時計・AI・傭兵

 今、銀河中は過去に類を見ない大戦の真っただ中だ。

 革新派と保守派の2大勢力が銀河の覇権を争い、日々多くの命を散らしている。双方、争いの理由などとうに忘れ、ただただどちらかが尽きるまでの消耗戦を続けているのだ。


『ご苦労様。敵機はもう周りに見当たらないわ』


 機内に本部からの通信が流れる。

 モニターを確認しても敵機は見当たらず、レーダーにも反応はない。どうやら本部の言う通り、敵はすべて殲滅したようだ。


「了解。10分で帰還する」


 索敵モードをオフにし、革新軍の母艦へと向かう。

 俺が革新軍の傭兵としてパイロットを始めてから、もう幾年が過ぎた。保守軍の機体を何機、保守軍の隊員を何人、葬ってきたかわからない。数えることもしてきていないし、数えようと思ったこともない。


 俺はただ報酬の為だけに戦う。俺の腕を買ってくれたのが、革新派の連中だったというだけ。この長き戦いの勝敗がつこうがつくまいが、どうでもいいことだ。


「お疲れ様。今日も素晴らしい活躍だったわ」

「そうかい」


 母艦へと帰還した俺は、ねぎらいの言葉も受け流し、そそくさと自室へと向かおうとする。


「ちょっと待って」


 それを、本部のお偉いさんが静止した。

 彼女は本部の中でも司令塔的な役割の人物で、俺たちの乗っている機体の整備に関してもかなりの権限を持っているらしい。軍の人間の言葉は基本無視することにしているのだが、機体の整備や改良に関しての話とあれば、彼女の言葉だけは無視することはできない。


「……今回は被弾もない。燃料の補給だけで事足りるだろう」

「それはわかっているわ。あなたの操縦はいつも完璧だもの」

「世辞はいい。用件はなんだ」

「実はね、革新軍の開発部隊が新しい軍事用のAIを完成させたみたいなの。それを機体に搭載すれば更なる戦果が期待できるわ」


 AI、学のない俺でも名前だけは聞いたことがある。様々なシチュエーションで最適な答えを導いてくれる、人工的な知能のようなもの、そんな風に俺は認識している。

 特に軍事用のAIは、索敵機能との連携を図り、周辺敵機の情報や対処法を瞬時にナビゲートしてくれると聞いたことがある。


「俺には小難しいことはわからん。学のない阿呆だからな。好きに搭載してくれ」

「さすが、話が早くて助かるわ。次の出撃までには使えるようにしておくわね」


 それから数日後。

 自室で昼寝をしていた俺を叩き起こしたのは、緊急出動を知らせるサイレンの音だった。


「状況は」

「母艦周辺を敵機が囲んでいる。こんなに接近されるまで気づかないだなんて……、きっと新型のステレス機だわ。AIの機能を確かめるいい機会だわ、すぐに出撃して頂戴」


 俺は小さく頷き、自機へと乗り込む。

 機体の外観に違いはないのは勿論、内装にもこれまでと違った点は見受けられない。


『システム起動。燃料、機体性能、すべて異常なし。システムオールグリーン。いつでも発進できます』


 機体の主電源を入れるやいなや、船内に機械音声が響き渡る。なるほど、これが新型のAIか。機体に搭載されている様々なシステムと連携し、その状況を伝えてくれるようだ。


『前方5km先に敵機確認。敵機の粒子砲充填を確認。合図と同時に回避してください』


 機体を発進させしばらく進むと、AIから警告音が響く。俺は言われるがまま、合図と同時に機体を急浮上させる。すると敵機から放たれたであろう粒子砲が、機体下部を掠めていった。


「へえ、こりゃすげえや」

『2時の方角に敵機複数確認。今の動きでこちらに気づいた模様。砲撃で対処をお願いいたします』


 敵機が複数いる。なるほど、よくわかった。

 だがこいつは今なんと言ったのだ。まるでわからない。

 そうこうしている内に、右斜め前方から砲撃。モロに機体に直撃し、耳をつんざくような爆発音が響いた。


『警告。左舷に着弾。ダメージ甚大。主砲には影響なし。敵機は6時の方向へ移動。次の攻撃の前に対処を』


 どうやら、攻撃に必要な主砲は無事だから次の攻撃が来る前にやっちまえ、とAIは言っているようだ。だが、敵機のいる方向がわからない。なんだこいつ、何を言っているんだ。


『警告。すぐさま攻撃態勢を』

「だから敵はどっちに行ったんだよ!」

『敵機、6時の方向に3機。攻撃を』


 なんだ、一体どっちに撃てばいいのだ。さっぱりわからない。こうなったら感覚だけで迎撃を、と思った矢先、またしても爆発音が響き、機体が大きく揺れる。


『警告。機体の損傷が甚大。すぐに帰還されたし。警告。敵機、10時の方向に確認。すぐさま回避を――』

「だからどこだよ!」

『10時の方向――』

『ちょっと、大丈夫!?』


 俺の機体が敵機のいい的になっているのを確認したのだろう、慌てた声をした本部の女から通信が入った。


「大丈夫じゃないね。さっきからこのAIが訳のわからないことを」


『そんな……、不良がないことは何度も確認したわ。敵機のいる方向にミスがあったの?』


「方向を教えてくれはするんだが、いかんせん6時だか12時の方向だのって。今時間が何の関係があるってんだ。索敵機能とアラーム機能がごっちゃになってるんじゃないか?」


 俺の皮肉に対して、本部の女は何も答えない。

 とうとう通信機能までイカレやがったか、そう考えていた矢先のこと。先ほどの緊迫した声とは打って変わって、ひどく低く、冷静な声の通信が機内に響き渡った。



『……あなた、時計は読める?』


「はあ、何言ってやがる。読めるわけねえだろ、数字もいまいち覚えてないのに。それが方角と何か関係あるってのかよ。いいからこのヘボAIを――」



 そう言ったと同時、敵の追撃が機体に直撃し、通信は途絶えた。

 機体は大きく揺れ、モニターには何も映らない。ほとんどの機器の電源が落ち、機内は闇に包まれた。こいつはもうダメだ、AIを使わずともわかる。


『システムブレークダウン。機能停止。航行は不可』


「お前だけは生きてたか……。なあ……、今のはどっちの方向から攻撃がきた?」


 すべてを諦めた俺の問いに、今まですべての質問に秒で回答していたAIがしばらく沈黙し、ばつの悪そうな声でこう答えた。



『3時の……、お箸を持つ方の手の、方向からです』



 なるほど。最近のAIは確かに優秀だ。

 空気を読む能力も兼ね備えているとは。

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