頭を悩ませたが、あまりにもくだらない答えに思わずがくりと肩を落とす。なぞなぞとは往々にしてこのようなものかと、細い方の男は無理やりに自分を納得させた。


「じゃあ次の問題。空の上には、何があるでしょう?」


 そんな中、かなりシンプルかつ難しそうな問題が次にやってきた。


「宇宙とか天国とか、そういうのじゃないよな」

「なぞなぞだからな」


 空の上、いったい何が答えだというのか。

 今はまさに空の中にいるが、この無限に広がる青を眺めてみても、答えは思い浮かばなかった。


「ヒントくれよ」

「『空』、とゆっくりと声に出してみることだな。ちょっと音程を変えてみてもいいかもしれねえ」

「空。そら。ソ、ラ」


 太った方の男のヒントに従って何度も声に出してみるが、一向に答えは思い浮かばなかった。


「じゃあ、スペシャルヒントをやろう」


 答えが出そうにないとみて、太った方の男はそう言うと、『空』と呟き続ける痩せた方の男に背を向けて、太った方の男はバーナーのスイッチにそっと手をやった。



「バーナーの出力をマックスにしたはいいが、弱め方がわからん。このままいけば、『空の上』までいっちまうだろうな。そしたら、気球の皮はパリパリに凍り付いて切れちまうだろうな。それこそカッターで切られたみたいによ。そうなったら俺たちは、地面に真っ逆さまだ。潰れたトマトみたいな体になっちまうだろうな」



 空、そら。

 ソ、ラ。


 とんでもない告白をした太った男が絶望の表情を浮かべる一方で、痩せた方の男はそのスペシャルヒントからなぞなぞの答えを導き出した。


 間抜けな泥棒たちが向かう、『ソ・ラの上』にあるものとは――



「…………、か」



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