行列・地獄・ストライキ

 いつからこの行列に並んでいたのか、まったく思い出せない。

 気づけばこの長蛇の列の最後尾にいた。薄暗さも相まって、先頭の姿は一切見えず、どこまで行列が続いているのかもわからない。


「おう兄ちゃん、気が付いたか」


 俺の前に並んでいる男が振り返り、声をかけてきた。

 はげた頭にしわだらけの顔、70代の老人といったところか。


「ここは?」

「ここは地獄だとさ。さっき誘導係の鬼が説明しにきたよ」


 地獄。鬼。聞きなれぬ単語が続いた。

 ボケた老人に付き合っている暇はない……、と一蹴すべきところだが、確かに周りの風景は地獄のイメージそのものだ。

 薄暗く、草木はなく、荒れた大地が続いている。遠くに目をやると、血の池のようなものさえ確認できた。


「なるほどな」

「えらく理解が早いな」

「ああ、まあな。記憶もはっきりとしてきてな。死ぬ間際のことも思い出してきた」


 先ほどまで頭の中がぼんやりとしていたが、時間が経つにつれて思考がクリアになってくる。

 そうだった。俺は死んだのだ。となれば、ここが地獄だというのもあっさりと受け入れることができた。


「じゃあ、あんたも地獄に落ちるべく落ちた、悪人ってわけだ」


 老人がケタケタと笑う。


「まあね」

「この行列は、閻魔大王様の審判を待つ、死にたてホヤホヤの悪人たちの列らしい」

「閻魔大王様の審判?」

「生前の罪の重さで、どの地獄に行くかを閻魔大王が決めるそうだ。比較的罪の軽い者は、鬼たちと一緒に雑務の刑。重罪人は血の池地獄や針山地獄……、といった具合だそうだ」


 まるでおとぎ話の世界だな、と思う。


「てな説明をさっき鬼たちにされたんだが……、あんたのところには来ないのか」

「鬼も鬼で、忙しいんじゃないか」


 ふと気づくと、数人の男女が俺の後ろに並んでいた。先ほどまでの俺と同様に、頭を抱え、周囲をきょろきょろと見渡している。新しい悪人なのだろう。

 すると、ドスドスと大きな足音をたてて、数人……いや数匹?とにかく鬼たちが彼らに近づいてきた。


『地獄へよくきたな悪人ども!』

『貴様らはこれから閻魔大王様の審判を受ける!』

『罪の重いものは、より過酷な地獄へと案内されるだろう!』

『グヘヘヘヘ!せいぜい震えて待つんだな!』


 うろたえる新しい罪人たちをよそに、鬼たちは地獄のガイダンスをはじめた。老人にも、こんな感じで地獄の説明をしたのだろう。

 しかし、鬼たちは何故俺には目もくれないのだろうか。老人も不思議そうに鬼の後ろ姿を眺めていたが、すぐに興味をなくしたようで、にやけた顔で俺を見つめている。


「ところで兄ちゃん、あんたは現世でどんな罪を犯したんだ?」

「罪?」

「ちなみに私は詐欺師でな、この年まで現役だったのよ」

「詐欺な。俺も日銭を稼ぐ程度にははたらいたよ」

「お、同業者かい」


 老人はこれまでにないくらいキラキラとした目をしている。


「詐欺だとな、鞭打ち地獄が妥当だそうだ。まあ鞭打ち地獄でも仲良くやろうや」

「いや、俺は鞭打ちではすまないだろうな」

「なんだ、他にも何かわりいことしたんか」


 悪いこと。心当たりはいくらでもあるが、どの罪がどの地獄へ行くのか、そもそもどのレベルからが地獄でいう『罪』なのか。老人は俺よりは地獄に詳しいようだし、とりあえず俺が自信をもって悪行だと思えることを列挙してみることにした。


「詐欺はもう何件やったか覚えてないな。少なくとも5社は会社を潰したし、壊した家庭は数えきれん」

「お、おお……。中々だな」

「薬はほとんどの種類をやったし、ほとんどの種類を売った。暴力団の抗争にも一枚どころじゃなく噛んでたな。子供は8人、若者は12人、老人は数えきれないくらい殺したよ」


 思い出せる限り、様々な罪を指を折って数えていく。

 折る指の数が増えるたびに、老人の顔から生気が失われていくのが見て取れた。仲間を見つけたと思ったら、とんだ化け物だった。そんな顔だ。


「もういい、もういい。もう話かけんでくれ」

「わかった」


 その後、老人が俺の方に振り返ることはなかった。俺に背を向けた際、『ろくな地獄に行かんなこいつは』と吐き捨てるように言ったきり、老人は口を開くこともなかった。


『……次』


 それから何時間経っただろうか。これも一種の刑なのでは、と思えるほどには待たされた。先ほどまで『グヘヘヘ!』と低い声で笑っていたはずの鬼だが、えらく低いテンションで、俺を閻魔大王の下へと引き連れた。


『……そこの者、己の犯した罪を述べよ』


 数メートルはあるであろう、巨大な男がそう俺に問いかけた。どうやらこいつが地獄の長、閻魔大王のようだ。おおよそ俺が想像していた閻魔大王と相違なかったので、俺はあまり驚きもしなかった。


「多すぎて述べきれねえよ」

『……だろうな』


 俺の前髪が持ち上がるほどの、大きなため息をつく閻魔大王。


『貴様の罪は列挙しきれない。お前のような悪人は初めてだ』

「そらどうも」

『……もうよい。さっさと審判に移ろう』


 心底呆れたような表情をして、閻魔大王はどこからか帳簿のようなものを取り出した。罪人たちの行先でもまとめたものだろうか。

 俺はどこに行くのだろう。血の池か、針山か、はたまた想像のつかない地獄だろうか。少なくとも、最悪な場所であることは確かだろう。


『審判、天国行き』


 しかし、俺に下された判決は、耳を疑うものだった。


「……聞き間違いか?」

『貴様は、天国行きだ』

「自分で言うのもなんだが、俺は天国とは程遠い人間だと思うのだが」

『それはそうだろう。本来ならば貴様は、最も過酷な鬼畜地獄行きだ』


 なんだその地獄は。

 いや、今重要なのはそこじゃない。なぜ俺が天国行きなのか。

 うろたえる俺をよそに、閻魔大王はこう続けた。


『だがな。こんな恐ろしい人間は受け入れられない、と鬼畜地獄担当の鬼たちがストライキを起こしたのだ。労働力が失われるのは非常に困る。仕方なく針地獄行きにしたが、それを聞いた針地獄担当の鬼たちもストライキを……。こうなってはお手上げだ。貴様は、地獄で面倒を見切れない。天国と相談して、向こうで面倒を見てもらうことになった』


 がくり、と俺の肩が落ちる音が聞こえた気がした。


『貴様がいる間は出勤しない、とスト続行中の鬼が多数だ。早いところ天国へと向かってほしい。案内の鬼に連れていってもらう手はずだったが、貴様の前の老人に思いの外時間を取られてな、もう定時を過ぎてしまった。今月は鬼たちの時間外労働が多く、もう残業はさせられないのだ。行き方は教えるから、自分で天国の方には向かってほしい』


 どうやら地獄でも、労働環境の改善が叫ばれているようだった。

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