戦争・リンゴ・ゆがんだかけら
とある国の中心にある大きな広場に、突如として異質なものが降り立った。
お椀を伏せたような形状に、目が眩むメタリックなボディ、中の様子が窺えない小窓――皆が想像する未確認飛行物体、通称UFOとやらによく似た形である。
それが降り立ってからすぐ、機体よりも更に異質なものが中から飛び出てきた。体に節はなく、無数に伸びた触手のようなものの上にそのまま顔が乗っている。それはまるでタコのようであり、宇宙人に間違いなかった。
「この星の責任者を出せ!」
現れたタコ型宇宙人がそんな風に喚きたてるものだから、侵略者に違いないと人々は散り散りに逃げ出した。
その出来事はすぐに大統領の耳にも入った。この星の代表者ではないが、この国に降りてきてしまった以上、自分が出ていくしかない。大統領は自分にそう言い聞かせ、宇宙人のご機嫌取りのためにフルーツの盛り合わせを持参して、急いで広場へと向かった。
「これはこれは。地球へようこそ来てくださいました」
「お前が責任者か。私は観光にきたのではない。文句を言いに来たとともに、貴様らの敵意を確認しに来たのだ」
宇宙人を刺激しないようできるだけ腰を低く挨拶をしたものの、どうやらそんな小手先が通じるような状況ではなさそうだった。びたんびたん、と何度も触手を地面に打ち付けては、顔の半分くらいを占める巨大な瞳を見開いている。
「これは貴様らのものだな」
数ある触手の内からひとつを大統領の目の間に差し出す。その中には、何やらひどくゆがんだ、かけらのような物が握られていた。
「これは?」
「貴様らの宇宙船から降ってきたものだ。これが我々の宇宙船にぶつかり、あわや大惨事であった。これは貴様らからの敵対行為と見てよろしいな? そうとわかれば、すぐにでも星へ帰って戦争の準備をはじめよう」
その小さなゆがんだかけらは、いわゆる『宇宙ごみ』であるようだった。こんなに小さなものでも、宇宙空間では脅威になりうる。
問題はそこではない。彼らを脅かしたちいさなかけらが、宇宙規模の戦争を引き起こそうとしている。
「ま、待ってください。違います」
「言い訳無用、聞く耳持たぬ」
こんなことで戦争など引き起こされてはたまらない。どうにかして言い訳できないだろうかと、大統領は考えに考え抜いた。
これしかないと覚悟を決め、持参してきたフルーツの中から、リンゴをひとつ握りしめる。
「そうだ。ご挨拶がまだでしたね」
「挨拶などいらぬ」
「地球へようこそ異星の方!」
そう叫ぶと、大統領は宇宙人の顔面目掛けて、リンゴを思いきり投げつけた。
それは宇宙人の側頭部と思われる辺りに叩きつけられ、無残にも砕け散り、飛び散った果汁は顔面を濡らした。
「何をする! これは完全な敵対行為だ! 宣戦布告と見なす! 戦争を始めるぞ、首を洗って待っていろ!」
もちろん宇宙人は激昂するが、大統領は笑みを絶やさずこう言った。
「これは地球の挨拶なのです」
「挨拶だと、ふざけるな。他人にものを投げつける挨拶がどこにある」
気が気でない大統領は必死に心臓を押さえつけて、満面の笑みで宇宙人に語り掛ける。
「その昔地球は、貧しい星でありました。自分が生きるのに精一杯で、他者へ施しなどしない、心の冷たい者どもが生きていたのです。それから時が流れ、地球は豊かとなりました。他者へ何かを与えることのできる余裕を、ようやく得たのです。これから貧しくなったとしても、他者への施しを忘れぬようにと、他人に物を投げつける文化が根付いたのです」
途中までは胡散臭そうに聞いていた宇宙人も、次第に大統領の話に耳を傾け始めた。
「その小さなゆがんだかけらが貴方の船を壊してしまったことは、大変申し訳ありません。ですがこれも、挨拶だったのです。初めて見る宇宙船に施しをせんと、それを投げつけたのでしょう」
最後まで話を聞き終えた宇宙人はどうやら深く感動したようで、大きな目を糸のように細め、二つの触手を大統領へと伸ばした。握手だろうかと、大統領はそれを握る。
「素晴らしい。なんて慈しみのある文化なんだ。それも見ず知らずの我々の船にまで施しを。地球人は皆、優しさに満ちているのだな。私はとても感動した。どうか地球を案内してくれないか」
もちろん喜んでと返事をしたのち、大統領は即座に議員たちへ虚偽の文化を伝えた。それは人民にも広がり、『宇宙人は物を投げつけて歓迎するように』との命が下った。
「ようこそ異星の方!」
街を歩けば、ハンバーガーが宇宙人へ降り注いだ。
「遠いところからわざわざどうも!」
観光名所へ赴けば、お土産の類が宇宙人を直撃した。
「地球はいいところですよ!」
遊園地へ行けば、ポップコーンが飛んでくる。
それが地球流の挨拶だと信じてやまない宇宙人は、物を投げつけられてもニコニコと笑い、地球人たちに触手を何度も振った。歓迎されていると思ってくれていることを確信し、大統領はほっと胸をなでおろした。
「今日はありがとう。地球は素晴らしいところであった。船の修理費なども結構だ。この暖かい星の文化に触れられただけでも、釣りが出るというものよ」
一日かけて地球を満喫した宇宙人は、その顔をべとべとに汚されながらも最後まで笑みを絶やさず、星空の向こうへと消えていった。大統領の咄嗟の機転で、人類は宇宙戦争の戦火に巻き込まずに済んだのだ。彼は一躍、時の人となった。
その数週間後、宇宙人の襲来とは比べ物にならないほどの大事件が大統領の耳へと飛び込んできた。
「あと数時間で地球へ激突します! あまりのも急なことで、迎撃の用意もありません!」
突如として現れた天体が、地球へと激突するというのだ。
窓の外を見ると、太陽より一回り大きい赤い天体が確認できる。その大きさからも、地球へ激突するのは時間の問題であると思われた。
宇宙人の次は隕石かと、大統領は思わず頭を抱えてしまう。しかも、その衝突予測位置は、この国の官邸――つまり彼の職場であるという。
どうしてこうもとんでもない事件ばかり起こるのだと、大統領は思わず叫んでしまいそうになった。
「大統領。通信です」
「誰だこんな時に」
「どうやら、あの時の宇宙人のようです」
そんな中、かのタコ型宇宙人から通信が入ったという。藁にも縋る思いで、遠く銀河の果てにいる知人との通信を開始した。
『やあ大統領。この間はどうもありがとう。星に帰って地球の話をしたら、皆はそれはもう感動していたよ。誰もが口を揃えて、地球はなんて素晴らしい星なんだ、と言っていてね』
適当に相槌を打ちながら、危機的状況を打破してくれないかと相談するタイミングを窺う。
だが、宇宙人の次の言葉を聞いて、それは叶わぬことだと大統領は理解した。
『我が星はこれから、優しい星である地球と友好的な関係を築いていきたいと思っていてね。君たちもそう思っていてくれたら嬉しいよ。君たちの素晴らしい文化に敬意を表して、まずは我々も地球流に挨拶をしたいと思う。つい先日に我が星で収穫された最高級の果実を、地球に向かって投げつけた。そろそろ届くころじゃないかな』
愕然とした大統領は受話器を手放し、窓の外から空を仰ぎ見る。
煌めく天体は、赤く熟れたリンゴのように見えた。
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