第1話 開かれた扉

 レイラという留学生が来たということを除けば、学校はいつもと変わらず終わり、放課後になった。帰りの支度をしていると、レイラが話しかけてきた。


「ねえスズシロ君、ちょっと学校を案内してくれない?昼休みにナツメさんたちにざっとは案内してもらったんだけど、まだ覚えきれてないの」

「なんで俺が案内しなくちゃ……」

「いいじゃない、前の席のよしみで。お願いします!」


 なんだか周りの視線が痛い。夏目さん達に案内してもらったんだったら彼女達にもう一回頼めばいいのに。そう思いながらもため息混じりに、承諾する。


「仕方ないな…案内するよ」

「え、本当に?ありがとう!」


 レイラは笑顔でそう言った。しかし、順一は妙な違和感を覚えた。やはり笑顔が強張っている気がする。だが、それを言及するのは失礼だ。触れないのが吉である。


「おっと、今日は一緒に帰ろうと思っていましたが、留学生殿の案内ならしょうがない。拙者は先に帰らしていただきますぞ」


 隣の席の親友、迎田守むかえだまもるはニヤニヤしながらそう言った。待たせるのも悪いし、そうしてくれるならありがたい。


「おう、じゃあな」

「案内がんばってくださいな」


 耳元でボソッと言ってから守は教室の外に出て行った。順一とレイラはクラスメイトの質問を上手いこと避けつつ教室の外に出た。

 夏目さんがどこまで案内したかは分からないが、大事そうな場所から案内していく。自分から案内させたのにレイラはあまり話を聞いているように見えなかった。


「…で、ここが美術室。そっちが技術室。えっと、ちゃんと聞いてる?」

「…もちろん」


 かなり怪しかったが、気にしないことにした。その後も学校を案内したが、やはりレイラは話を聞いているようには見えなかった。


 一通り案内し終わると、レイラは思いもよらないことを口にした。


「ねえ、旧校舎に連れて行ってよ」

「旧校舎?なんでまたそんなところに」

「なんか面白そうな響きじゃない?」


 順一が通う鳩羽高校には約30年前に使われなくなった旧校舎がある。基本的に立ち入り禁止なのだが、たまに侵入する生徒がいる。順一もその一人だ。むき出しになり錆びついた鉄筋や、埃を被り、ところどころ壁の塗装が剥がれている廃れた雰囲気が気に入っているのだ。

 とは言え、留学生を立ち入り禁止のところに連れていくわけにもいかない……のだが、断ったところで素直に聞いてくれるとは思えない。


「わかった。付いてきて」


 腹をくくり、レイラを旧校舎の方へ案内する。その間、レイラは何も言葉を発さなかった。流石に気まずくなり、順一の方から話を切り出す。


「そういえば、シルビエさんはなんで日本に来たの?」

「……レイラでいいよ。日本に来たのは日本の文化が好きだから。ほら、スシとかテンプラとかの食べ物も美味しいし、キヨミズデラとかも行ってみたいな。それにカブキとかも」

「ははは、俺も好きだよ寿司。清水寺は行ったことないけど、一回行ってみたいよ」


 レイラは笑顔で話した。今度は最初の時のような不自然さはなく、本心から笑っているように見えた。恐らく単なる人見知りだったんだろう。心配して損した気分だ。


「そうだ、この学校のパンフレットには修学旅行で京都に行くって書いてあったよ。何月だったっけ」

「確か10月だったかな」


 鳩羽高校では2年生の10月に京都に修学旅行で行くことになっている。ちょうど4ヶ月後だ。すっかり忘れていた。


「へえ、10月かぁ。桜と一緒には見れないね」

「まあ、それは仕方ないよ。桜と一緒に見るなら春に行かないと」


 そんな話をしているうちに旧校舎の前に着く。順一は周囲を確認する。周りには二人の他には誰もいない。慣れた手つきでフェンスをよじ登り、旧校舎側に降りる。それに続きレイラもよじ登る、かと思われたが彼女は軽々とフェンスを飛び越えた。


