第4話 『ライズ』

翌朝、順一は体を揺すられ目を覚ます。横にはすこし髪がボサついてるレイラが立っていた。ゆっくりと体を起こす。

そうだ、昨日の夜レイラに魔術師になると伝えて、そのために早朝トレーニングをする約束をしていたんだった。


「おはよう、はやく起きて。トレーニングを始めるわよ」

「ん、ああ。その前に着替えだけ……」

「そんなのいいのよ。そこまで激しいことはしないし」


どういうことだろう。魔術師になるためのトレーニングだ、厳しいものだろうと思っていたがそうでもないのだろうか。

順一はベッドから出て、部屋の真ん中あたりに立った。


「よし、じゃあ始めましょうか。まずは身体能力強化の魔法『ライズ』のトレーニングから」

「えっ?神器が無いと魔法が使えないんじゃ無いのか?」

「普通はね。『ライズ』と後で教えるものは別。魔力がある程度あれば誰でも使えるの」


なるほど、それもそうか。なんの魔法も無しにあの怪物と戦えるわけが無い。しかし、身体能力強化の魔法なんて使うならなおさら外でトレーニングした方がいいような気がする。


「よし、まずは魔力を全身に流してみて」

「え?どうやって?」

「……あなたは魔力を感じ取れるんじゃないの?昨日も見えていない私の位置がわかってたみたいだし。自分の魔力が全身を巡るイメージを……」

「いや、人のオーラは分かるけど自分のはちょっと……」


順一がそう言うと、レイラは目を丸くした。順一にはよく分からないが、自分の魔力が感じ取れないのはおかしいようだ。

レイラはすこし考えるそぶりを見せてから口を開く。


「確かに、あなたの魔力は広い範囲に漏れ出してるみたいね……。多分自分の魔力の中に入った他の人間の魔力を、あなたの言う『オーラ』って形で感じ取っていたんじゃない?」

「そうなのかな?」

「まあ、憶測に過ぎないけど。だとしたらまずは魔力を漏れないように抑えるところから始めないとね」


そうは言われてもどうすればいいのだろう。順一が考えていると、レイラが拳を強く握りしめ、深呼吸をした。


「はぁぁぁぁぁ………!」

「な、何をしているんだ?」


レイラの周りにバーナーのように光が溢れ出した。レイラのオーラもとい魔力が大きく膨れ上がっていく。


「これで、わかりやすくなったんじゃない?私の魔力じゃないものをあなたの魔力だと思って。それをお腹の真ん中あたりに吸い込むイメージで……」

「わ、わかった!」


言われた通りにやってみる。瞼を閉じ、全神経を集中させる。レイラの魔力以外のものを、腹の真ん中に吸い込むイメージ。体の中に何か生暖かいものが流れてくる。これが魔力なのだろうか。しばらく集中し続け、瞼を開ける。レイラはいつの間にか少し離れたところに移動していた。


「うん、いい感じね。この調子ならもう少しトレーニングすれば魔力の制御はできそうね」

「は、はは……。これ、結構キツイな………」


それから一週間、早朝と深夜に魔力を抑えるトレーニングを続けた。最初のうちはかなり疲れてしまい、学校の授業をほとんど居眠りに費やしてしまっていたが、トレーニングを続けるうちにだいぶ楽になり、居眠りも減っていった。

そして、8日目の朝、順一は魔力を完全に抑え込むことに成功した。


「完璧だよ!魔力が完全に抑え込めてる!」

「本当か?これで、ようやくスタートラインってところか」

「よし!じゃあこの調子で『ライズ』もやっていこう!」

「押忍!」


『ライズ』は確か、魔力を全身に巡らして身体能力を強化するものだ。今、体の中心に抑え込んでいる魔力を全身に分散して流し込むイメージ。

身体が急に軽く感じられた。きっと成功だ。


「うん、ちょっと魔力が漏れちゃってるけど、十分だよ。本当は無駄なく漏れないようにするのがベストだけど、あなたほどの魔力だったらちょっと無駄遣いしてても大丈夫よ!」


レイラはとても嬉しそうだった。下手をすれば魔法を習得した順一よりも喜んでいる様に見える。


「……今日の放課後、連れていきたい所があるんだけど、いい?」

「おう」


その後、朝食を済ませ、学校へ行った。学校では特に変わったこともなく時間は過ぎていった。そして、放課後になる。

隣のクラスは少し早く終礼が終わったらしく、終礼が終わり廊下に出ると、教室の前で紡つむぎが待っていた。


「順くん、今日一緒に帰らない?」

「悪い、今日はレイラとどこかに行くんだ」

「どこかって、どこ?」

「いや、連れてきたいとこがあるってさ」


順一はどこに行くのかあえて聞かなかったが、聞けば教えてくれたのだろうか。多分サプライズ的な何かだ。教えてもらったら意味がない。

レイラが少し遅れて教室から出てくる。噂をすればってやつだ。


「あ、レイラちゃん。順くんとどこか行くみたいだけど、あたしも行っていい?」

「ごめんね。それは出来ないの」

「えー、なんで?……そもそもどこに行くの?」

「げ、激背脂特盛マシマシデラックスギャラクシーラーメン食べに行くのよ。ほら、紡ちゃんは脂っこいもの苦手って言ってたじゃない!」

「え?あれなら守が大好物だったな……。せっかくだし誘ってみるかな」


順一がスマホを取り出そうとすると、レイラは順一のワイシャツの裾を思いっきり引っ張り、廊下の隅まで引っ張られた。

レイラは順一に耳打ちをする。


「新しい魔法のトレーニングをするのよ!ほら、一般人に魔法の話をするわけにはいかないでしょう!」

「え?ダメなのか?」

「当たり前でしょ!何のためにイミシアンが魔法を見た一般人の記憶をいじってると思ってるの!……まさか、誰かに魔法のこととかイミシアンのこととか言ってないでしょうね?」


考えてもみなかった。単純に魔法を見られたらマズイから記憶を改変しなきゃいけないものだと思っていた。先週、紡に全部話してしまった。

もしバレたら、紡の記憶がいじられることになる。それは避けなければならない。


「そんなわけないだろ。仮に話したところで誰も信じないさ」

「ならいいけど」


レイラは安堵の表情を浮かべた。レイラも約一週間の付き合いとはいえ記憶をいじるなんてことは避けたいと思っているようだ。

順一はもう一度、紡の方へ向かった。


「悪いけど、また今度な」

「うん。また明日!」


紡に別れを告げ、順一とレイラは学校から出て、家とは反対の方向に歩いていった。

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