三題噺チャンプルー

稀山 美波

取材・壺・ストレス

 私には芸術の素晴らしさが毛ほどもわからない。


 伝統芸能、現代アート、抽象画……、どれもこれも善し悪しを理解することが難しい。第一、芸術家とか職人とかっていうのは、どいつもこいつも偏屈なのだ。


「プロデューサー、密着ドキュメントですが、私に一任させていただけませんか」


 私の職業は、テレビ番組のスタッフだ。スタッフといっても、下っ端も下っ端で、取材や検証など使い走りが主な業務である。そんな使い走りの私が、半年後に放送を控えた特番の打ち合わせの中でこんな発言をするもんだから、周囲は大いにざわついた。


「なんだ随分と自信満々じゃないか」

「何かアテでもあるのか」


 特番は3時間。その中に、「密着!一流の流儀!」というコーナーがある。ベンチャー企業の社長であったり、世界を旅するバックパッカーであったり、プロ野球選手であったり……。そういった一流の人間に密着して、その様子を伝える、よくあるドキュメンタリーだ。


「壺職人の第一人者……、人間国宝の壺衛門をご存知ですね」

「そら、知らん人はいないだろう」

「壺衛門が、『すべての壺職人が唸る傑作がもうすぐ完成する』と言っているそうです」


 私がそう言うと、会議室はさらにざわついた。


「壺衛門の傑作だと……!?」

「人間国宝が……、そんな情報初耳だぞ」

「どこ情報なんだ!」


 人間国宝・壺衛門。本名も出生もすべてが謎に包まれた人物。

 ふざけた名前だが、彼の作る壺は一級品……だそうだ。一説によると、彼の作品には数百から数千万の値打ちがつくという。


「友人にその業界に明るい奴がいましてね、確かな情報です」

「しかし……壺衛門が取材を許すかね」


 ただ、やはり職人といったところか。壺衛門は、メディアでの露出を嫌い、作品の製作過程すら見せたがらないことで有名だ。


「私のメディア人生、すべてを賭けてでも取材を成功させます」


 だが、せっかく掴んだ貴重な情報だ。ここでツッパらなくては男が腐る。

 土下座しろと言うのなら間髪入れずにする。身の回りの世話をしろというのなら喜んでする。是が非でも取材の許可をもらい、ドキュメンタリーを成功させる。

 ここが私の転機となるのだ。何としてでも、成功を掴んでみせる。


「……わかった。お前に任せる。いい画を頼むぞ」


 プロデューサーの鶴の一声。私は大きく、ゆっくりと、頷いた。



 ◆



「違う!」


 老人はそう言うと、自らが焼いた壺を床に叩きつけた。

 ガシャン、と甲高い音が部屋中に響き渡り、しばしの静寂が訪れる。素人目にはよく焼けていたとしか思えなかった作品は、もう跡形もない。


「……違う。もう一度だ」

「先生、頑張ってください」


 壺衛門の住居は、北関東の山間にあった。住居は薄暗い木々に囲まれており、家の周りには街灯もない。がしかし、非常に空気は澄んでいる。避暑地にはもってこいといったところだろうか。

 壺衛門の風貌は、職人というよりも仙人に近かった。肩まで伸びた白髪、口元が隠れそうなほどの白髭、鋭い眼光。街中で遭遇したら、まず近づきたくない。


「……集中する。小生に話しかけないでいただきたい」

「わかりました」


 取材の交渉は、思いの外あっさりと成功した。取材はお断りしている、とはじめは突っぱねられたのだが、『すべての壺職人が唸る傑作』を密着取材したいと伝えたところ一転、すんなりと許可が下りた。『ほほうこの情報を持っているとはかなりの壺通、仕方がない許可しよう』ということなのだろうか。

