それでいいのか騎士団長

二輪

生命の危機

マルティアス・ログレアド。


この国で、命の恩人を述べよと言われれば、最も多い返答なのではないだろうか。


彼は、若くしてこの国の第一騎士団長に登りつめた、戦闘のプロフェッショナルである。


彼が剣を振れば倒れない魔物は存在せず、魔術師団長を上回るという魔力量で大地を凍らせ、数多の魔族を倒して来た彼は………


「どうした?人間。軽口を叩いていた割には随分と緩ぬるい攻撃だな。」


現在、生命の危機に至っていた。


右半身の皮膚は焼け爛れ、左腕には肩から肘にかけて大きな傷が出来ている。


そして、彼の左脚は、何かに喰い千切られたかのように膝から先が存在していない。


まさに、満身創痍の死にかけである。


国内で最強と謳われている彼が挽肉のようにズタボロにされた経緯を話そうではないか。


…………


それは、三時間前のことである。


マルティアスが率いる第一騎士団は、国王の命令で地方にある迷宮の森へ魔物の討伐へ来ていた。


迷宮の森は、この国で一番危険な魔物生息地である。一度、彼がここにいる魔物を根絶やしにしても、次の日にはまさか復活しているという謎の森。


そこに、魔物が大量発生し、冒険者が数人命を落としたようだ。そのことを王は嘆いていた。


彼は、国王に助けられたという恩がある。公爵である父親が戦死し、母親は数年前に病で倒れた。

国王が助力してくれなければ、彼の実家の公爵家は風の前の塵のように壊滅していっただろう。


だから、彼は国王に恩を返さなければならない。一の手助けは十にして返せ。それが、彼の家の家訓だった。


だから、国王の助けになれるように第一騎士団長まで登りつめた。

ちなみに、第一騎士団は五つある騎士団の中でも最高の権力と戦闘能力を持っている騎士団である。


故に、魔物を根絶やしにするなど容易いことなのだ。

今日も普段通り魔物を蹴散らし、あともう少し奥まで行き、そこの魔物を殲滅したら帰還する予定だった。


そう、その場所に戦闘には不釣り合いな姉妹がいなければ。

いや、フードを被っていて顔は見えないから、背丈で判断しただけだが。


「こんな森の奥でなにをしているんですか?」


部下のアウラが姉の方に尋ねる。

彼女は、第一騎士団の数少ない女騎士で、事情聴取などに重宝するほどの高いコミュニケーション能力を持っている。


「いえ、特に何も。強いて言うなら魔石集めでしょうか」


魔物を倒すと、魔物の核…即ち心臓が結晶化して魔石という物体に変わる。

魔石は非常に高価で、一番ランクが低い白の魔石でも金貨三枚はくだらない。


「そうですか。いいモノは取れましたか?」


一般人の女性がこの森の最深部まで来れるわけがない。恐らく、迷宮の森特有の転移盤のトラップにでもかかったのだろう。それでこんな奥まで来て抜け出せなくなったとは、不運な事だ。

アウラのこの言葉も、この女性を安心させるための茶化しだろう。


「ええ、特に今日は赤が取れましたから、ラッキーでした」


「…………え?」


「「は?」」


彼女の衝撃の言葉に皆、開いた口が塞がらない。それもそうだろう。

赤の魔石なんて、昔国王に見せてもらった国の宝物庫でしか見たことがない。


「お、お嬢ちゃん。ちなみに、どんな形の赤が取れたのか、参考までに見せてもらってもいいかい?」


昔、鑑定士の仕事をしていたことのあるダミアンが声を震わせながら、彼女に問う。


「ええ、構いませんが……

ちゃんと返してくださいね?」


「おう」


幸いにも、女性は魔石を見せてくれるようだ。彼女は着ていたローブのポケット部分から深紅の大きな石を取り出す。

サイズにして、ダミアンの握り拳と同じくらいだ。


ダミアンは渡された石を穴が空くほど見つめ、そして、固まった。

比喩にあらず、本当にピクリとも動かなくなってしまった。


「オイ!?ダミアン!!ダミアン!?生きてるかっ!?」


あまりにも動かないダミアンに、同僚が安否確認をする。これで死ぬなど笑い話にもならない。


「…お」


「「お?」」


「お嬢ちゃん……こ、コレッ!マジモンじゃねぇかっ!!!」


マジモン、つまりは本物と言うことである。ダミアンは騎士としては非常に残念だが、鑑定の魔法は王都一である。


「ええ、今日はたまたまベヒモスが出てきましたので」


「つまり、前にも何回か来てるってことかい?お嬢ちゃん、それは危ねぇからやめといたほうがいいと思う………」


ぜ?ダミアンがそう言い終える前に、強風が彼らを襲った。

その弾みにダミアンは赤い魔石を落としてしまいそして、妹の方が被っていたフードが取れてしまった。


漆黒の髪に先程の魔石のような深紅の瞳。


マルティアスにはこの色彩に見覚えがあった。

昔、魔族の特徴一覧で見たことのある、この世で一種族でしか表れない色彩。


彼はまだ幼い少女に向かって全力で剣を振り下ろした。まさに殺す勢いである。

それは何も、魔族だから問答無用で殺すという理由ではない。

魔族とは魔物と違い知性がある。

なので、普通は半死半生にして連れて帰り情報を聞き出すのだ。


「全員下がれっ!!」


しかし、彼の記憶が間違っていなければ、黒髪に深紅の瞳を持つ種族は悪魔ただ一種である。


悪魔が相手ならば、半死半生どころの話ではない。油断すればこちらが殺されるのだ。


「えっ?ちょ!団長何やってんの!?」


「いいから下がれっ!!黒髪赤眼は悪魔の印だ!人間ではどうやってもこんな色彩にはならんっ!!」


「悪魔ぁ!?じゃあ団長の目くらましが効いてる間に逃げないとじゃん!!」


その言葉を区切りに、騎士団員達は列をなして逃げ出そうとした。

誰かに、「彼奴ら騎士団のくせに逃げ出したぜ」などと嘲笑われても、悪魔と対峙したならまずは逃げることが重要である。


だがしかし、逃げ出すことは不可能だった。


「貴様、私の娘に剣を向けたな?」


マルティアスが全身全霊で放った攻撃は、何事もなかったかのように姉…いや、母親に受け止められていた。


「てか、姉妹じゃなくて母娘かよ!!母親若いなオイ!!」


「んな軽口叩いてる場合か!!」


「私の娘に手を出した罰、その身で受けてもらうぞ」


そして、様々な攻撃を受けズタズタのボロ雑巾になってしまい、現在に至る。


部下は一番最初の攻撃で散り散りに飛ばされ、ここに残っているのはマルティアスだけである。


まさに、生命の危機だ。


これ以上やっても、もう彼は満身創痍。これ以上は罰にもならない。

そう考えた彼女は、娘を連れて家に帰る。


残された彼は生まれて初めての敗北を見に受け、気を失った。


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