腕・泥棒・チームプレイ

 ガシャリ。


 ちょうど正午を回った頃だろうか。居間の方から何かが割れるような音が聞こえてきた。耳をつんざくような大きな音でないにしろ、私しかいないはずのこの家には似つかわしくない音だ。


『泥棒』、私の頭に浮かんだのはこの2文字だ。

 すぐさまナイフを懐に忍ばせて、忍び足で階段を下っていく。


「さて……、ちゃちゃっと終わらせますか」


 こっそりと居間をのぞき込むと、そこにいたのは見知らぬ男。男は窓の傍に佇んでおり、窓は円形に切り取られ鍵が開けられている。加えてその男は土足、手には真っ白な手袋がはめられている。十中八九、泥棒と見て間違いないだろう。


「動くなコソ泥。動けばナイフで刺す。両手を上げろ」


 男が私に背を向けたその瞬間、ゆっくりとに居間へ入った私は男の背中にナイフを突き立てた。


「嘘だろおい、この時間は誰もいないって――」

「喋るな。聞こえなかったのか、手を上げろ」

「わ、わかった」


 男は抵抗する様子もなく、首元に大量の汗をかきながら、大人しく両手を挙げる。私はすぐさま男の両手と両足に枷をかけ、身動きがとれないようにした。


「な、なんでこんなもの持ってるんだ」


 男は手枷をつけられた両手を動かしてみせる。カチャリカチャリと枷が音を立てて鳴り響く。枷の音にかき消されてしまうような、か細く震えた声で男はそう私に尋ねた。その表情は暗く、怯えているのが見て取れる。


「聞かない方がいいこともある」

「そ、そうか。なら聞かないでおく――」


 男がそう言った矢先、背後でゴトリと何かが落ちる音がした。

 私も男も、音のした方へ目をやる。すると、私たちの後方にあるふすまの下にはあるモノが転がっていた。


「ひいっ」


 それは、血にまみれた腕。

 爪にはしっかりとネイルがしてあり、腕も細い。女性のものだ。


「見られたか」

「あ、あんた、いったい」

「騒ぐな、殺すぞ」


 男が声にならない声をあげる。恐怖からだろうか、目の焦点が合っていない。息も荒く、体はガタガタと震えている。


「見られたから教えてやるよ。私は人殺しだ」

「た、助けてくれ。命だけは」

「そういえばお前、さっき『この時間は誰もいないって』と口走っていたな。協力者がいるのか」


 男の命乞いには答えず、私はそう尋ねた。すると男は私から視線を外し、もごもごと言い淀む。そこで手にしたナイフをちらつかせてやると、男はゆっくりと首を縦に振り、肯定の意を表した。


「情報屋みたいなやつがいるんだ。金と引き換えに、狙い目の家や時間を教えてくれる」

「最近のコソ泥もチームプレイというわけか」

「さっき行ってきた家は確かに情報屋の言う通り、家はもぬけの殻だった。簡単に盗めたよ。だけどこの家はあんたがいた。テキトーな情報を掴まされたってことだ、してやられたよ」


 しかもいたのが人殺しときた、なんてついてないんだ、と男は続けた。苦しそうな顔でガクリと顔を伏せてしまっている。なるほど、確かに男の傍らには大きな鞄が置いてある。どうやらここに来る前に一仕事終えてきたようだ。


「普通の人間なら警察に突き出すところだ。だが、わかるだろう。私も警察には来てほしくない側の人間なんだよ」


 私がそういうと、男は伏せていた顔をあげる。その顔色は、先ほどよりもさらに青ざめていた。顔を恐怖でゆがませ、歯をがちがちと震わせている。口封じに殺されると思っているのだろう。


「こ、殺すのか」

「私は1日に2人以上は殺さない主義でね。この女の処理にも時間もかかる。それに基本私のターゲットは若い女性だ」


 男の表情からは少しばかり恐怖が抜け、困惑の色が増していく。殺されはしない、なら俺はどうなるのだ、と言わんばかりの表情だ。


「私もこの趣味のせいで金欠でね。そこで、だ。その盗んできたものと、お前の財布を置いていけ。そうすれば見逃してやる」


 男はちらりと鞄に目をやるが、すぐさまこちらに視線を戻し、何度も首を上下に振った。命が助かるのだ、なんでもくれてやるといったところだろう。

 私は『下手な気を起こすなよ。私は格闘技の心得もある』と釘を刺し、男の手足についた枷を外してやる。もちろんやけくそで飛び掛かられても困るので、ナイフは手放さない。


「わかっていると思うが、警察になんて行くなよ」

「い、行くもんか。俺だってこれまで何度も盗みをやってきてるんだ。俺までパクられちまう」


 男からは、抵抗しようだとか反撃しようだとかという気は感じられない。こいつにも後ろめたいことがあるのだ、もちろん警察にも行かないだろう。それがわかったところで、私はナイフを突きつけたまま男を玄関へ誘導した。また窓から出ていかれると、誰かに見られるリスクがあるからだ。


「いいか。二度とこの近くはうろつくな。見かけたら今度は殺す」

「わ、わかった。絶対にしない。遠くへ行くことにするよ」

「懸命だ」


 私が顎で『行け』と合図すると、男は一目散に逃げ帰っていった。男が見えなくなったところで、私は居間へと戻る。

 ふうと一つ溜息をつくと、床に転がっている女の腕が目に留まった。私はひょいとそれを持ち上げる。


「最近のジョークグッズはやけにリアルで助かるな。シリコンでできたこんなおもちゃでも、遠目から馬鹿を騙すには十分だ」


 この女の腕は通販で購入した、いわゆるおもちゃだ。こいつに血糊をつけてやれば、そのリアルさはぐんと増す。遠目から見ている、しかもうろたえている状態の人間からしてみれば、本物にしか見えないだろう。


 ふすまも釣り糸で引っ張って開けただけなのだが、それも恐怖で心がいっぱいの人間の目には入ることはない。恐怖というのは視野を狭めてしまうものなのだ。


 腕のおもちゃを押し入れにしまっているところで、ズボンのポケットが震えた。どうやら携帯電話に着信がきたようだ。ちなみにこの携帯電話は、あるツテを使って購入した出所不明のプリペイド携帯である。

 刃先が引っ込むおもちゃのナイフをゴミ箱へ放り投げ、私はポケットから携帯電話を取り出し、通話ボタンを押した。



『おいどういうことだ。2件目のあの家、留守でもなんでもないじゃないか。いい加減な情報を掴ませやがって。しかもとんでもない奴が住んでるときた。おかげで盗んだブツまでパアだ、どうしてくれるんだよ。なんとか言えよ情報屋さんよ――』



 私は携帯電話を手放して、思いきり踏みつけた。

 粉々になった携帯電話から、もう声はしない。




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