第5話 『魔弾』

 その日の放課後、二人は最寄りの駅である鳩羽町駅の前まで来た。わざわざ駅前に来るなんて、レイラは順一をどこへ連れて行く気なのだろうか。


「たしか、こっちの道だっけな」


 レイラが駅前の大きな商店街……とは逆の方向の道へと進む。順一は急いでついて行く。長いこと鳩羽町に住んでいるが、この道の方へは行ったことがない。

 しばらく歩いて行くと、レイラが足を止める。その場所は沢山の花で彩られたカフェだった。店の看板には『カフェ フローラ』と書かれている。扉にはcloseの札が掛けられていた。


「なあ、閉まってるみたいだぞ」


 順一の言葉を無視し、レイラはドアをノックする。すると、扉が開き中からサラサラとした綺麗な黒髪の女性が顔をのぞかせた。


「レイラ!久しぶり!さ、中に入って」


 そう言って黒髪の女性は店に入るよう促す。レイラがさっさと店に入っていったので、順一もすぐに入る。

 店の中は花や紅茶のいい香りがした。木目調の床や壁が色とりどりの花で彩られており、中々オシャレだった。


「あなたが順一くんね。レイラから話は聞いてるわ。適当なところに座ってて」

「え、えっと、あなたは?」

「クリスティーヌ・ポワン。ここの店主です」


 彼女はにこやかに微笑んだ。思わずドキッとしてしまう。そういえば、レイラとは知り合いのようだが、この人も魔術師なのだろうか。

 そんなことを考えながら店の手前の方の席に座る。レイラも同じ机の向かいの席に座った。


「レイラはジャスミンティーでしょ、順一くんは何か飲む?」

「えっと、じゃあコーヒーで。ミルクと砂糖少なめでお願いします」

「おっけー、ちょっと待ってて」


 クリスティーヌはカウンターで飲み物を入れている。カフェでコーヒーを飲むのは久しぶりだ。

 カウンター後ろ壁の方を見ると、棚には瓶詰めされた茶葉のようなものが多く、コーヒー豆の方が少なかった。この店は紅茶の方に力を入れてるのだろう。紅茶にしておけばよかったと少し後悔した。


「おまたせ!」

「ありがとう、お姉ちゃん!」

「ありがとうございます。……お姉ちゃん!?」

「私達、同じ孤児院で育ったから……」


 同じ孤児院ということは、やはりクリスティーヌもイミシアンの人のようだ。

 順一はコーヒーを一口啜る。コクがあり後味も爽やかで中々美味しかった。


「レイラ、俺をなんでここに連れてきたんだ?」

「まあ、同じ地区の魔術師と顔合わせしといた方がいいかなってのと、神器なしで使えるもう一つの魔法の特訓のためだよ」

「クリスティーヌさんも魔術師なんですか?」

「ええ。あともう一人この地域の魔術師がいるんだけど………。あ、噂をすれば」


 店の扉が開き、整った顔立ちの白い髪の少年が入ってくる。制服を見るに、近所の名門校『朱鷺ヶ丘ときがおか学園高校』の生徒だ。


「待たせたな、クリス」

「クリスティーヌさん、この人は?」

「緋々野 響ひびの ひびき、一等魔術師よ」


 響は軽く会釈をする。悪い人ではなさそうだ。彼は順一の隣に腰かけた。


「涼城順一です。よろしくお願いします緋々野さん」

「ああ。見たところ、君はかなりの魔力を有しているようだ。フッ、まさかな………」


 響は意味ありげに額に手を当てる。……どこかで会ったことがあったのだろうか?順一には全く心当たりが無かった。


「気にしないで、順一くん。彼、そういうお年頃だから……」

「バカを言うな、クリス。彼もまた古の対戦の同志だったかもしれないだろう?……いや待て、この強大なる魔力は、まさか!フッ……そんなはずはない。やつはこの手で葬ったはずだ」