 腑に落ちないところはあるが、まあいい。必ず傑作の作成成功の瞬間をカメラに収めてみせる。


「違う!!」


 ガシャリ。まるで巻き戻し映像のようだ。再び壺は粉々となった。

 やはり職人というのはどいつもこいつも偏屈な生き物だ。自分で作ったものを自分で壊すだなんて考えられない。第一、壺衛門が焼いた壺ならばそれだけで値打ちがつくはずだ。もったいない、壊す前にひとつ欲しい。


「……違う」


 壺衛門は、壺を壊した後に必ずもう一度、『違う』と噛みしめるように呟く。


「もう一度だ」

「……」


 壺衛門に密着取材をし始めて、すでに1か月。30日間、毎日同じ光景の繰り返しだ。壺を何個かまとめて作成し、窯に入れて焼き、窯に入れてあった壺を取り出して叩き割る。

 テレビ的進捗は、まるでない。『実にストイックな職人……納得のゆくまで壺を焼き続ける――』的なシーンのみしか撮影できていないと言えよう。


「違う!」

「……」

「……違う、もう一度」


 こうして。


「違う!!」

「………」

「……違う、もう一度」


 月日は流れ。


「違う!!!」

「…………」

「……違う、もう一度」


 私は壺の割れる音と、職人の怒号を聞き続け。


「ちがーーーう!!!」

「………………」

「……違う、もう一度」


 五か月の月日が流れた。

 職場からは『早くしろ』との催促の電話が鳴り続け、壺衛門は相変わらず壺を割り続け、私の心は壺の割れる乾いた音が響くたびに疲弊していった。

 もう、限界だ。一体こいつは何個壺を割れば気が済むのだ。納得のいく作品なんてできるのか。そもそも作品を大切にしない人間に大作が作れるはずがない。


「ん、これは……」


 そうだ。そうだとも。

 こんな奴に『すべての壺職人が唸る傑作』など作れるはずがないのだ。

 私の中で怒りが沸々とわいてきている最中、壺衛門は作品を持った手を頭上へと掲げていた。


「ちが――」

「いい加減にしろ!!」


 つい、言葉にしていた。


「何度も何度も!いつになったら完成するんだよ!自分の作品を大切にできない奴が傑作なんて作れるものかよ!」

「なんだ貴様、小生の傑作はまだこんなものではない!」

「だからなんだ、傑作になってないものは壊してもいいのかよ!」

「何も理解していないのだな貴様!」


 壺衛門はそう叫ぶやいなや、いつものように壺を床へと叩きつけた。


 カシャーン!


 私への怒りがこもったのだろうか、心なしかいつもよりも壺は甲高い音を響かせた。

 また作品を壊して何がしたいんだ、と私は詰め寄ろうとしたが、踏みとどまった。普段は壊れた作品に目もくれない壺衛門が、床に散らばった作品の残骸へと目をやっていたからだ。


「か、か――」


 その目は大きく見開かれ、体は大きく震えている。


「完成だ!」


 そしてその口からこぼれたのは、思いもよらぬ言葉だった。


「遂に完成した!小生の最高傑作だ!」

「な、何を言ってるんだ。あんたが今壊したじゃないか」


 うろたえる私に一瞥をくれて、壺衛門は心底わからないといった表情をしている。


「貴様こそ何を言っているんだ。私の傑作が何かわかっていて取材を申し込んだんじゃないのか」

「『すべての壺職人が唸る傑作』でしょう」

「それは間違いないが」


 壺衛門は、すうと一息吸って、こう言った。



「床に叩きつけて壊し、ストレスを解消するため壺だ。自分の作品を叩きつけるなんて良心が痛むからな、壊すためだけの壺とあれば、躊躇なく壊せるだろう。製作に行き詰った、すべての壺職人が唸る一品……、見事な音がしただろう。この美しい、すべてのストレスを吹き飛ばす音を奏でる壺を、私は求めていたのだ。しかし、こんな作品の取材なんて物好きがいたものだ、と思ったが――」



 それから後の言葉は、私の耳には入ってこなかった。


 もう一度言う。

 私には芸術の素晴らしさが毛ほどもわからない。

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