「え?飛び越え……、え?」

「気にしないで!さっ、早く中に入ろ!」


 レイラは順一の背中を押す。信じられない。フェンスの高さは2メートルはある。それを助走なしで軽く飛び越えるなんて人間業とは思えない。なんだか嫌な予感を感じながらも旧校舎に足を踏み入れた。


 ◆◆◆◆


 旧校舎の中を軽く案内し、二階にたどり着いたところでレイラが急に足を止める。何事かと思い、とっさに振り向く。


「ねえ、スズシロくん。あなたは、取り返しのつかない過ちを犯してしまったらどうする?」


 さっきまでの穏やかな口調とは打って変わり冷たく、落ち着いた口調だった。

 順一はゾッとした。なぜこの場でそんな質問をするのか、答えはなんとなくわかる。身に覚えはないが、レイラは順一に恨みを持っていた。だから誰にも見られないであろう旧校舎で復讐を果たそうとしているのだ。

 悪い予感は的中した。あのぎこちない笑顔も恨んでいる相手に対してのものだと思えば説明はつく。


「さ、さあね。身に覚えがないから分からないや」

「とぼけるな!昼休みにあなたが見せびらかしていた本―あれは間違いなく『魔封の書』!知らないとは言わせない。あなたのせいでと私たちの世界は大変なことになってしまう」

「な、なんの話をしているんだ?まさかあの本の持ち主は君なのか!?だからそんなに怒っているのか?」


 慌ててカバンから本を取り出す。それを見てレイラはこちらを強く睨みつける。これは相当に怒っている。誰にだって触れて欲しくない黒歴史があるものだ。素直に謝るしかない。


「ご、ごめん!そんなつもりじゃなかったんだ!まさか、君が……」

「そんなつもりじゃなかった?そんなことで済む問題じゃないのよ!」


 レイラの右手が淡い緑色に光る。そこへ向かい、強烈な風が吹く。まばたきをするとレイラの手の中に刀の柄のような物が握られていた。順一はとっさに本を投げる。相当に情けない声を出していたと思う。

 レイラが手を横に振る。本が一瞬で切断された。ひらひらと紙切れが舞う。

 さっきまで本だったそれが、床に積もった。順一は困惑した。何が起きているのか全く理解が追いつかない。


「冥土の土産に教えてあげる。私はフランス人留学生じゃない……。イミシアン 特等魔術師レイラ・シルビエ」

「え?イミシアン?なにそれ?そんな国あったっけ」

「はあ……、まだ続けるの?部外者アピール。最初から違和感があったのよ。あなたはの人間にしては魔力が強すぎる」

「ま、魔力?なにそれ?」

「あくまでもしらばっくれるみたいね。まあいいわ、今楽にしてあげるからそこを動かないでね」


 知らない単語のオンパレードだ。それだけだったらレイラが中二病ってだけで済んだ。だが、原理は分からないが、分厚い本が一瞬でバラバラになった。となると、レイラはガチで順一を殺しに来かねない。

 ―早く逃げなくては。本能がそう叫ぶ。レイラは先ほどの刀の柄を左手の下に持ってきた。ちょうど居合斬りのような構えだ。


「…『風香参式ふうがさんしき・空蝉・うつせみ』!」


 来る!!順一はすぐに左に飛びのく。切羽詰まった状況だからかいつもより早く動けた。


 無事だ。どうやら回避出来たらしい。しかし、先ほど自分がいた辺りを見て冷や汗をかく。壁綺麗に切断されている。その亀裂は廊下の奥まで続いていた。


「まさか初見でかわされるなんてね……。でも次はないよ?反逆者さん」


 何か勘違いされているが、話を聞いてくれそうもない。順一は頭に手を当てる。どうにか逃げ切るしかない。幸い旧校舎の構造は分かっている。こちらにもアドバンテージがないわけでもない。



 順一は覚悟を決めた。

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