 最初の好印象が一瞬にして消え去った。思いの外重症らしい。レイラの方を見ると、死んだ魚のような目をしていた。


「あ、そうだ。緋々野さんは何年生なんですか?」

「フッ……、それは『朱鷺ヶ丘学園高校の生徒』として何年学び舎に在籍しているか。という質問でいいのか?」

「逆にそれ以外どういう意味があるんだ」

「まあいい、答えよう。オレは2年だ」

「同い年じゃないか」


 どうやら同い年らしい。しかし、クリスティーヌも少し年上くらいだろうし、他の二人は同い年とは少し驚いた。もっと上の世代は居ないのだろうか。


「魔術師って若い人しかいないんですか?」

「まあね。昔はもっと上の人も居たんだけど、今はほとんどが10代20代くらいね」

「そうなんですか。てっきりもう少し年上のリーダーみたいな人が居るものかと」

「今はお姉ちゃんがこの地域のリーダーなんだ。昔は違う人だったみたいだけど殉職してしまって……」


 順一の質問のせいで暗い雰囲気になってしまった。このままでは気まずい、明るい話題を振らなくては


「クリスティーヌさんは花がお好きなんですか?」

「まあね。あと、クリスティーヌってちょっと長いでしょ?クリスでいいよ」

「クリスは神器の力も植物をコントロールするものだ。フッ……、無類の植物オタクだな」

「そうそう!お姉ちゃん、昔っからお花の水やり係は譲ってくんなかったよ!」

「む、昔の話でしょ!」


 クリスティーヌは顔を真っ赤にしていた。穏やかで冷静そうな雰囲気だが、意外と照れ屋なところもあるようだ。

 それにしても、神器の力が植物をコントロールする魔法ということは、この店の花も彼女の魔法によって成長したものだったりするのだろうか。

 そうだとしても、どの花も綺麗に咲いているし、魔法によって成長させても植物自体には特に害は無いのだろう。


「もう飲み終わったんだし、早くトレーニングを始めましょう!こっちに来て!」


 みんな飲み物を飲み終えていたのを知っていてか、クリスティーヌは慌てた様子で言った。彼女は店の奥の床の一角を外す。そこには下へと続く階段があった。

 下に降りるよう促され、階段を下る。しばらく下っていくと、広い部屋に出た。


「ここは、昔のこの地区のリーダーが作った訓練用の地下室。ここでなら思う存分魔法が使えるわ」

「わざわざここまで来たのって……」

「そう、次の教える魔法はここじゃないと何かを壊しちゃうかもしれないんだ」


 順一からすれば単なる殺風景な部屋にしか見えないが、魔法を使っても壊れない工夫が凝らしてあるのだろう。こんな部屋でトレーニングする必要があるとなると、ついに攻撃系の魔法を教えてもらえるのだろうか。


「これから教える魔法は『魔弾フォーミュレイ』、魔力の塊をぶつける攻撃魔法。神器の魔法に比べれば威力は低いけど、十分武器になりうる魔法よ」

「魔力の塊をぶつける?」

「ええ、そしてこれからは少し実戦を交えながらトレーニングしていこうと思ってるの。お姉ちゃん、お願い」

「うーん、あんまりこういう使い方したくないんだけどなぁ」


 クリスティーヌがポケットから小さな粒をいくつか取り出し、それを放り投げた。それから蔦のようなものが生え、絡み合い、人のような姿を形作った。小さな粒は植物の種だったようだ。


