経由点2 ロスト・バザール

 通りに掛けられた極彩色の看板は無人の建造物にかつて人々が通っていたことを嫌でも想起させる。通電の絶たれたネオン管から視線を外せば、天井には空が見えた。砂煙で覆われた黄色い空ではなく、ドーム状に切り取られた偽物の青空だ。

 恐らく、ここは市場バザールだ。四階建ての吹き抜け構造に、多くの品々が陳列された小部屋群。旧文明人達はここで物資を調達していたのだろう。勿論、俺たちにとってはどれも希少な遺物だ。

 

「次、どこいく?」

「さっき書店を見に行ったんだけど、全滅だ。当時はデータ化されるのが主流だったのかもしれないな……。紙の本なんてほとんど残ってなかったよ」

 俺が溜め息混じりにそう言うと、パウロは俺に向けて誇らしげにサムズアップする。

「さっき他の店にいっぱい並んでた端末、回収してきた。これでどうにかならないかな?」

「……流石だよパウロ!!」

 俺はパウロから小さな端末を譲り受けると、電源ユニットで急速な充電を試みる。電圧規格の違いなどの不安要素はあったが、問題なく電源は点いた。

「よし。俺はもう一回書店チャレンジしてくるから、パウロは興味の赴くまで探索してきて。適当なところで落ち合おうか!」

 パウロの瞳が輝いた。


 カフェエリアが併設された書店は、やはり無人だ。地下にある建造物ほど経年劣化しにくいという現象は探検者の間で風説として語られてはいるものの、恐らく全盛期と何も変わらないだろう洒脱なレイアウトは、突如として人が消えたという確信を深めさせるには十分だ。やはり文明は老衰したのではなく、余命宣告の後に急死したのだ。

「……流石に遺書は残ってないか」

 俺は端末を上下左右に振りながら、データの送受信ができる機材を探す。ここが書店である以上、なんらかのデータの残滓は残っているはずだ。そんな俺の甘い考えは、カフェテリアの貼り紙が粉々に粉砕した。

「〈当店は今期より電子書籍のオンライン販売に移行します〉……?」

 オンライン、あるいはインターネット。旧文明人がデータの送受信や広域的な情報収集に用いていた産物だ。『物理的な物質と違い、将来的に残り続ける』という喧伝をされていたらしい。実態は、保守する者が居なくなった瞬間に喪失した文化なのだが。

「……成果なし、か」

 落胆した。お飾りの書店は実質的にはカフェであり、そこにあるべきものはないのだ。俺は端末の電源を切り、コートのポケットに突っ込んだ。


 通路を小走りに抜け、パウロを探す。アイツにとって興味のある物が、このバザールには多すぎるのだ。

「ミロク、こっち!」


 俺は声のする方の様子を伺う。通路側に整然と陳列された衣服が特徴的な店舗だ。

 旧文明の衣服は妙にカラフルで、シルエットは洗練されていない。統一された規格に沿ったシンプルな衣服が新文明のトレンドであることを考えると、やはりそれらは異質だった。

 俺はパウロの姿を発見し、言葉を失う。アイツは珍妙な格好に着替えていた。

 ワンピース、という服の種類だっただろうか。旧文明人の女性が身にまとったと聞くオフホワイトのそれに着替え、パウロはこちらに微笑みかける。

「これ、どうかな?」

「露出が多すぎる。外出たら怪我するぞ?」

「外出たらさすがに着替えるよ! それより、ちゃんと見て?」

「……いいから! 回収して次行くぞ!!」

 ニヤニヤと笑うパウロは、その場から動こうとしない。

「ミロクも着替えておいでよ〜、かわいい服いっぱいあったよ?」

 俺は溜め息を吐き、パウロの要求に従う。こういう時のアイツは妙に頑固で、自分の意思を無理にでも通そうとする。抵抗は無意味だろう。


 店内に配置された精巧な人形に首は無く、つばの広い帽子を被らされている。旧文明では普遍的な光景なのだろうが、少し気味の悪さを感じてしまった。

 陳列されたワンピースを拾い上げ、俺は旧文明の不可解さについて考える。そのどれもが性別によって分けられているのだ。

 新文明で売られている服に性別の差異は存在しない。分ける意味がないからだ。それらは実用性が付与され、それぞれの生活を快適にする意味を持つ。旧文明にはそれがないのだ。

 なんという無意味で無駄な選択だろう。パウロが気にいるのもわかる。

 俺は陳列用のクロゼットから離れ、〈ユニセックス〉と書かれたコーナーに向かう。そこからワインレッドのキャスケットを手に取り、しっかりと被った。


「次行くぞ、パウロ!」

「帽子かぶっただけ!? もっと雰囲気変えてもいいのに……」

「これが俺だからいいの! あんな露出多い服絶対イヤだ!」

「似合うと思うんだけどなぁ」


 ワンピースの裾をひらひらと翻して鮮やかに歩くパウロを横目に、俺は回収した大量の衣服が入った容器を運ぶ。要するに、荷物持ちだ。

 旧文明の頃は人でごった返していたのか、活気のないバザールはそれだけで少し物悲しい。今日のように買い物に来た人々に想いを馳せながら、俺は地上へ繋がる屋上階段の一歩を踏んだ。

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