「これって…」

「私の魔法、『蔦人形オッドメンズ』。蔦植物であやつり人形を作る魔法よ」

「これから動き回る『蔦人形』を的に練習してもらうわ。もちろん『ライズ』を使ってもOK」


 蔦人形はくねくねと気味悪く動き回る。その動きは見た目から想像できないほど速い。順一はとりあえず『ライズ』を使う。全身が一気に軽く感じられた。


「『魔弾』は『ライズ』とは逆に魔力を一点に集中させるの。手のひら辺りに集めるのがやりやすいと思う」

「わかった。やってみる」


 順一は手のひらに意識を集中させる。右の手のひらに少しずつ魔力が集まっていく。いい調子だ。そのまま手のひらに魔力を集めていく。

 右手を見る。そこにはサッカーボールくらいの大きさの光り輝く魔力の球が出来ていた。


「だいぶ溜まったぞ!ここからどうすればいい?」

「あとは、投げるなり手から押し出すなりして相手にぶつけるだけよ!」

「いくぞ!『魔弾フォーミュレイ』!!」


『魔弾』を思い切り投げつける。蔦人形は間一髪で飛び上がり、避けた。『魔弾』はそのまま壁にぶつかり、爆発した。


「取り敢えず、『魔弾』を作ることは出来たね!」

「えっと、蔦人形がこんなに機敏に動いてて当たらんなくない?」

「当然だ。ただ真っ直ぐ投げるだけではな。『魔弾』は曲げることも出来る。このようにな……」


 響は即座に『魔弾』を作り出し、天井に放り投げた。


「おい!天井にぶつかるぞ!」


 しかし、『魔弾』は急激に進路を変え、床スレスレまで降下し、大きく右に曲がり、動き回っていた蔦人形を直撃した。

 蔦人形は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。蔦人形は起き上がり、また奇妙なくねくねとした動きを始めた。


「ここまで極端に曲げる必要はないが、あの人形に当たるなら工夫は必要だ」

「今の、どうやったんだ?」

「フッ……、自分で考えろ。こればかりは感覚がモノを言う。曲げようと意識すればそのうち曲がるようになる」

「そんな雑な!」


 その後、30回ほど試したが、まるで曲がる気配がない。響以外の二人に聞いても、曲げるためには感覚を掴む必要があると言われた。


 さらに試すこと20回。ほんの少しだけ曲がったような気がした。


 さらに20回。大きく軌道がズレ始める。少しずつ感覚が掴めてきた。『魔弾』を生み出せるペースも上がった。


 そしてさらに30回。フェイントを織り交ぜながら曲げることで何回か蔦人形に掠るようになってきた。曲げる感覚は完璧に掴めた。あとはもう一工夫するだけだ。


『魔弾』をトレーニングし始めてから計117回、もう魔力の球を作り出すのは一瞬で出来るようになっていた。


「そろそろ終わりにしない?」

「まだ行けます!」


 順一はふと閃く。今までは一つの『魔弾』で当てようとしてきた。だが、連続で撃てるとすればもっと簡単に当てられるかもしれない。

 今度は両手に魔力の球を作り出し、蔦人形に投げつける。間髪入れずに連続で4個の球を投げる。6つの球を制御し、囲い込む様にして蔦人形を狙う。

 おそらく上に飛んで避けるだろう。

 順一は思い切り床を蹴った。

 右手に『魔弾』を構える。

 蔦人形が飛び上がる。

 順一は『魔弾』を放った。

 蔦人形に命中、蔦人形は地面に叩きつけられる。

 ゆっくりと順一は着地した。蔦人形を見ると、また起き上がり何事もなかったかの様に走り回っている。

 さっきまで歯が立たなかった蔦人形に『魔弾』を当てることが出来た。順一は達成感に浸る。


「すごい……!まさか一日でここまで出来るなんて……」

「フッ……、やるじゃないか」

「おめでとう、順一くん。」

「はい!」


 その後、クリスティーヌに駅前まで見送ってもらい、解散した。響の家は順一とは反対方向らしく、レイラと二人で家に向かった。

 時計を見るともう7時を指していたが、まだ明るく、西日が強く差し込んでいた。


「ねえ、スズシロ君…。あなたのこと、名前で呼んでもいい?」

「別にいいけど」


 何やら神妙な面持ちだったので何を言うかと思えば、案外どうでもいいことだった。


「ありがと。改めてよろしくね。ジュンイチ!」


 そう言って笑う彼女の笑顔は西日に照らされて、より輝いて見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る